79話「疑惑と誘い」

 ホームルームも終わりに近付いたため、俺達の担当は話し合いもかなり進んだ事だし今日の所は解散して自分の席へと戻る事にした。


 予算的にも問題無さそうだし、あとは調理方法に皿とかかなーとか考えていると、突然声をかけられた。



「ね、一条さ、話すの何気初めてじゃない?」


 考え事をしていた俺は少し驚きながらその声に振り向くと、その声の主は前の席に座った三木谷さんだった。


 何だか今日はよく俺の事を見ているような気がしていた三木谷さんに、いきなり声をかけられた事でちょっと動揺してしまう俺。



「う、うん、そうだね」

「てかさー、一条マジ雰囲気変わったよね!」


 緊張と人見知りを発動してぎこちない俺も楽しんでいるのか、三木谷さんは笑いながら話を続けてくる。

 俺はそんな三木谷さんに、どうしたものかと思いながらとりあえず愛想笑いをする事しか出来なかった。



「何?やっぱ一条ってあれ?恋しちゃってる?」

「えっ!?」


 口元に手を当てながら、揶揄うようにニヤニヤと笑う三木谷さんの言葉に、俺はドキッとして思わず声を上げてしまった。



「驚く事ないしょー、見てれば分かるっての!一条、三枝さんの事好きっしょ?」


 やっぱりニヤニヤと笑う三木谷さんは、核心をついてきた。

 どう返事をしたものかと俺が焦っていると、「弁当まで貰ってるみたいだし、仲良いもんねー」とどんどん追及してくる三木谷さん。



「いや、まぁ、どうかなハハハ」


 俺はこの場を逃れる一心で、とりあえず笑って誤魔化す事にした。


 しかし、そんな俺に三木谷さんはやっぱりニヤァと笑うと、



「一条分かりやすすぎっしょ!でも、流石に相手が悪いよねー」


 ちょっと同情するような表情を向けてくる三木谷さんに、俺はあれ?と思った。

 どうやら俺の気持ちには気が付いているようだけど、俺達が付き合ってるとまでは思っていないようだった。


 今席の周りには俺と三木谷さん二人しかいないし、しーちゃんは同じ接客担当の女子達に囲まれて楽しそうにお喋り中なため、この会話が誰かに聞かれている事はどうやら無さそうだった。



「そ、そうだよね!俺なんかが三枝さんと付き合えるとは思ってないって!弁当も友達としてだからねハハハ!」

「そんなのみんな分かってるっての!でも弁当貰う仲とかそれだけでも凄すぎっしょ!」


 一先ずバレてないようだし、ここはなんとか乗り切れそうだと思った俺は便乗して誤魔化し続けると、三木谷さんはそんな俺に爆笑してくれていた。

 あんまり笑われると、そんなに俺って不釣り合いかな?ってちょっと傷つくんだけど、それでもバレるよりは全然良いと俺は心の中で泣きつつも表面上は合わせて笑っておいた。



「でもさ、一条本当あか抜けたし、前も悪くは無かったけど今なら普通にイケメンって感じするから大丈夫だって!」

「えっ?」


 そう言って三木谷さんは、その細い手を俺の肩まで伸ばすと励ますようにバンバンと叩いてきた。


 そしてそうなると、必然的に顔と顔が急接近してしまう。


 やっぱり三木谷さんは美人だし、そんな女性の顔が目の前に迫ってきたら誰でもドキドキするだろうからこれは不可抗力だと思っていると、遠くから強い視線を感じた。


 俺はその視線の先へ恐る恐る目を向けると、それは案の定しーちゃんからの視線であった。


 女子達に囲まれながらも、明らかに不満そうな顔でこっちをじーっと見てきているしーちゃんに、俺は青ざめつつ慌てて三木谷さんを引き離した。



「なに?照れてるの?かわいいー」

「そ、そうじゃなくって!顔近いから!あんまり揶揄うなって!」


 やめてくれと俺が伝えると、三木谷さんはやっぱり揶揄うように俺の方を見て笑った。


 そして、



「別に揶揄ってないっての!あーし、結構一条タイプだよ!」


 三木谷さんの口から、まさかの言葉が発せられたのであった。


 俺がその言葉に呆けていると、三木谷さんは「まぁ席も前だし、とりあえずこれから宜しくねー」とウインクをして前を向いてしまった。


 そこで丁度チャイムが鳴った事で、今日のホームルームは終了となった。


 俺はさっきの三木谷さんの言葉に動揺していると、後ろから背中をツンツンとつつかれた。


 そのツンツンは、心なしかいつもより強く感じられた。


 そうだった……と思い俺は恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはやっぱり不満そうにぷくっと膨れるしーちゃんの姿があった。



「……三木谷さんと、何話してたの?」

「いや、何でも無いよ……本当に」


 たった今俺は、三木谷さんにしーちゃんの事が好きだと揶揄われて、それから何故か容姿をちょっと褒められただけだから、本当に何でも無いし嘘は言っていない。


 でも、しーちゃんから見たらやっぱり気になるよなぁと、俺は中々この状況に適した言葉が見つけられなくて歯がゆい思いをしていると、



「あ、三枝さん!みんなでさっきの話の続きしたいから、良かったらこのあともうちょっと残って話し合いできないかな?」


 そんな膨れるしーちゃんに、新島くんが話しかけてきたのであった。

 どうやら、接客担当は居残りでもう少し話し合いをしていくようだった。



「うん、大丈夫だよ分かりました」


 一瞬でアイドルモードに切り替えたしーちゃんは、微笑みながらその誘いを了承する。


 そっか、じゃあ今日はしーちゃんは居残りだね……。


 今日は俺もバイトがあるし、それじゃあ別々に帰るしかないかと思った俺は鞄を持って立ち上がると、タイミング悪すぎるなと思いながらも小声で「じゃあね、頑張ってね」とだけしーちゃんに伝えた。


 そんな俺に、しーちゃんは少し寂しそうに「あ……」と小さく呟いたけど、やっぱりちょっと怒っているのかプイッと横を向いてしまったので、俺はモヤモヤした気持ちを残しつつ今日の所は大人しく一人で帰る事にした。



「あ、一条帰るの?お疲れー!」


 そしてまたタイミング悪いことに、帰ろうとする俺に気が付いた三木谷さんが、俺の肩をポンと叩きながら帰りの挨拶をしてくれたのであった。


 三木谷さんはただ挨拶をしてくれただけだから何も悪く無いし、むしろさっき仲良くなったばかりなのに有難うと言いたいぐらいだった。


 でも、やっぱりタイミングが悪いかなぁと思いつつ俺は三木谷さんに挨拶を返すと、それからそっと後ろを振り向いた。



 するとそこには、やっぱり不満そうに膨れたしーちゃんの姿があり、そしてまた目が合うとプイッと視線を逸らされてしまったのであった。



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