81話「本心」

 次の日。


 俺はいつも通りの時間に起きて、そしていつも通り学校へと向かう。


 教室へ入ると、俺は新しい廊下側の席へと向かい、そこで既に教室へとやってきている一人のクラスメイトと挨拶を交わす。



「おはよう、しーちゃん」

「うん、おはようたっくん」


 俺が挨拶をすると、しーちゃんはふんわりと微笑みながら挨拶を返してくれた。


 その可愛らしい微笑みを前に、俺も思わず笑みが零れてしまう。



 ◇



 昨日、バイト先へ久々の不審者スタイルで現れたしーちゃんに、俺はちゃんと本音をぶつけた。

 俺が世界一好きなのは、彼女であるしーちゃんだよと。


 それから俺は、バイト後すぐにちゃんと話をしようとスマホを取り出すと、そこには先にしーちゃんから一通のLimeが届いていた。



『たっくん、ごめんなさい』


 最初その一文を見た時、胸がドキッとした。

 どういう意味のごめんなさいなのか、文だけでは掴み切れなかったからだ。


 謝りのごめんなさいなのか、それとももしかして……と、ネガティブな思考がどうしても駆け巡ってしまう。


 でも、それでも俺はちゃんと想いを伝えないといけないと思い、そんな意味深なLimeに返事を返す。



『謝ることないよ、きっと不安にさせちゃった俺が悪いんだから』


 そう返信すると、すぐに既読がついた。

 ちょっと焦ったけど、俺はちゃんと伝えなきゃと言葉を続けた。



『俺が好きなのは、しーちゃんだけだよ。だからもし良かったら、このあとちょっと通話できないかな?』


 こういうのは、ついさっき俺が思ってしまった通り、文書だけじゃ駄目だと思う。

 だから俺は、しーちゃんさえ良ければちゃんと話をしようとLimeを送った。



 すると、すぐにしーちゃんからの着信が鳴る――。


 俺から言い出したものの、あまりにも早いその着信にちょっと戸惑いつつも、俺は覚悟を決めて通話ボタンを押した。



「あ、しーちゃん?ごめんね、夜遅くに」

「……」

「しーちゃん?」


「……なさい」

「え?」



 よく聞こえなかったけど、多分しーちゃんは謝っている。

 それに気が付いた俺は、全身の毛穴がブワッと開くような危機感に駆られた。


 今の言葉が「ごめんなさい」だとしたら、それは俺が一番恐れている言葉に他ならないから。



「し、しーちゃん!?」


 焦った俺は、ちょっと待ってよという思いで今度は強めに呼びかける。




「ごめんな゛さぁい!!わ゛たし嫉妬してだぁ!!」



 だが、俺の予想に反して電話の向こうのしーちゃんは突然泣き出したのであった。

 泣いているではなく、これはもう号泣に近かった。



「だ、大丈夫しーちゃん!?」


「大丈夫じゃないよぉ!わたし嫉妬して嫌な子だったぁ!!」


 しーちゃんは、嫉妬してしまっていた自分が悪いと泣いていた。

 だったら、それはしーちゃんが悪いんじゃなくて、そう思わせてしまった俺が悪い。



「そんな事ないよ、中途半端な返事で不安にさせた俺が悪いんだから」


 だから俺は、そんなしーちゃんに今度は優しく話しかける。



「俺が好きなのは、しーちゃんだけだよ」


 だからお願い、これからも二人で一緒にいよう。

 そう願いながら俺は、今度はLimeではなく言葉でちゃんと好きだと伝えた。





「わたしもだっくんが好き!!大好きぃ!!うわぁーーーん!!」



 そんな俺の言葉に、しーちゃんは更に号泣してしまった。

 でもそれは、どうやら先ほどまでの涙とは違い、嬉し泣きに変わっているようだった。


 こんな号泣してしまう程、しーちゃんが真剣に想っていてくれていた事が伝わり、俺はただただ嬉しかった。


 それから、絶対に大事にしようって思った。




 ◇



「あの、ね?昨日はごめんね?」

「ううん、俺の方こそごめん」


 ちょっと恥ずかしそうに謝るしーちゃんに俺が謝り返すと、それから二人で吹き出すように笑い合った。


 この笑いで、昨日の事は全て帳消しだ。

 わざわざ言葉にしなくても、お互いそんな気持ちになった。



「あ、おはよー一条!今日もイケてんねぇ!」


 それからしーちゃんとの他愛ない話を終えた俺は、鞄から教科書を取り出して整理をしていると、教室へとやってきた三木谷さんが俺に気付いて挨拶をしてくれた。



「おはよう三木谷さん。別にイケてはないけどね?」


 俺は三木谷さんの言葉に、笑いながら挨拶を返す。

 しかし、そんな俺の様子に何故かキョトンとする三木谷さん。



「あれ?一条そんな風に笑うっけ?」

「なんだよそれ、俺だって人間なんだから笑う事ぐらいあるって!」


「ふーん、今のはちょっとキュンとしちゃったわ!」


 自分の椅子に逆向きに座り、俺と机を挟んで向かい合った三木谷さんは、ニカッと微笑みながらそう言った。


 それにしても、相変わらず顔が近い。

 昨日までの俺なら、そのキュンとしたという言葉とこの距離感に、多分ドキドキしてしまっていたに違いない。


 でももう俺は、気持ちが本当の意味ではっきりしているから、そんな迫る三木谷さんにも笑って返す。



「だったらもっと笑わないと損だな」


 そう俺が笑って返事をすると、俺をおちょくっていたはずの三木谷さんの方が少し顔を赤くしたのであった。


 そして、




「うん、たっくんの笑顔は反則だよね!あ、笑ってなくても素敵なんだけどね♪」



 気付いたら俺と三木谷さんの隣へとやってきていたしーちゃんが、ニコニコと会話に入ってきたのであった。



「は?え?三枝さん!?」

「うん、おはよう三木谷さん」

「え、あ、うん、おはよう」


 まさか二人の会話に、しーちゃんから入ってくるとは思いもしなかったのだろう。


 そんな突然のしーちゃんの登場に戸惑う三木谷さん。



「三木谷さんも、たっくんの良さに気付いちゃった感じかな?気が合いそうだね!」


 しーちゃんはそう言って微笑むと、「それじゃ」と小さく手を振りながら教室から出て行ってしまった。


 三木谷さんは、そんなしーちゃんの背中を固まりながら見送ると、



「……これは流石に予想外だったかなぁ」


 と小さく呟いた。

 そして、ちょっと困ったように微笑みながら俺の方を振り向くと、その口を開いた。



「いくらなんでも相手が悪すぎっしょ。まだのめり込む前だからセーフ的な?」


 そう言って力なく笑う三木谷さんが何を言いたのかぐらい、流石に俺でも分かった。



「三木谷さんはさ、いつも気さくで明るくて、それに凄い美人だし正直非の打ちどころがないと思うよ。それでも、俺が好きなのはしーちゃんなんだよね」


 俺は三木谷さんに思っている事を正直に伝えると、それからおどけるようにニヤッと笑って見せた。

 そんな俺の言葉に「いや、あーし別に告ってねーっての!」と三木谷さんは俺の頭にチョップをしてきた。



「……でも、ありがと!正直めっちゃ今の言葉は嬉しいわ!前半だけね!」


 そう言って嬉しそうに微笑む三木谷さんの姿は、そこいらのモデルなんか霞むぐらい本当に美しかった。



 こうして俺達は、とりあえず気は合うんだしこれからも友達として仲良くやってこうという事で、一度握手をして笑い合った。



 そんな俺達の事を、いつの間にか教室に戻ってきていたしーちゃんは、俺にだけ見える位置で優しく微笑みながらこちらを見ていたのであった。


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