80話「後悔と本音」

「はぁ~」


 俺はレジカウンターに立ちながら、今日何度目かの溜め息をついた。


 今日は何だかしーちゃんとすれ違っちゃったなと思いながらするバイトは、正直しんどかった。

 本当はすぐにLimeで説明したいのだが、流石にバイト中にLimeをいじくる事はできないのが歯がゆかった。


 俺は今日の出来事を客観的に思い出して、そりゃそうだと思った。

 しーちゃんから見たら、楽しそうに話をする俺と三木谷さんを見て気にならない方が可笑しいって話だ。


 だって俺達は、もう付き合っているんだから。

 彼氏が他の女の子と仲良くしている事に対して、彼女なら不安に思ってしまうのは自然な事だろう。


 それなのに俺は、上手い言葉を見つける事が出来ずにしーちゃんをまた不安にさせてしまっているのだから、本当にどうしようもなかった。



「はぁ~」


 駄目駄目だなぁ俺……とりあえず、帰ってからなんてしーちゃんにLimeしたらいいかとバイトしながらずっと悩んでいるのであった。



 そして、どうしたものかなと言えば新島くんの存在もそうだ。

 俺から見ても分かる、新島くんは確実にしーちゃんに気があるだろうと。


 事情はあるにしろ、俺がしーちゃんと付き合っている事をみんなには秘密にしているのだから、この状況に文句を言うのはお門違いな事ぐらい分かっている。


 それでも、こうしてしーちゃんとすれ違っている状態で、そんな新島くんとの居残りにしーちゃんを残してきてしまった事が気にならないと言ったら、それはやっぱり嘘になる。



 新島くんはイケメンだし、オマケに性格も良いという正直非の打ちどころの無いクラスメイトだ。


 当然しーちゃんの事は信じているけど、それでもどうしてもこうして不安になってしまうのが恋心ってやつなんだろうな。



「はぁ~」


 とりあえず、ちゃんと帰ったかどうかだけでも確認したいなと思いながら、俺はまた深く溜め息をついたのであった。



 ◇



 ピロリロリーン


 コンビニの扉が開き、いつものメロディーが店内に流れる。

 俺はそのメロディーに合わせて「いらっしゃいませ~」とお客様に挨拶をする。


 そして、入ってきたお客様の姿を確認すると、そこにはマスクをして縁の太い眼鏡をかけ、そしてキャスケットを深く被った女性が立っていた。



 それは勿論、しーちゃんだった――。


 まさかの不審者スタイルではあるものの、たった今頭を悩ませていた相手であるしーちゃんが突然現れた事に俺はとても動揺した。

 でも、とりあえずちゃんと一回帰ってこうしてコンビニに現れてくれた事に、ちょっと安心している自分もいた。


 俺はそんなしーちゃんと目が合うと、しーちゃんはキャスケットで顔を隠しながら慌てて雑誌コーナーの方へと移動してしまった。


 そんなしーちゃんを前に、やっぱりまだ怒ってるのかなと思いながらも、だったら何でこのコンビニに来たんだろうと俺はそんなしーちゃんから目が離せないでいると、しーちゃんは雑誌を手に取りペラペラとページを捲り出した。


 しかし、よく見るとしーちゃんは雑誌を全く読んでなどいない様子だった。


 ページをペラペラ捲っているけど、その目はどうやら眼鏡越しに俺の方へと向けられているのだ。

 この感じ、前にもあったような気がする。


 こうして、逆に見られてしまっている事に気が付いた俺は、普段なら気にしないで笑っているのだが、今の俺はちょっと気まずく感じてしまい、雑誌コーナーから見えない位置へと移動してしまう。


 するとしーちゃんは、移動する俺に気が付いたのか、慌てて雑誌を戻す様子が一瞬見えた。



「はぁ~」


 どうしよう……。

 とりあえず、今のしーちゃんはバレてないつもりで今日も変装してきてるんだろうし、このあとどうしたものかなと考えながら俺は屈んで備品の整頓をし終えると、とりあえずもう成るようになれと腹を括って立ち上がった。



「お、お願いします!」


 だが、立ち上がるとそこには、買い物カゴにお茶を一つだけ入れたしーちゃんが既にレジへとやって来ていた。


 え、早すぎない!?と思わず俺は驚いてしまった。

 しーちゃんは肩を上下に揺らしながら少し息を切らしている様子で、あれから急いでレジへと移動してきた事が伺えた。


 俺はそんな挙動不審なしーちゃんにちょっと怯みつつも、とりあえず仕事しないとと思いカゴからお茶を取り出してバーコードを読み取った。



「えっと、128円です。袋は――」

「いらないです!」


 確認する俺の言葉を遮ると共に、バッと千円札を差し出してくるしーちゃん。


 こんな状況でも、やっぱり千円札なんだねと思いながら俺はその千円札を受け取り、そのまま会計を済ませてお釣りを手渡す。


 すると、しーちゃんはいつも通りお釣りを受け取るため両手を差し出してきたのだが――ピタッとその手が止まった。


 そのいつもと違う動きに俺も驚いたが、若干震える手でちゃんとお釣りを両手で受け取ってくれた。



「あ、あの……」

「は、はい……なんでしょうか……」

「店員さんはその……好きな人とか、居ますか……?」


 突然、自分の彼女に好きな人がいるかを聞かれる俺。

 でもここは、こんな状況がどうとか挙動不審がどうとか言っている場合じゃないと、すぐに俺はハッキリと答える。



「はい、いますよ」

「!!……そ、そうですか。店員さんは、その人の事どう思っていますか……」


 しーちゃんの手の震えが強まる。

 やっぱり、三木谷さんとの事を疑ってしまっているのだろう。


 それもこれも、全部俺が中途半端な返事で終わらせてしまったせいだ。

 たしかに、関係を秘密にするという約束と責任はある。

 それでも、こうしてしーちゃんを不安にさせてしまっているのならば、その全てが本末転倒だった。


 そう思った俺は、そんなしーちゃんに想いをちゃんと伝えるべく、微笑みながらしっかりと自分の言葉で答える。



「はい、世界一可愛くて、世界一大好きな彼女です。彼女以外の女性に、興味なんてありません」



 俺は思っている事を全て伝えた……つもりだ。

 俺はしーちゃん以外の女性に、興味なんてないんだから。


 そんな俺の返事を聞いたしーちゃんは、その顔を真っ赤に染めていた。

 そして、握っていた俺の手からお釣りを受け取ると、急いで財布に小銭をしまいそのまま慌ててコンビニから出て行ってしまった。


 俺は去っていくしーちゃんの背中を見送りながら、帰ったらもう一度ちゃんと想いを伝えようと決心した。


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