71話「あの頃」
「しーちゃん、こっちだ!」
「ま、待ってたっくん!」
俺はしーちゃんの手を握りながら、神社の雑木林の中を走る。
小学生の男女の肉体差もあり、一生懸命俺の後をついてくるしーちゃん。
そして、やってきたのは神社の端にある開けた一角。
ここは、以前孝之と冒険している時たまたま見つけた場所で、誰も近寄らない事から俺達だけの特等席であり、秘密基地だった。
「わぁ!すごい!」
連れてきたしーちゃんも、木々に囲まれ、周囲からぽつりと隔離されたようなこの空間に驚いていた。
「でしょ?ここなら落ち着いて花火も見られるからさっ!」
そう言って俺は、しーちゃんの手を引いて隣に座らせた。
遠くから来ているというしーちゃんに、俺は少しでもこの街を楽しんで欲しかったのだ。
もし、この街で過ごす時間を気に入ってくれたのなら、また近いうちに遊びに来てくれるんじゃないかという淡い期待を抱きながら。
「たっくん、こんな素敵なところに連れてきてくれてありがとう!」
隣に座ったしーちゃんが、満面の笑みを浮かべながら俺にお礼を言ってくれる。
その笑顔は天使のようで、幼いながらも俺の胸はそれだけでドキドキと高鳴ってしまう。
「い、いいって!と、とりあえずこれでも舐めて待ってようぜ!」
俺は照れ隠しをするようにポケットから飴玉を二つ取り出すと、一つをしーちゃんに手渡した。
こうして二人で同じ飴を舐めながら、俺達は花火が上がるのを今か今かと待っていた。
◇
そして、ついに花火が上がり出す。
色とりどりの大きい花火が、大きな音と共に次々と打ちあがるのを見て、しーちゃんはぽつりと「凄い……」と呟いた。
俺はそれが嬉しくて、花火もそこそこに隣で嬉しそうに微笑むしーちゃんの顔ばかり見てしまっていた。
そして、そんな俺の視線に気が付いたしーちゃんは、どうかした?と言うように振り向くと、少し恥ずかしそうに小首を傾げる。
そんな仕草も本当に可愛くて、俺は一気に顔が熱くなってくるのを感じた。
「たっくん?」
「な、なんでもねーよ!」
照れ隠しをするように、俺は真っすぐ前を向いて花火だけを見た。
そんな俺が可笑しかったのか、隣でしーちゃんは面白そうにコロコロと笑っていた。
「……あのね、たっくん」
「あーもう!今は花火見ようぜ!!」
何かを言いかけたしーちゃんに、何か変な事を言われるんじゃないかと恐れた俺は、その言葉を遮った。
それから、もうなるようになれとしーちゃんの手をガシッと掴むと、そのまま二人で手を繋ぎながら再び花火だけをじっと見た。
顔も耳も熱を帯びてくるのを感じた。
そんな俺に、何かを言いかけたしーちゃんだったが、嬉しそうに「うん……」と小さく返事をすると、そのまま一緒に花火を見上げた。
それから花火が終わるまで、ずっと二人は手を繋いだままだった――。
◇
帰り道、夜も遅いし俺はしーちゃんをいつもの公園まで送った。
本当は家まで送りたかったが、しーちゃんはもうすぐ近くだからここでいいと言うから俺はその言葉に従った。
歩きながら花火の感想とか色々話しつつ楽しく過ごせたのだが、それでも俺は胸の奥に秘めた気持ちに締め付けられていた。
花火大会の終わりは、もうすぐこの夏の終わりを意味する。
そしてこの夏が終わってしまえば、今隣にいるしーちゃんはまた家へと帰って行ってしまうのだ。
俺は気付けば、しーちゃんの事が大好きになっていた。
だから、しーちゃんと居る間は、その受け入れられない現実から逃げるようにこれまで遠ざけてきた。
しかし、それももう限界だった。
あと一週間で、必ずこの夏休みは終わってしまうからだ。
「……たっくんありがとう。今日は楽しかった」
「お、おう!俺も楽しかったぜ!」
「そ、それでね?たっくん……」
思いつめたように、話を切り出すしーちゃん。
花火を見ている時からそうだったが、今日のしーちゃんは何だか思いつめた様子をしている事が気になっていた。
でも、幼い俺はこの先の言葉を聞くことをただただ恐れてしまった。
そして恐れた俺は、またしても現実から逃げ出してしまう。
「ま、まぁまた来年も一緒に花火見に行こうぜ!!今日は夜遅いしまた明日なっ!じゃ!」
そう言って、またしても俺はしーちゃんの言葉を遮ると、そのまま家に向かって一目散に駆け出した。
これじゃダメな事ぐらい自分でも分かっている。
でも、楽しかった今日はまだ、しーちゃんとさよならの話はしたくなかったんだ。
だから明日こそ、明日こそ俺からちゃんとしーちゃんに話をしようと思っていた。
来年も必ず待っているからと、俺はしーちゃんと約束をするんだと。
◇
しかし、次の日からしーちゃんは約束の公園に現れる事は無かった。
あとになって思えば、あの時のしーちゃんはもう家に帰らないとならない事を伝えようとしていた事に気が付いた。
それなのに俺は、現実から逃げ出すようにその話を遠ざけ、結果したかった約束は勿論、最後にさよならを言う事すら出来なかったのだ。
だからそれ以降、公園に行く度にその事を思い出してしまう俺は、気が付くと公園へ近寄らなくなっていた。
それが、あの頃の花火大会の記憶。
幼い俺は、自分の撒いた種で苦しむ事になり、そしてきっとしーちゃんの事も傷つけていたのだろう。
それでもしーちゃんは、再び俺の事を見つけてくれた。
そして今、またあの頃と同じように俺の隣に座ってくれているのだ。
今度はちゃんと、俺の彼女として――。
だから俺は、隣で微笑むしーちゃんの方を向くともう一度心の中で誓った。
もう二度と、俺は何があってもしーちゃんの元から逃げ出すような事はしないと。
そして今度こそ、しーちゃんをずっと幸せにしてみせると。
「あ、たっくん!そろそろ始まるよ!」
辺りはすっかり日も落ちてきていた。
しーちゃんにそう言われて俺も腕時計を見ると、丁度夜七時半を少し回ったところだった。
俺は昔のように、隣でワクワクした様子のしーちゃんの手を握った。
突然の事に驚くしーちゃんだったが、すぐに嬉しそうに微笑んでくれた。
そしてその時、大きな破裂音と共に、俺達の目の前で大きな花火が一つ花開いたのであった。
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