86話「勝負の結果」
ウェイターの制服に着替え終えた俺は、新島くんと一緒に教室へと戻った。
すると、教室内に残っていたクラスの女子達から「わぁー」と歓声があがった。
そのほとんどは、当然クラスの人気者である新島くんに向けられて――と思いたいところだが、どうやら自分にも向けられてしまっている数々の熱い視線達を前に、見て見ぬフリは流石に出来なかった。
「やっぱり、一条くんも格好いいよね」
なんてヒソヒソ話まで聞こえて来てしまっているのだから、流石にもう無自覚では居られなかった。
そんな慣れない事に戸惑う俺を面白がるように、新島くんはニヤニヤと俺の事を見ながら「どうだい?もう彼女達の誰かと付き合っちゃえば?」と言ってきたので、「それはないです」と丁重に否定しておいた。
そもそも、例え俺の事を褒めてくれているからといって、必ずしも俺に好意があるわけでもないのだ。
そういうのは、テレビのアイドルを見て可愛いと思うけど、だからと言って本気で恋をするわけじゃない感覚と同じで、見た目の好みと実際の恋愛とでは全くの別物なのだ。
そう、テレビのアイドル相手に普通恋なんて……恋なんて、しちゃってるんだよなぁ……。
あれぇー可笑しいなーと俺は一人その謎と向き合っていると、今度は突然クラスの男子達が一斉に沸き上がった。
何事だ!?と驚いて俺も教室内へ目をやると、そこにはこの間孝之と行ってきたメイド喫茶と遜色無いメイド姿をしたクラスメイトたちが、少し恥ずかしそうに並んでいるのであった。
な、なんだこれは!?流石に刺激が……と思っていると、それから少し遅れて入ってきた3人によって教室内のボルテージは一気に最高潮に達した。
それは勿論、三木谷さん、清水さん、そしてしーちゃんの3人だった。
三木谷さんはバイトで慣れているからか、流石プロといった感じの完璧な笑みをニッコリと浮かべており、その隣では清水さんが恥ずかしそうに赤くなりながら、スカートの裾を掴んで俯いていた。
そんな美少女二人の姿は、本当に破壊力抜群だった。
隣にいる孝之は、自分の彼女である清水さんのメイド姿に既にテンションMAX状態であり、そんな恥ずかしがる清水さんの姿に「可愛すぎんだろ桜子ぉ」と惚気ながら釘付けになっていた。
だが、そんな二人すらも凌駕する存在がもう一人いるのだ。
それは勿論言うまでも無く、しーちゃんの存在だった――。
ここに来るまでに引き連れてきたのであろう他のクラスの男子達が、廊下の外に溢れ返っているのが見えた。
だが、それも無理は無かった。
だって今、俺達世代の誰しもが熱狂している国民的アイドルグループ『エンジェルガールズ』でセンターを務めていた、しおりんこと三枝紫音がアイドル衣装のようなメイド服姿で目の前に現れているんだから。
こんなの、健全な男子生徒ならテンションが上がらない方が無理があるってもんだ。
そんなしーちゃんはというと、見られる事には当然慣れているようで堂々とアイドルモードで微笑んでいるその姿は、正直同じ二大美女である清水さんや現役メイドの三木谷さんをもってしても霞んで見えてしまう程、圧倒的な貫禄があった。
そんな様子に、清水さんは自分から注目が逸れた事にほっとしており、三木谷さんはヤレヤレと諦めたような表情で微笑んでいた。
「これは、どうやら勝負どころじゃなさそうだね……」
「そうだな……」
そして、そんなしーちゃんを前にした俺と新島くんはというと、一体誰に向かってキュンキュンさせてやろうとか思っちゃってたんだろうねと、最早勝負どころではない事を瞬時に悟り合った。
これが勝負だとするならば、それは間違いなくしーちゃんの一人勝ちである。
こうして俺は、新島くんと一緒に引きつった笑みを浮かべていると、完全アイドルモードのしーちゃんもこっちに気が付いたようで目が合った。
すると、浮かべているアイドルスマイルが何故かピタッと固まったかと思うと、見る見るうちにその顔が赤く染まっていくのが分かった。
何事だ?と思ってじっと見ていると、しーちゃんはくるんっとその身体を回転させると、俺達に向かって背中を向けてきた。
そんな、さっきまでの完全アイドルモードが嘘のように、突然挙動不審を発動させてしまうしーちゃんを少し心配していると、
「はーい、じゃあもう見せ物じゃないよー散った散ったー」
と、丁度そのタイミングで三木谷さんがそうみんなに声をかけると、「さ、早く仕事の続きしてー」と接客担当の女子達に集まっている注目をシッシッと逸らして行った。
こうして再び文化祭の準備が再開されると、女子達はメイド服のサイズ確認の作業に移っていた。
そしてその結果、ポツリと二人だけ残されてしまった俺と新島くん。
自分達も制服のサイズ確認が必要なのだが、それは女子達が終わってからになるため只今絶賛待機中なのである。
「さっきの勝負だけど、どうやら僕の完敗みたいだね」
隣の新島くんが、突然そう話しかけてきた。
その言葉にちょっと驚いた俺は、新島くんの方を振り向いた。
すると、新島くんはもう諦めがついたとでも言うように、少し晴れ晴れとしたような表情を浮かべていた。
そんな新島くんがじっと見つめている視線の先を辿ってみると、そこには丁度クラスの女子達に衣装のサイズ確認をされているしーちゃんの姿があった。
そして、俺が振り向いた事でしーちゃんとバッチリ目が合ってしまうと、途端にしーちゃんはまた顔を真っ赤に染めていくのが分かった。
「ハハ、本当分かりやすいよね。三枝さんは、一条くんの事しか見てないよ」
そんな赤くなるしーちゃんを見ながら、新島くんは苦笑いしながらそう呟いた。
「いいのか?」
俺はそんな新島くんに問いかける。
これで本当に、負けを認めてしまっていいのかと。
「良い事なんてないさ。でも、叶わないと分かっている恋愛をし続けるほど、僕も盲目的ではないんでね」
俺の言葉に、新島くんはそう答えながらふっと笑った。
それが強がりの笑みな事ぐらい、俺にも分かった。
でも、例え不毛であったとしても真っ向から俺に勝負を挑み、そしてこうしてキッパリと結果を受け入れて次へ切り替える事を決めた新島くんは、やっぱり良い奴で、ちょっと格好いいなと思った。
そして、そんな俺達の元へと、衣装確認を終えたしーちゃんが恥ずかしそうにトコトコと歩み寄ってくる。
「た、たっくん……ど、どうかな……?」
「うん、めちゃくちゃ良く似合ってるよ」
俺の前に立ち、恥ずかしそうに感想を求めてきたしーちゃんに対して、俺は優しく微笑みながら思っている通りの言葉で絶賛した。
すると、その言葉が嬉しかったのかしーちゃんは、パァっと花が咲いたように可憐に微笑むと、
「た、たっくんもその、とっても似合ってるよ!」
と、その綺麗な瞳をキラキラと輝かせながら、お返しとばかりに俺の事も絶賛してくれたのであった。
「じゃ、あとはお二人で」
そんな一連のやり取りを隣で見ていた新島くんは、ポンと俺の肩を一度叩いて微笑むと衣装確認へと向かって行った。
俺はそんな新島くんの背中に向かって、心の中でごめんと謝った。
でも、俺はもうしーちゃんの彼氏として必ず幸せにしてみせると誓っているから、誰にも譲るつもりなんて無かった。
隣に並んで楽しそうに微笑んでいるしーちゃんを見ながら、俺は再びそう強く決心したのであった。
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