91話「成功」

 国民的アイドルグループの、いつもテレビで見ている超が付くほどの有名人である美少女たちが、こんな地方にある普通の公立高校の文化祭で楽しそうにオムライスを食べているその光景は、まさしく異様であった。


 しかし、こんな状況であっても彼女達の持つ神々しさとでも言うのだろうか、こんな教室の中でもその圧倒的オーラによって華があるのだから流石としか言いようが無かった。


 そして、このクラスにエンジェルガールズが現れている事はあっという間に学校中に知れ渡ってしまっているようで、教室内は元々入室制限をしているため落ち着いているが、廊下の外にはエンジェルガールズを一目見ようと集まった生徒や一般人により文字通りぎゅうぎゅう詰め状態であった。


 それ程までに、彼女達の存在というのはただ居るだけでも人を引き寄せてしまう程有名であり、そして人を引き付ける圧倒的な美しさがあった。


 そんな彼女達のかつてのメンバーであり、センターとして一番人気を集めていたしおりんが、今はクラスメイトで、そして実は幼馴染であり自分の彼女だという事が、改めて誇らしいというかとんでもない事だよなと再認識させられた。



「あちゃー、外はパニックだねぇ」


 廊下の外を見ながら、まるで他人事のようにお気楽な様子でそう呟いたあかりんは、ファンサービスとしてそんな彼らに向かって微笑みながら軽く手を振ってみせた。


 すると、あかりんのその何気無い仕草だけで廊下の外からは歓声が飛び交い大盛り上がりとなったのであった。


 本当に、これぞまさしくスター性というやつなのだろう。


 しかし、随分とお気楽な様子だがこれ普通にパニック状態というやつで不味いのでは?と思ったのだが、彼女達はこういう場面には慣れているのだろうか気にする様子は無かった。


 だが、慣れていようがいまいがパニック状態である事に違いはなく、この教室から出ていくだけでも容易では無い状態なのは確かであった。


 俺がどうしたものかと考えていると、他のクラスのみんなもどうやら同じ考えのようだった。


 生エンジェルガールズに会えて、しかも接客まで出来るという興奮は全員感じている所だろうが、それと同時にここまでしっかり準備してきた文化祭を成功させたいという思いもあるのだろう。


 これは別にあかりん達が悪いわけでもなんでもなく、起きた問題に対して自分達で対処するところまで責任を持つのが俺達の文化祭なのである。


 しかし、だからと言ってどうしたら良いものか誰も答えを出せないでいると、食事を終えたあかりんがすっと立ち上がった。



「御馳走様、美味しかったわ。じゃ、お目当てのしおりんのメイド姿も見れた事だし、あまり長居するとお店にも迷惑かかるから行きましょうか」


 そんなあかりんの呼びかけに応じて、他のメンバーも立ち上がる。

 その様子は本当に何事もないような感じで、全員この人だかりなんてまるで気にしていないようだった。


 そして、それは何故かしーちゃんも同じで、「あ、もう行くの?」とお気軽に質問しているのであった。



「えぇ。あ、そうそう、これ渡しておくわ。しおりんはあとで必ず来なさいよ。それからたっくんに、あと山本くんと清水さんだっけ?3人もね。この間はどうも」


 しーちゃんの質問に、ニコリと微笑みながらあかりんは羽織っていたジャケットのポケットから二つ折りにした紙を手渡しながらそう返事をする。


 しーちゃん、そして俺や孝之、清水さんにもこのあとどこかへ来てと言うのだ。


 そんなあかりんが自分達の事を覚えてくれていたのが嬉しいのか、孝之も清水さんも突然名前を呼ばれた事に嬉しそうに驚いていた。



「ふ~ん、なるほどね」


 しーちゃんは、あかりんに手渡された紙を広げて見ると、ニヤリとちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべながら何かを納得している様子だった。


 なんだろうと思いながら、俺はしーちゃんの元へ駆け寄りその紙を隣で覗き込んだ。



『緊急特別企画!とある高校の文化祭へ侵入したエンジェルガールズ!果たしてサプライズライブは成功するのか!?』



 あかりんが手渡したその紙には、そうでかでかと印字されていた。


 という事は、俺の予感は的中していて、やはり噂になっているシークレットゲストとはエンジェルガールズの事で間違いなかった。


 中心にはでかでかとそんな一文が印字されており、その出来は学生が作ったものとは思えないプロの仕事が感じられるしっかりとしたカラー印刷のもので、右下にはテレビ局の名前まで書かれていた。


 そんなエンジェルガールズを全面に打ち出したそのチラシは、文化祭というより最早何かの宣伝を思わせるものだった。



「これまだ公開前のやつだから、くれぐれも取り扱いには注意してね」


 そう説明をしながら、ニヤリと微笑むあかりん。

 幸いこのチラシはまだ俺としーちゃんしか見ていないから、周りのギャラリー達は何の事だかまだ分かっていない様子だった。


 そして、あかりんがそう説明したその時、教室の入り口から文化祭実行委員の上級生、それからマネージャーやスタッフだろうか大人の人が数人入って来て、あかりん達エンジェルガールズを案内すべく人だかりを掻き分ける様に道を作っていた。



「それじゃ、またあとで」

「またあとでねー!」

「の、後ほど!」

「必ず来るのよ、しおりん」


 あかりん、めぐみん、ちぃちぃ、みやみやは口々にそうしーちゃんに声をかけると、現れた大人に囲まれながら教室から出て行ったのであった。


 そんな、周りの大人達にエスコートされながら去って行く彼女達の背中は、先ほどまでのオフの緩い感じとは異なり、まさしくトップアイドルといった感じで堂々としていて優雅さすら感じられる程のオーラがあった。



「ねぇたっくん、ここ見て」


 そんなあかりん達を見送ったしーちゃんが、チラシを指さしながらそう小声で話しかけてきた。


 なんだろうと思いながらしーちゃんの指さす先を覗き込むと、そこには俺も良く知る言葉が添えられるように印字されていた。



『エンジェルすぎてすみません!』



 それは、彼女達エンジェルガールズ初の冠番組であり、高い視聴率を誇っている人気番組の名前であった。


 俺はそれを見て、なるほどなと納得した。

 これはこの文化祭のためのチラシなんかではなく、恐らくあかりん達の番組の宣伝ポップを印刷したものだったのだ。


 つまりあかりん達は、この文化祭へ遊びに来るために、なんと自分達の番組の企画を絡めくるという予想の斜め上を行く方法で今日ここへ現れているのであった。


 あかりんの言っていた奥の手とはこれの事かと納得した俺は、そんな彼女達じゃないと出来ない力業に思わず吹き出すように笑ってしまった。


 それはしーちゃんも同じ感想のようで、「もう、あかりんったら」と呆れたように笑っていた。



 ◇



 嵐のようにあかりん達が去って行ったあとは、俺達のクラスは元通りメイド喫茶としての営業に戻っていた。


 ただし、先ほどの騒ぎでこのクラスにしーちゃんが居る事は一般のお客様にもバレてしまった事もあり、それからも客の流れが途絶える事は無かった。


 そしてその結果、多めに仕入れておいていたはずの食材も全て使い切ってしまい、俺達のクラスは予定よりかなり早い段階で閉店する事となった。



 閉店の張り紙を扉の外側に張り付け、扉を閉じ切った状態で教室内にはクラスメイト全員が集まる。


 そして、無事完売という大きな成果をもって文化祭の出し物をやり遂げる事が出来た喜びをクラス全員で分かち合った。


 そんな中俺は、あかりん達と一緒にアイドルとして輝く道もあっただろうが、こうして一緒に教室に残り、嬉しそうにクラスのみんなと喜びを分かち合っているしーちゃんの姿を見れている事が、なんだか嬉しくて嬉しくて堪らなかった。


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