83話「寄り道とプレゼント」

 今日は文化祭の準備が無くなった事で、俺は無事しーちゃんと下校出来る事になった。


 一緒に帰ると言っても、何があるわけでもなくただ普通に一緒に帰るだけなのだが、それでも今の俺にとっては嬉しい事だった。


 今思えば、本当に些細な事ですれ違ってしまった俺達だが、それから本音で気持ちを語り合う事が出来たおかげで、こうしてお互いの心の距離をより近づける事が出来たのだ。


 まさかしーちゃんの方から、俺なんかに対して嫉妬を抱くなんて思いもしなかったのだが、そもそもその考え自体が誤っていたんだ。


 だって、俺達は今付き合っているんだから。

 好きな相手が他の異性と仲良くしていれば、当然気になるし嫉妬だってするのは至って自然なことだ。


 スーパーアイドルで、誰からも人気があって常にみんなの中心にいる存在だとしても、しーちゃんだって同じ一人の女の子なんだという事を、俺は今回の件で学んだし深く反省もした。


 だからもう、例えそれが誤解であっても、これ以上しーちゃんを心配させるような真似は絶対にしないようにしようと心に誓った。



「文化祭も一緒になれたね!嬉しいなっ!」


 そんな事を考えながら歩いていると、隣を歩くしーちゃんが嬉しそうに笑みを浮かべながら話しかけてくる。


 そう、成り行きとは言え、先ほど俺はしーちゃんと同じ接客担当になる事が決まったのだ。

 厨房担当と掛け持ちになってしまうので受け持つ仕事は増えるだろうけど、それでも俺にとっても嬉しい事だった。


 正直、メイド姿で接客するしーちゃんは本当に大丈夫か?という不安は拭い切れないわけで、だからこそウェイターとして隣で一緒に働ければ、いざという時は動けるだろうし幾分か安心できるってもんだ。


 それに、やっぱり彼女であるしーちゃんと一緒に何かを出来る事がそもそも嬉しいのだ。


 だから俺は、そんな嬉しそうにするしーちゃんに微笑み返しながら「そうだね」と返事をした。


 夏だけじゃない、俺はこれからもしーちゃんと一緒に色んな事を経験出来るんだと思うと、その事がとにかく嬉しくて、そして楽しみだった。



「えへへ、ねぇたっくん。ちょっと寄り道していかない?」


 俺の返事が嬉しかったのか、ちょっと恥ずかしそうに微笑みながら、しーちゃんからちょっと寄り道しようと言ってきた。


 正直俺も、今日はもう少ししーちゃんと一緒に居たい気持ちだったから、勿論オッケーと返事をするとしーちゃんはニッと嬉しそうに微笑んでくれた。


 そんなしーちゃんの本当に嬉しそうな微笑みを前に、やっぱり俺の胸はドキドキと高鳴ってしまうのであった。


 きっとこの愛おしい笑顔の前では、俺はいつまで経っても慣れる事なんてないんだろうなと思った。




 ◇



 それから俺達は、駅前のショッピングモールへとやってきた。


 とりあえずここは色々揃ってるから、特に目的もないし、ちょっとブラブラするには丁度良いだろうという事でやってきた。



「あっ!ねぇたっくん、あそこ見て行ってもいい?」


 そう言ってしーちゃんが指さしたのは、女性ものの服屋さんだった。

 目的も無い俺は、当然いいよと返事をして一緒に店内へ入る事にした。



「いらっしゃいませー」


 店に入るとすぐに、女性の店員さんが接客するためニコニコと近付いてきた。


 正直、こういうグイグイくる接客は俺はちょっと苦手だったりする。

 落ち着いて買い物出来ないし、何より今いるのは女性もののお店だからアウェーっていうか、余計居づらい感じがしてしまう。



「お客様でしたら、今年はこういうニットが流行ってますし絶対似合いますよ~……てか、本当に似合うっていうかよく見ると可愛すぎるんじゃ……えっ、ウソ!?」


 早速売り出し中のニットを手に取っておススメをしてきたはずの店員さんは、しーちゃんの目の前へやって来た所でピタッとその動きを止めて固まってしまった。


 あー、これはもう……と思っていると、それから店員さんは恐る恐るといった感じで口を開いた。



「も、もももしかして、エンジェルガールズのしおりん、ですか!?」

「はい、そうですよ」


 店員さんの質問に、ニッコリとアイドルモードで迷わず返事をするしーちゃん。


 当然今日もしーちゃんは伊達眼鏡で一応変装はしているのだが、それでも近くで見れば流石にしおりんだとバレてしまったようだ。


 こうして身バレしてしまったしーちゃんは、もう諦めたのかあっさりと認めてしまったその言葉に、店員さんは「えー!?」とその場から飛び退いて驚き、これが他人事ならば100点満点のリアクションをしてくれていた。



「や、やっぱり!わ、わたししおりんの大ファンなんです!CD全部持ってます!!」

「そうなんですか?ありがとうございます」


 なんとか気を取り直した店員さんはというと、もう接客の事なんて頭に無くなってしまったのだろう、ちょっと興奮気味にしーちゃんのファンだと鼻息荒く告白していた。

 そんなちょっと取り乱している店員さん相手にも、変わらずニッコリと微笑みながらお礼を言うアイドルモードのしーちゃんは流石の一言だった。


 こういうしーちゃんを見る度、あぁやっぱりしーちゃんはスーパーアイドルであって、本来は雲の上のような存在なんだよなって実感する。



「ね、ねぇ!たっくん!」


 俺がそんな事を思っていると、先ほど店員さんのオススメしてくれた白のニットと、それから袖がレースになった黒のトップスをそれぞれ両手で持ったしーちゃんが話しかけてきた。


 これはもしかすると、定番のあれだろうかと思っていると……、



「ど、どどどどっちが似合うかな!?」


 案の定、しーちゃんは俺の恐れていた質問をしてきたのであった。


 しかし、その表情は先程までのアイドルモードのそれとは違い、引きつったような変な笑みを浮かべながら目がグルグルと回っていた。


 しかし、俺は俺でそんな挙動不審になってしまうしーちゃんにリアクションする余裕もなく、この究極の二択を前にどう返事をしたらいいものか迷った。

 よくアニメや漫画であるこのシチュエーションに、まさか自分が陥るなんて思いもしなかったのだ。


 こういう場合、世間では『女性は答えを求めているわけではない』とか『聞く前から答えは出ている』とか、男からしてみれば『だったらなんで聞くんだ!?』というような情報が流れていたりするが、しーちゃんの場合どうなのか俺は全く計る事が出来ないでいた。


 まぁ考えても答えは出ないなと諦めた俺は、素直に自分の感性に従って慎重に答える事にした。


 一先ず俺は、ニット姿のしーちゃんと、黒のトップス姿のしーちゃんを想像してみる事にした。


 …………うん、どっちもとっても素晴らしいですね。


 ニット姿は可愛い印象で、黒のトップスは大人っぽくて、系統が違うからどっちのしーちゃんも絶対に可愛いに違いなかった。


 だから俺は、もう素直に答える事にした。



「どっちも絶対に似合うと思うけど……ニ、ニットかなぁ」


 俺はニットを選んだ。

 なんだか今日はいつもより可愛い感じのしーちゃんに引っ張られているだけだと思うけど、今日の俺は綺麗なしーちゃんより可愛いしーちゃんに気持ちがちょっとだけ傾いているのだ。



「そ、そそそっか!じゃあ、このニットにしようかな!」


 不味かっただろうかと心配する俺を他所に、顔を真っ赤にしたしーちゃんはそう言って黒のトップスをすぐに戻した。



「え?それ買うの?」

「うん、だってたっくんが選んでくれたものだから」


 即決をするしーちゃんにちょっと驚いたけど、そう言って嬉しそうにそのニットを抱きしめるしーちゃんを見ていたら、俺も思わず顔が緩んでしまった。


 こうしてしーちゃんは、すっかり接客を忘れてしまっている店員さんに声をかけると、そのままそのニットをレジへと持って行く。



「待ってしーちゃん。じゃあ、今日は選んだついでにプレゼントさせてよ」


 俺はそんなしーちゃんのあとを追い、財布を取り出すそうとするしーちゃんの手をそっと抑えながらそう伝えた。



「え?い、いいよ悪いよ!」

「いいから、たまには彼氏らしい事させて下さい」


 当然断ろうとするしーちゃんだが、俺は「ね?」とだめ押しでウインクを付け加えると、しーちゃんも分かってくれたのか顔を赤くしながらも小さくコクリと頷いてくれた。



「そっか、しおりんの彼氏さん、ですか…………うん、君なら言う事なしですねっ!」


 そんな俺達のやり取りを見ていた店員さんは、そう言って何故か俺達に向かって嬉しそうに親指を立ててグーポーズをしてくれた。

 それが何のグーポーズなのか分からないし、思わず口にしてしまった事で関係がバレてしまったけれど、少なくとも好意的な気持ちの表れなのは確かだから、しーちゃんのファンだという店員さんに認められた事が素直に嬉しかった俺は「どうも」と微笑みながらお礼をしておいた。


 隣のしーちゃんはというと、バレてしまった今だけは人目を気にしなくても良いと思ったのか、「そうなんですよ」と俺の腕にくっつきながらデレデレと微笑んでいるのであった。


 そして、



「昔からずっと大好きな、世界一の彼氏なんです」



 満面の笑みを浮かべながら、高らかにそう惚気てくれたのであった。


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