89話「準備万端」

 教室へ着くと、既にクラスのみんながメイド喫茶の準備に取り掛かっていた。



「お、今日の主役達のご登場だね~!さ、早く二人も着替えて来て!」


 俺達に気が付いた三木谷さんが声をかけてきくる。

 俺達の制服を「はいっ!」と手渡すと、早く着替えてくるように促してくる。


 そんな三木谷さんは既に着替済みで、やっぱり普段からやってるだけあってギャルっぽいのにメイド服姿が本当にしっくりきていた。


 こうして三木谷さんに言われた通り、俺はしーちゃんと一緒に着替えるために更衣室へと向かった。

 隣を歩くしーちゃんは、既に文化祭が本当に楽しみといった様子で微笑んでいた。


 そんなしーちゃんと更衣室前で別れて、俺は男子更衣室へと入った。

 するとそこには、先に来ていた新島くんの姿があった。



「お、一条くんおはよう。今日は頑張ろうね」

「おはよう新島くん。そうだね、今日は頑張ろう」


 挨拶をし合って笑い合う俺達。

 もう新島くんもしーちゃんの事は吹っ切れている様子で、今ではこうして普通に話せる仲になれている。



「ところで、この呼び方もそろそろやめにしないか?今日から卓也って呼んでもいいかな?」

「全然構わないよ。じゃあ俺も、今日から健吾って呼ぶよ」


 そう言って、俺達は再び笑い合った。

 思えば、この高校で初めて孝之以外の友達が出来たように思う。

 というか、孝之は幼馴染みたいなもんだから、実質初めての友達かと思うとちょっとむず痒い感じがしたけど、やっぱり友達が増えるっていうのは嬉しいなって思った。


 入学してちょっとの頃の俺は、いつも斜に構えていてクラスの集まりとかそういうものを毛嫌いしていたけれど、そういうのは食わず嫌いっていうか、せっかく一緒のクラスになれた仲間達と共に、こうして同じ目標に向かって取り組む楽しさってものを今回の文化祭を通して俺は学ぶことができた。


 それも、この健吾と三木谷さんの二人がクラスのリーダーとして率先してくれたからまとまったと言っても過言ではなく、俺は改めて二人にはありがとうという気持ちでいっぱいだった。



「よし、じゃあ今日は学年、いや学校で一番を目指そうじゃないか」

「そうだな、やれる限り頑張ろう」


 そうして、俺達は固い握手を交わした。

 ある意味、俺達はクラスの男子達を代表した男二人だけのウェイターだ。

 だから、メイド姿のクラスの女子達に負けないように、少しでも女性客を引き込めるよう精一杯接客を頑張ろうと思った俺は、こっそり持ってきた秘密兵器を取り出した。


 そんな、俺の持ちだした秘密兵器を見た健吾は、ニヤリと微笑むと「ちょっと僕も貸して貰ってもいいかな?」と言うので、俺もニヤリと微笑みながら「勿論」と返事をした。




 ◇



 クラスへ戻ると、教室内の最終仕上げも既に完了しているようで、あとは開店を待つのみといった感じだった。


 そして、そんな準備をしっかり済ませてくれていたクラスの男子も女子も、俺と健吾の姿に驚いていた。



「え、二人ともヤバ……」


 俺達を見ながら、三木谷さんはぽろっとそんな言葉を漏らしていた。


 俺達が使った秘密兵器、それは――なんてことはない、ただのヘアワックスである。

 ヒロくんのお店で貰ったサロン用のヘアワックスを使って、俺と健吾の二人はウェイターっぽさを強めるためにバッチリ髪をオールバックにセットしてきたのだ。


 今の俺達は、我ながら結構雰囲気出ているように思う。

 普段なら絶対しない髪型だけど、お祭りの今日ぐらい俺もちょっと踏み出そうと思ったのだ。


 そしてクラスのみんなのリアクションを見て、どうやら狙いは外していなかったようでちょっと安心した。



「どうやら、ウケはバッチリみたいだね」

「そうだね」


 向き合いながら、してやったりと笑い合う俺達。

 その光景に、何故かクラスの女子の一部がキャーキャー騒いでいたけれど、なんとなく察しがついたため気にしない事にした。



「え、たっくん?」


 すると、そんな俺達に向かって背後からちょっと驚いた様子で声がかかる。

 その呼び方、その声で俺は誰だかすぐに分かった。


 振り返るとそこには――メイド服を着たしーちゃんの姿があった。



「あ、しーちゃん。やっぱりすごく良く似合ってるね」


 やっぱりメイド服を完璧に着こなしているしーちゃんに向かって、俺は微笑みながら思ったままを伝えた。


 生で見るとやっぱり本当に可愛い。

 こんな可愛い女の子が自分の彼女なんだと思うだけで、俺は喜びで跳ね上がりそうになってしまう。

 いつまでそんな気持ちでいるんだって思われるかもしれないが、なるものはなっちゃうんだから仕方ない。



「はぅ……あ、ありがと……」


 しかし、そんな俺の言葉を聞いたしーちゃんはというと、恥ずかしそうに顔を赤くしながら俯いてしまった。


 今もクラスの内外からの視線を独り占めしているしーちゃんだが、俺の一言で照れてしまっているというのは何とも可笑しな光景だと思う。



「やっぱり卓也には敵わないね。こりゃ、三枝さんも大変だ」

「何がだよ」

「さぁね、じゃ、僕も準備してくるよ」


 ニヤリと微笑んだ健吾は、ぽんと俺の肩を叩いてクラスの輪へと向かって行った。

 何がだよと言ったものの、健吾が何を言いたいのかは本当は分かっている。



「た、たっくんもその……すごく似合ってるよ……」

「あ、ありがとう……」


「はい、じゃあ二人も準備するよ~!」


 俺達が顔を赤くしながら見つめ合っていると、そんな俺達を見兼ねた三木谷さん背中を叩かれた。


 教室で今のは失敗したなと思った俺は、それから慌てて厨房担当の輪へと向かった。

 それはしーちゃんも同じようで、恥ずかしそうにしながら清水さんの元へと駆け寄って行った。


 こうして厨房担当へ合流したものの、もう全ての準備を終えあとは調理するのみといった感じで特にする事も無かったため、俺は孝之と他愛ない話をしながら時間を潰しているとポケットに入れたスマホのバイブレーションが震えた。

 なんだろうとスマホを確認すると、それはLimeの通知だった。



『今車で向かってるよ!そろそろ着くんだけど、ちょっと寄るところあるからそのあとでたっくんのクラスに顔出すね!』


 それは、普通に友達に送られてくるような何気ない文面だけど、その送り主はというと皆さんご存じエンジェルガールズのあかりんからのLimeだった。


 いよいよ本当にあかりん達がこの文化祭に来るのかと思うと、途端に緊張が走った。


 まさかこんな地方のなんでもない高校の文化祭に、国民的アイドルが遊びに来るなんて誰も思っていないだろう。


 この文化祭、本当にこれからどうなってしまうのだろうかと思っていると、その時一人の男子が教室に勢いよく入って来た。

 そんな慌てた様子の男子に向かって、一体何事!?とみんなの視線が一斉に集まる。



「おい!なんか今回の文化祭、一番最後にシークレットゲストがくるらしいぞ!誰かは分からないけど、めちゃくちゃ有名人らしい!」


 なんだって!?とざわつく教室内。


 しかし、俺はその男子の一言でなんとなく何が起きているのか察しがついてしまったのであった。


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