73話「二学期」
早いもので、思えばあっという間に夏休みは終わりを告げると、今日から二学期が始まった。
久々に袖を通した制服はどことなく違和感があり、俺は玄関の鏡の前で髪型のチェックをしながら一度深呼吸した。
思えば、夏休み前と後とでは色々と変わったなと思った。
一番何が違うのかと言えば、それは俺としーちゃんが付き合いだした事だ。
しかしこれは、一先ず学校では秘密にする事になっている。
有名人であるしーちゃんに及ぶ影響を考えると、いきなりオープンにしすぎるのはリスクが伴うとの判断からだ。
まぁ、堂々とイチャイチャする事は出来ないけど、俺達は付き合っている事に変わりはないし、それにしーちゃんも言っていた通り隠れて恋を育むというシークレットラブ的な感じも、正直嫌いじゃなかった。
それから、地味に俺も髪型変えたりして所謂イメチェンもしているわけだが、まぁそんなものは些細な話だとして置いておくとしよう。
そんなこんなで、二学期も初日という事もあり早起きしてしまった俺は、いつもより早く家を出る事にした。
◇
久々の教室へ入ると、やはり二学期初日という事もあり、まだ時間は早いが既に何人かのクラスメイトが登校してきていた。
俺はそんなクラスメイト達と当たり障りない挨拶を交わしながら自分の席へ向かうと、やはり既に登校していたお隣さんにも朝の挨拶をする。
「おはよう、しーちゃん」
「お、おおおおはよよう、たっくん」
俺はこれまで通りを装いながら何気なく挨拶をしたのだが、何故かしーちゃんはぎこちなく挨拶を返してきたのであった。
何だろう?と俺が苦笑いを浮かべると、しーちゃんは慌てて鞄からスマホを取り出すと一生懸命何か文字を打ち出した。
そして、ブーブーと俺のスマホのバイブが鳴る。
俺は自分の席に腰掛けながら、スマホの通知を確認する。
するとそれは、案の定先ほどしーちゃんから送られてきたLimeだった。
すぐ隣にいるのにLimeなんだねと思いながら、俺はやれやれとそのLimeを確認した。
『おはようたっくん!秘密にするのって、難しいよぉ!』
それは、しーちゃんの心の叫びだった。
そんなメッセージの下には、滝のような涙を流すしおりんスタンプも添えられていた。
俺は思わずプッと吹き出しながら、もう一度隣のしーちゃんへと目を向ける。
すると、俺の視線に気が付いたしーちゃんはやっぱり緊張しているのか、慌てて前を向くと引きつったような変な笑みを浮かべながらガチガチになっていた。
そんな意識しまくりのしーちゃんに、既に教室に居る他のクラスメイト達からもどうしたんだろうという視線を向けられてしまっていた。
俺はまさか、ここでしーちゃんが持ち前の挙動不審を発揮するとは思っていなかったため、やっぱりそんなしーちゃんがちょっと面白くてクスクスと笑ってしまった。
客観的に見て、こんな庶民の俺が堂々としていて、スーパーアイドルのしおりんがドギマギしてるんだから、俺達の事情を知ってる人が見れば「いやいや逆だろ……」とつっこむに違いなかった。
「いやいや、逆だろ……」
そんなたった今心で思っていたはずの言葉が、何故か耳にはっきりと聞こえてきた。
少し驚いて顔を見上げると、そこにはやれやれという笑みを浮かべる孝之の姿があった。
「おはよっ!卓也!それに、三枝さんもっ!」
そして、今日も朝から爽やかイケメンスマイルを浮かべる孝之。
二学期が始まっても、やっぱりそのナイスガイさは健在だった。
「おはよう、一条くん。紫音ちゃん」
そして、孝之の背後からひょこっと顔を出したのは清水さん。
孝之の彼女であり、この学年の二大美女の内の一人として有名な美少女だ。
「おはよう孝之、清水さん」
「おはよう山本くん、さくちゃん!」
そんな二人に、俺達も笑って挨拶を返す。
二人が現れた事で緊張が解れたのか、しーちゃんはいつも通りの雰囲気に戻っていた。
何はともあれ、今日から二学期が始まる。
俺はしーちゃんとの関係を隠しながら、一学期と同様に楽しく学校生活を送れたらいいなとかぼんやり考えながら、孝之達と他愛ない夏休みの思い出話をしつつ始業のチャイムが鳴るのを待った。
心なしか、これまで全く俺に興味を示さなかったクラスの女子達からの視線を感じる気がするのだが、まぁ気のせいか前に座るイケメン孝之を見ているだけだろうと俺は気にしない事にした。
隣からは、何故か少し不満そうな視線もチラチラと向けられてきている気がするが、こちらもやっぱり気にしないフリをしておいた。
◇
「よーし、二学期も始まったけど全員揃ってるなー」
始業のチャイムとほぼ同時に、担任の先生が教室へとやってきた。
「まぁまだ夏休み気分は抜けてないと思うが、午前中までには切り替えるんだぞー」
相変らずうちの担任は、いい意味で緩かった。
そんな二学期早々緩い担任の先生に、教室内からは小笑いが起きた。
しかし、みんなお気楽に久々のクラスメイト達と顔を並べながら笑っていられるのも、それまでであった。
何故ならそれは、次の先生の一言によってクラスの状況を大きく揺るがしたからに他ならない。
「よし、じゃあ二学期になったことだし、とりあえず席替えでもしとくかー」
担任のその一言に、教室内は一気に大盛り上がりとなった。
そして、男女問わずクラスメイトみんなの視線がある一点へと集中する。
みんなの視線が向く先、それはこの学年の二大美女の一人にして、元国民的アイドルグループでセンターを務めていたという超絶美少女。
そもそもこんな平凡な高校に何故いるのか不思議な程、超が付くほどの有名人。そんな、アイドルしおりんこと三枝紫音のもとへと一斉に向けられていた。
それは、席替えという単語に意表を突かれ、柄にも無く少し驚いた俺も同じで思わずしーちゃんへと視線を向けていた。
そして、そんなクラス中の注目の的となったしーちゃんはと言うと――
みんなからの視線も他所に、まるでこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべながら固まってしまっていたのであった。
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