88話「当日」

 それからあっという間に一週間が経ち、いよいよ文化祭も前日まで迫っていた。


 今日は最終仕上げという事で、教室内のデコレーションや器具の準備等に取り掛かったため帰りが遅くなってしまったが、それでもクラスのみんなで力を合わせて出来る限り準備する事が出来たため、もうあとは当日出し切るのみだった。


 帰り道、同じく準備に手応えを感じられているのであろうしーちゃんは、明日が楽しみといった様子で隣をニコニコと歩いていた。



「たっくん、明日はいよいよ本番だね!」

「うん、そうだね」

「頑張ろうね!」

「うん、頑張ろう」


 そう言って微笑むしーちゃんを見ていると、俺はなんだか嬉しい気持ちでいっぱいになった。


 国民的アイドルにまで上り詰めたその肩書を捨ててまでして、普通の女の子に戻ったしーちゃん。

 それはもしかしたら、他人から見たら勿体ない事をしていると思われているかもしれない。


 それはきっと間違ってはいないだろうし、引退の決断をすることは決して簡単ではなかったはずだ。

 その上でしーちゃんは、今こうして普通の女の子として高校生活を送る選択をして、そしてこうして俺の隣に居てくれているのだ。


 だったら俺は、そんなしーちゃんにその選択は決して間違いではなかったと思って貰いたい。


 そして、一つでも多くの楽しい想い出を一緒に積み上げていきたい。


 俺の事を見つけてくれて、そして今こうして隣に居てくれるしーちゃんに対して、俺はまだまだ貰ってばかりで全然返せていないと思うからーー。


 だからまずは明日の文化祭、しーちゃんにとって素敵な思い出となるように俺に出来る事は何でもしてあげたいなと思った。


 一緒に文化祭回る時間もありそうだし、俺もしーちゃんと共に過ごせる明日の文化祭が楽しみで仕方が無かった。




 ◇



 しーちゃんと駅で別れて帰宅した俺は、今日一日本当に色々と動いた事もあり、ご飯を食べてお風呂に入り終えた頃には全身に深い疲労を感じ、俺はすぐにベッドに倒れるように横たわった。


 今日は本当に疲れたけど、それでも気持ちは充実していて全然悪い気はしなかった。

 とりあえず今日は早く寝て、明日に備えようとそのまま目を閉じたその時、



 ピコンッ


 枕元に置いていたスマホから、Limeの通知音が鳴るのが聞こえてきた。

 眠い目を擦りつつ、こんな時間に誰だ?と思いながらスマホを確認すると、そのLimeはなんとあかりんから送られてきたものだった。


 暫く連絡が無かったから、無事文化祭へと来られるのかちょっと心配していた俺は、きっとその件の連絡だろうと思いながら送られてきたLimeを確認する。



『たっくん、明日は無事行ける事になったからよろしくね!』


 あかりんからのLimeは、無事に文化祭へ来られるという嬉しい連絡だった。

 だから俺は、良かったと一安心しながら返事を返す。



『本当ですか?それは良かったです。俺達も準備頑張ったんで、明日は楽しんで行って下さい!』


 きっと忙しい中調整してくれたに違いないあかりん達には、せっかく来てくれるなら純粋に楽しんでいって貰いたいなと思った。


 ただの公立高校の文化祭に現役の国民的アイドルがプライベートで遊びに来るなんて、普通に考えて異常事態だと思うし、明日はきっと結構な騒ぎになるに違いない。


 まぁそれでも、俺に出来るのは明日の文化祭を盛り上げる事だけだし、もうここまで来たら成るようになれと全部楽しむ事に決めた。


 それに国民的アイドルと言っても、みんな同じ高校生なんだから文化祭に遊びに来るぐらい普通の事だ。

 俺は自分にそう言い聞かせながら、これは流石に無理があったかなと一人で吹き出してしまった。


 しかし、スケジュール的に厳しいような事言っていたけれど、無事調整が付いて良かったなと思っていると、またあかりんからLimeが送られてきた。



『お、いいねぇ楽しみにしてるよー!本当はちょっと厳しかったんだけどね、奥の手使ったから行けるようになったよ♪てことで、明日はよろしくねたっくん♪』


 ……ん?奥の手ってなんだ?


 あかりんの言う奥の手とは何の事なのかちょっと気になったけれど、まぁ芸能人には俺の知らない色々があるんだろうなと思っていると、あかりんから続けてバイバイをするしおりんスタンプが送られてきたから、俺もグーポーズをするしおりんスタンプで返事をして今日のLimeのやり取りを終えた。


 しかし、まさか現役芸能人であるあかりんまでもしおりんスタンプを使っているとは思わなかったのと、そんなあかりんと何普通にしおりんスタンプでやり取りしちゃってるんだと、自分の大物さ加減にじわじわと笑いがこみ上げてきたのであった。


 まぁ、何はともあれ明日は無事あかりん達も来られるみたいだし、あとは精一杯文化祭を盛り上げるのみだと思いながら、俺は明日に備えて早めに眠りについたのであった。




 ◇



 そして、ついに文化祭当日の朝がやってきた。


 土曜日だけど、いつもより少し早く起きた俺は支度と朝食をささっと済ませて家を出た。


 空を見上げると、そこには雲一つない秋晴れが広がっていた。


 絶好の文化祭日和だなと思いながら、俺はそれからしーちゃんと待ち合わせをしているいつもの駅前へと向かった。



 待ち合わせ場所へ着くと、そこには既にしーちゃんの姿があった。

 土曜日だけど制服を着たしーちゃんが、俺に気が付くと嬉しそうに手を振ってくる。


 そんな朝から可愛いしーちゃんに俺も手を振り返しながら合流する。



「おはよう!たっくん!」

「おはよう、しーちゃん」


 お互いに見つめ合いながら微笑み、そして挨拶を交わす。

 それから、自然に俺はしーちゃんの手を取って「行こっか」と歩き出す。


 なんやかんや付き合ってからもう暫く経つため、こうして手を繋ぐことにも慣れてきている自分がいた。

 それはしーちゃんも同じで、握った俺の手をぎゅっと握り返してくる。



「文化祭楽しみだね!」

「うん、今日は楽しもうね」


 握った手を子供のようにブンブンと振りながら嬉しそうに微笑むしーちゃんに、俺も微笑み返す。


 そして、今日は絶対に楽しい想い出に出来るように、俺もそんなしーちゃんと一緒に全力で楽しもうと思った。



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