74話「二度目の席替え」
「よーし、じゃあ窓際の席の手前から順番にくじ引きなー」
先生の一言で、早速くじ引きが開始された。
このくじ引きによって、みんなのこれからの運命が決まるといったら過言だが、教室内に一気に緊張が走る。
前回の席替えでは特に席なんて気にしなかったのだが、今の俺にとっては大問題だった。
前が親友である孝之、そして隣は彼女であるしーちゃんという、言わばこの神席にこれだけ自分が執着してしまっていただなんて、我ながら人間は変わってく生き物なんだなとちょっと笑えてきた。
今日の席替えにより、もししーちゃんと離れた席になったとしたら……うん、それはやっぱりちょっと、いや結構寂しいなって思う。
だから、隣で顔面蒼白になってしまっているしーちゃんの気持ちは、正直良く分かるのだ。
だって俺も、今の席からは出来る事なら離れたくなんてないのだから。
そんな事を考えていたら、すぐに俺の番が回ってきた。
くじは前回同様、窓際の一番前の席が1番で、廊下側の一番後ろが40番と順番に振られている。
ちなみに、俺の一つ前で既にくじを引き終えている孝之はというと、40番を引き当てていた。
「なんだよ、元の席に戻っちまったわ」
と笑う孝之。たしかに、最初の名簿番号順の席では山本の『や』で一番後ろだった孝之は、元の位置へと戻るだけだった。
だが孝之にとっては、彼女である清水さんと近くの席になるチャンスなのだから、あとは結果をワクワクしながら待っている様子だった。
そして俺も、教壇へ向かうと覚悟を決めてくじを引く。
「はい、一条はえーっと、33番な」
33番か……、という事は廊下側から二列目の後ろから二番目だな……。
今度はなんとも言えない位置の席になってしまったが、それでも孝之が斜め後ろの席になった事だけは救いだった。
「お、また近いな!宜しくなっ!」
「おう、また宜しくな」
俺は孝之と笑い合うと、あとは二人でしーちゃんと清水さんの席の行方を見守るだけだった。
しーちゃんはというと、そんなまた近くの席になった事を喜ぶ俺と孝之を見ながら「いいなぁ」と羨ましそうに小さく呟くと、それからお経のように数字をブツブツと呟き出した。
この光景、なんだか前にも見た事あるなと思ったら、一回目の席替えの時もしーちゃんはお経のように数字を唱えていた事を思い出した。
そして、今なら分かる。
あの時も、そして今もしーちゃんは、俺の近くの席の番号を呟いているのだった。
「さんじゅうに……さんじゅうよん……さんじゅうきゅう……」
「し、しーちゃん?」
「さんじゅうに……さんじゅうよん……さんじゅうきゅう……」
「……」
お経のようにブツブツと呟くしーちゃんに声をかけてみたが、どうやら今の挙動不審全開なしーちゃんには全く聞こえていないようだった。
「はい、三木谷は32番なー、次ー」
「あがっ!」
そんな完全集中モードのしーちゃんだったが、呟く番号の一つが埋まってしまった事に酷くダメージを受けていた。
――そして、ついにしーちゃんの順番が回ってくる。
「次、三枝ー」
「はいっ!!」
担任の先生に呼ばれると、しーちゃんはガバッと右手を上げながら勢いよく立ち上がった。
その様子に、クラスメイトは全員注目する。
これから、運命の席が決まるのだ。
教室内には、なんとも言えない緊張感が走る――。
そして何より緊張しているのは、しーちゃん本人だった。
緊張のあまり手と足を同時に出しながら教卓へと向かったしーちゃんは、プルプルと震えながら「えいっ!」という掛け声と共にくじを引いた。
「はい、じゃあ三枝は……」
くじを受け取った先生は、そこで一呼吸を置く。
それは、クラスのみんながしーちゃんの新しい席が気になっている事を分かった上での仕業だった。
全員が先生の次の言葉に注目しながら、次の言葉を待った――。
「――34番だ!」
先生のその言葉に、おおー!とざわめく教室内。
そうか、しーちゃんは34番か……んっ?
俺は黒板に書かれた新しい席順に目をやると、そこには俺の後ろに三枝と書き足されていた。
そう、新しい席ではしーちゃんは隣ではなくなってしまったのだが、代わりに俺の一つ後ろの席になったのだった。
――奇跡だと思った。
それはしーちゃんも同じようで、黒板に書かれた新しい席順を見ながら固まってしまっていた。
「三枝ー、次控えてるからそろそろ動こうなー」
担任の一言で我に返ったしーちゃんは、「はいっ!」と元気良く返事をすると、まるで教室に一輪の花が咲いたように満面の笑みを浮かべながら弾む足取りで席へと戻ってきた。
そんな行きと帰りの高低差がありすぎるしーちゃんだが、無理も無かった。
「今度は後ろだねっ!たっくん!」
席へ戻ると、そう言って俺の顔を見ながらニッコリと微笑むしーちゃん。
その表情は本当に可愛くて、思わず俺は見惚れてしまった。
「そうだね、また宜しくね」
俺はそう返事をすると、喜ぶしーちゃんに微笑み返した。
俺の行く先にいつもやってきてくれるしーちゃんが、俺はとにかく嬉しかった。
そして、奇跡はこれだけで終わらなかった。
なんと、清水さんが引いたくじは39番で、孝之の前の席になったのである。
こんなご都合的な展開、一体どこのラノベだよとつっこみたくなるが、正々堂々くじ引きをした結果なのだから仕方ない。
それこそ、俺達のラブコメ力の成せる業という事にしておこう。
こうして俺達は、仲良く通路側の一番後ろの席に四人揃ったのであった。
他のクラスメイト達からのじとっとした視線が若干痛いが、不正も何も無いのだから逆恨みも良いところだった。
◇
「良かった、今日からはわたしも一緒だ」
新しく隣の席になった清水さんが、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「おう!桜子が前の席になるなんて幸せすぎるぜ!」
そうしてお互いの顔を見合いながら喜ぶ清水さんと孝之は、お互い本当に幸せそうだった。
もう二人は付き合っている事をオープンにしているから、こうして教室内でも堂々とイチャイチャ出来るのはやっぱり羨ましかった。
そして、俺は気が付いた。
たしかに席は前後になったのだが、付き合っている事をオープンにしていない俺達は、俺が後ろを振り返る理由が中々見当たらないのだ。
俺の後ろにはしーちゃんしかいないのだから、後ろを振り向く=しーちゃんなのである。
これはどうしたものかなと考えていると、後ろから背中をツンツンとつつかれた。
これには流石に後ろを振り返ると、そこには頬杖をつきながら嬉しそうに微笑むしーちゃんの姿があった。
「これで、ずっとたっくん見てられるよ」
そして、俺にしか聞こえないように小声でそんな事を言うしーちゃんに、完全に意表を突かれた俺は一気に顔が熱くなるのを感じた。
「あ、たっくん真っ赤になった」
「う、うるさい!」
そんな俺を見て、面白そうに小悪魔っぽく微笑むしーちゃんに、俺は照れ隠しをしながら慌てて前を向く。
しかし、そんな俺を面白がってるのか、しーちゃんはそれからも隙あらば背中をツンツンとつついてくるのであった。
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