82話「微笑み」
放課後。
今日こそはしーちゃんと一緒に帰ろうと帰り支度をしていると、昨日と同じく新島くんがしーちゃんの元へとやってきた。
「あの、三枝さん。今日もこれから接客担当のみんなで昨日の続きを話し合う事になっているんだけど、大丈夫かな?」
そして、案の定今日もしーちゃんを打ち合わせに誘う新島くん。
俺の所属する調理担当は、昨日のうちにほとんどする事を決め終えているため、今日は特に集まって話し合う予定は無かった。
こうして突然今日も誘われてしまったしーちゃんは、ちょっと困ったようにそんな新島くんと俺の事を交互に見ながら口を開いた。
「えっと、昨日でほとんど話し合いは済んだような気がしているんだけど、今日は何するのかな?」
文化祭の準備なため、自分だけ参加しないなんて事はしたくないのだろう。
それでも、調理担当同様に接客担当も話し合いは終えているという認識だったしーちゃんは、やっぱり少し困ったように新島くんに質問する。
「あー、うん。そうなんだけど、次はみんなのタイムスケジュールとか整理したいなと思って。同じ担当で男は僕だけだし、ちょっと立ち回りが難しいところとかあってね」
そう言って困ったように微笑む新島くん。
俺からしてみれば、上手いこと男は自分だけになるように仕向けていたような気がしなくもないのだが、文化祭の準備のためな事には違いないし部外者が口を挟むわけにはいかなかった。
今日こそは一緒に帰りたかったけど、文化祭の準備であればしーちゃんだけ参加しないわけにもいかないだろうし、俺は大丈夫だよというようにしーちゃんに向かって微笑んだ。
それに俺達はもう、そんなすれ違いごときでお互いどうこうなってしまうような関係でもないのだ。
昨日しーちゃんが号泣しながら言ってくれた言葉のおかげで、俺はもうしーちゃんとの関係に強い自信を持つ事が出来ているのだ。
「そっか、それじゃあわたしも――」
「あーごめん、あーし今日はパス」
しーちゃんがそう言いかけたところで、前の席の三木谷さんが話に割って入ってきた。
「あーしこれからバイトだし、まだ時間はあるんだから次のホームルームで話し合えば良くない?」
「え?い、いや、善は急げってやつだよ」
「ふーん。まぁそうかもしれないけど、みんなも都合あるんじゃない?部活で来れない子もいるのに、あーしらだけでスケジュールも決めらんないっしょ」
ごもっともな事を言う三木谷さんに、新島くんは言葉に詰まってしまっていた。
言われてみるとそうだ、清水さんと部活へ向かって行った孝之同様、接客担当の女子達も何人かは既に部活へと向かい教室に姿は無かった。
その状態で、残った人だけでスケジュールを決めてしまうのはきっと不満が起きるだろう。
「ほ、ほら!男は僕だけだからさ、その辺の相談もしたかったんだ!」
そんな三木谷さんに、そうだ!と思いついたように話をすり替える新島くん。
「男しか出来ないことってなに?」
「それはほら、女子達の見張りも兼ねて僕も接客に回ろうと思うんだけど、ずっと居るわけにもいかないだろう?だから、その辺の立ち回りっていうか誰がどの時間に入るかは早めに決めておきたかったんだ」
「ふーん。だったらそれって、そもそも男が健吾だけなのが問題なんじゃん?」
そう言ってニヤッと微笑んだ三木谷さんは、何故か俺の方へと視線を向けてくる。
その視線で、三木谷さんが何を言いたいのか大方予想がついてしまった。
そしてそれは、しーちゃんにも伝わったのだろう。
しーちゃんと三木谷さんは互いに視線を交らわせると、二人共ニヤリと微笑んだ。
そして、
「だったら、たっくんにも手伝って貰おうよ?」
「賛成~!」
しーちゃんが二コリと微笑みながら新島くんにそう提案すると、三木谷さんもわざとっぽく笑いながら手を挙げて賛成した。
「え、いや、でもほら、一条くんは調理担当だし忙しいだろ?」
「んー、いや、うちの担当は準備が大変なだけで、あとは楽だよ。当日フライパンは一つしか無いしね」
嘘は言っていない。
うちの担当は準備が大変なだけで、あとは正直手持無沙汰になってしまう程だった。
というか、むしろ文化祭当日大変なのは接客担当だけだろう。
まぁ、こうなったらクラスのためだし、何よりしーちゃんと同じ接客担当をする事は正直嬉しい俺は、それじゃあと引き受ける事にした。
何より、これ以上新島くんの独壇場にしておくわけにもいかないしね。
「じゃあ決まりだね~!男性スタッフの衣装もまだ借りられるし、よろしく一条!」
そう言うと三木谷さんは、笑いながら俺の背中をバシッと叩いてきた。
しーちゃんはしーちゃんで、俺と同じ担当になれた事にとても喜んでいる様子だった。
「てことで、健吾の悩みも解消されたことだし、あーしはバイト行ってくるよ~」
話は済んだとばかりに、三木谷さんは俺としーちゃん向かって「じゃね!」とウインクしながら教室から出て行った。
そんな俺達の一連のやり取りを見ていた他の女子達も、それじゃあ今日はもういいよねと解散して行った。
「じゃあ、わたし達も帰ろっか。またね、新島くん」
しーちゃんもそう言って、自分の鞄を手にする。
「ま、待って欲しい!」
だが、そんなしーちゃんに新島くんは少し焦った様子で話しかける。
「なにかな?」
「三枝さんは、その、一条くんとどういう関係なんだい?」
新島くんは、苦しそうな表情を浮かべながらもストレートにそんな質問をしーちゃんにぶつけた。
確実に、俺としーちゃんとの関係を疑っているのだろう。
「秘密」
「え?」
「秘密だよ。じゃ、たっくん行こっ!」
しかし、そんな新島くんの質問もアイドルモードで微笑みながらさらりとスルーしたしーちゃんは、すっと俺の隣にやってきて一緒に帰ろうとまた微笑んだ。
その微笑みは、たった今新島くんに向けられた微笑みとはまるで違っていた。
ようやく一緒に帰れる事を喜んでいるのか、ほんのりと頬を赤く染めながら嬉しそうに微笑む今のしーちゃんは、思わず見惚れてしまう程美しかった。
俺はそんなハッキリとしたしーちゃんにちょっと呆気にとられながらも、そうだねと返事をして一緒に扉へ向かって歩き出した。
「秘密って……それってもう……」
そして、残された新島くんからはそんな呟く声が聞こえてきたのであった――。
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