70話「約束の花火大会」
気が付けば、早いもので八月も既に折り返していた。
長いようで、あっという間に過ぎ去っていく高校初の夏休み。
だが、それでも俺にとってはこの夏休みは本当に濃厚な時間になっている。
何故かなんて、言うまでもない。
それは、この夏休みはずっとしーちゃんと共に過ごせていること。
そして何より、そんなしーちゃんと俺がこの夏付き合う事になったからに他ならない。
俺達は付き合ってからというもの、この夏休みは本当に色々と遊びに行った。
また思い出の公園へ行き近くの駄菓子屋でアイスを食べたり、ケンちゃんのお店に買い物がてら無事付き合った報告をしに行ったり、それから映画を見たり、孝之達とボウリングをしてみたり、俺達は思いつく限りの遊びを楽しむ事が出来たと思う。
そしてそのどれも、思い出されるしーちゃんの顔はいつも笑顔で、一緒に居る事でしーちゃんが笑ってくれている事が俺は嬉しくて仕方なかった。
そして、今日もこれからしーちゃんと会う約束をしている。
しかし、これまでの時間も大切だが、今日はいつも以上に特別な意味を持つのだ。
それは俺達にとって、とても大切な約束。
――花火大会
そう、今日は付き合う前から一緒に行こうと約束していた花火大会当日なのだ。
俺は、この間孝之と二人で買いに行った浴衣に着替えて家を出る。
ちなみに、今日は流石にお互い二人きりで過ごそうという事で、孝之とは別行動をする事になっている。
しかし普通なら、こんな浴衣を着て外を歩くなんて人の目が気になって仕方ないのだが、今日は花火大会という事もあり他にもちらほら浴衣姿の男女が通りを行き来していたから意外と平気だった。
そして俺は、約束の時間の30分前からいつもの駅前の待ち合わせ場所で、しーちゃんがやってくるのを少しドキドキしながら待った。
Limeでは、しーちゃんは今日は浴衣で来ると言っていたけど、どんな浴衣かは当日のお楽しみと言って教えてはくれなかった。
でも、俺には分かる。
それが例えどんな浴衣だとしても、しーちゃんの浴衣姿は絶対にヤバいと。
もうこれは、具体的にどうこうじゃない。
一言、ヤバいもんはヤバい。
とりあえず俺は、気を紛らわすために音楽を聞きながらしーちゃんが来るのを待つことにした。
それから10分ちょっと経った頃だろうか、俺は肩をポンと叩かれる。
ちょっと気を抜いていた俺は驚いて振り向くと、そこには待ち合わせ場所へやってきたしーちゃんの姿があった。
「ごめんね、待った?」
後ろで手を組みながら、前屈みに微笑んでくるしーちゃん。
今日は赤地に花模様が可愛らしい浴衣を着ており、やっぱり期待を裏切らないどころか期待を上回ってくる可愛さだった。
そして、髪型もいつものミディアムボブではなく後ろで髪を一つにまとめており、なんだかいつもと雰囲気の違う今日のしーちゃんからは、大人っぽい色気まで感じられた。
「ま、待ってないよ!」
「たっくん?」
そんないつもと違う見た目に戸惑う俺に、しーちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「……いや、その、ちょっと可愛すぎるっていうか、しーちゃんの雰囲気がいつもと違って……ちょっとドキドキしてます」
「エヘヘ、そうかな?でもたっくんも浴衣良く似合ってるし、カッコいいよ?」
俺が正直に答えると、しーちゃんも少し照れた様子で微笑みながら俺の事を褒めてくれた。
俺はそれが嬉しくて恥ずかしくて、「そ、それじゃ行こうか!」とやっぱりぎこちなくしーちゃんの手を引いて歩き出した。
そんな俺を、しーちゃんは隣で手を引かれながらコロコロと面白そうに笑っていた。
◇
この街の花火大会は、この間孝之が清水さんに告白したあの川沿いで行われるのだが、今日はそこへは行かない。
現地は人込みが凄いし、何よりしーちゃんは夜もサングラスをするわけにもいかないから、あまり目立つ場所は避けなければならないからだ。
正直しーちゃんと出店を歩きたい気持ちもあったのだが、駅前の通りにもちらほら出店は並んでいるため、俺達は今回はそこでたこ焼きや焼きそばを買う事にした。
「わたし、こういう出店で買い物するのも初めてなんだ。嬉しいなぁ」
現地ほどの賑わいはないが、それでも出店が並んでいる光景をしーちゃんは嬉しそうに眺めていた。
「いつか一緒に、現地にも行ってみようね」
「うん!行ってみたい!」
嬉しそうに微笑むしーちゃんに、俺も微笑み返して返事をした。
それから俺達は、暫く歩き住宅街の裏山にある神社へとやってきた。
ここは絶景スポットとして実は有名で、現地ほど賑わってはいないが既に人がちらほら居て既に場所取りも行われていた。
だが俺達は、それより更に奥へと進んでいく。
それから、少し木々をかき分けて進んだ先には少しだけ開けた一角があり、木々や建物の障害物も少なく花火が良く見える隠れポイントになっているのだ。
幸いここまでは誰も来ていないようだったため、俺達は持ってきたブルーシートを敷いて座った。
「懐かしいね。今日も特等席だ」
あの頃と同じ景色を懐かしむように、しーちゃんは日が沈みかけた空を眺めながら優しい笑みを浮かべていた。
そんなしーちゃんにつられて、俺も一緒に空を見上げる。
そして、あの頃も同じだったなと思い出した――。
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