75話「自覚」

 昼休み。


 午前中の授業も無事終わり、俺達は新しい席での初の昼休みを迎えた。


 孝行はというと、一学期同様清水さんの手作り弁当を嬉しそうに受け取ると「桜子の弁当食えるんだから、夏休みが終わってむしろ嬉しいわ」と悪戯っぽく笑っていた。


 そんな孝之に、清水さんは少し頬を赤らめながら「もうっ!」と言うけれど、嬉しそうに微笑むその姿は正直めちゃくちゃ可愛かった。


 そんな清水さんに、クラスの男子達は思わず羨ましそうに見てしまっている程、清水さんは清水さんで破壊力抜群なのであった。



 そして、問題は俺達である。


 一学期の終わりに、しーちゃんも俺に弁当を作ってくれるようになったのだが、これ普通に考えたら不味いんじゃね?という話になったのだ。


 しかし、当然続けるのは関係を隠す意味で露骨過ぎるのだが、だからと言って急に二学期から止めてしまうのは、それはそれで意味深というか余計な噂とかも立ちかねなかった。


 だから俺は、夏休み中にLimeでしーちゃんにこの事を相談してみたのだが、『ダメです、お弁当はわたしが絶対に持っていきます』と断言されてしまったので、結果として今日からもしーちゃんがお弁当を作って来てくれる事になった。



「はい、どうぞ!」


 俺の背中をツンツンとつつくと、満面の笑みを浮かべながらピンクの生地にクマが刺繍された可愛らしいお弁当袋を差し出してくるしーちゃん。



「あ、うん、ありがとう」

「どういたしまして!えへへ」


 俺はお礼を伝えながらそのお弁当を受け取る。

 すると、先ほどまで清水さんへ向けられていた周囲の視線はそのまま俺の手元へと移動し、そして案の定俺への嫉妬と憎悪の視線へと変わっていくのが分かった。


 これじゃ、関係隠すも何もないような気がしてならないのだが、あくまで友達としてくれてるんだよという風を装って俺は弁当を取り出す。


 すると、またしても背中をツンツンとつついてくるしーちゃん。


「えーっと、まだ何か?」


 これ以上、まだ何かございますでしょうか?



「もうっ、なんですぐ前向いちゃうの?一緒に食べようよ」


 振り向くとそこには、今度は不満そうにぷっくりと膨れるしーちゃんがいた。


 まぁ、たしかに言う通りだった。

 でも、流石にそれは露骨すぎるというか、一つの机で向かい合って弁当を食べるなんて近すぎやしないだろうかと思い悩んでいると、



「じゃ、四人で机くっ付けて食おうぜ!」


 そんな俺達のやり取りを見ていた孝之が助け舟を出してくれた。


 それだっ!と思った俺はすぐに賛成すると、俺達はそのまま四人で机をくっ付けあって弁当を食べる事になった。



 ◇



 廊下側の最後尾の席で、俺達は四人で机をくっつけ合って弁当を食べる。


 その結果、俺としーちゃんが二人きりで向かい合いながら弁当を食べるという状況は無事に回避出来たのだが、しーちゃんは勿論、この学年の美男美女として広く顔が知られている孝之と清水さんも一緒にいる事で、今の俺達は教室の内外から視線を集めてしまっていた。


 特に孝之はバスケ部での活躍が人伝に広まっており、元々高かった女子人気が日に日に増してきているのだ。

 当然その事には清水さんも気付いており、危機感をあらわにしていた。


 しかし当の本人はというと、そんな事露知らずといった様子で、「うめぇ!」と声を上げながら美味しそうに清水さんの手作り弁当を食べているのであった。



「……たっくん」


 そんな鈍感な孝之を、俺はやれやれと少し呆れながら見ていたところ、前に座るしーちゃんが何故か俺の事をじとーっとした目つきで声をかけてきた。



「ん?ど、どうした?」

「……たっくんもだよ」


 俺も?え、何が?と全く心当たりの無い俺は、どうしていいのか分からず背中に変な汗が流れてくるのを感じた。


 しかし、そんな全く分かっていない様子の俺に、やっぱりしーちゃんは不満そうにぷくーっと膨れるのであった。



「卓也、お前なぁ」


 何故か孝之までもやれやれと笑っているのだから、やっぱり訳が分からなかった。


 というか、孝之に笑われるのだけはちょっと心外だぞ。




 ◇



 弁当を食べ終えた俺は、とりあえず我慢していたトイレへと向かう事にした。


 ふーっとトイレを済ませた俺は、手を洗いながら鏡に映る自分を確認する。


 ヒロくんに髪をカットして貰った今の俺は、本当に以前に比べてあか抜けたよなと自分でも思う。

 人間、髪型一つでこうも印象が変わるもんなんだなぁと、俺は今の髪型になってから何度も鏡を見てきたはずなのに、制服を着た自分はなんだかまた違った印象に見えて、しみじみとそんな事を感じてしまった。


 今の俺なら、ちょっとイケてんじゃね?とか調子に乗ってみたところで、俺は先ほどのやり取りを思い出した。



 ――いやいや、まさかね。でも――。


 流石にナルシストってもんだと自重しながら、俺は教室へ戻っていると、



「あ、一条くん?うそ、なんか印象変わったね!イケメンって感じ!」


 同じ中学出身で、別のクラスの佐々木さんがすれ違い様声をかけてきた。

 茶色のポニーテールが印象的な、元気を絵にかいたような女の子だ。



 ん?というか今、イケメンって言いました――?


 そんな言われなれない言葉に俺はきょとんとしていると、



「見た目もだけど、なんか雰囲気も変わった感じするね!今の感じいいよー!青春だね!じゃね!」


 とにかく明るい佐々木さんは、そんな俺に親指を立てながらそう言って微笑むと、そのまま友達と楽しそうに歩いて行ってしまった。


 そして、俺と佐々木さんが話していた事で、取り巻きのお友達が今の知り合い!?と騒ぎながら去っていくのを見て、そうかこれはもう……と俺はようやく受け入れる覚悟を決めた。


 そうして再び教室へと歩き出すと、教室の柱の影から顔だけ出したしーちゃんがこちらをじーっと見ている事に気付いた。


 その表情はいかにも不満げで、何か言いたそうな雰囲気を全開に纏っていた。



「……今のは誰ですか?」

「えーっと、同じ中学だった子です」

「……連絡先は?」

「知りません。挨拶しただけです……」



「……よろしい、通ってよし」



 正直に質問に答えていると、どうやら通行許可が出たようである。



「あのさ、しーちゃん」


「な、なにかな?」


 俺はそんなしーちゃんの隣へ行くと、視線は合わせずしーちゃんにだけ聞こえるように言葉を続けた。




「俺はその……しーちゃんだけだから、大丈夫だよ」



 そう一言だけ告げて、俺は恥ずかしさで死にそうになりながら自分の席に座った。


 少し遅れて、そのまま黙って後ろの席へと座ったしーちゃんは、今の俺の言葉を受けてどんな顔をしているのか気になった。




 ――ツンツン


 そして、今日何度目かの背中をツンツンしてくるしーちゃん。


 俺はまだどんな表情で顔を合わせていいか分からないながらも、とりあえず振り返ろうとすると――




「わたしもだよ。わたしもたっくんだけだから――」


 俺にだけ聞こえる声で、しーちゃんはそう返事をしてくれた。



 振り返るとそこには、少し顔を赤らめながらも優しく微笑むしーちゃんの姿があった。



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