63話「修羅場?」

 俺は今、ここ遊園地へやって来て、非日常の中に身を置いている。


 だがそれは、ここが夢溢れる遊園地というロケーションである事が理由なわけではない。



 じゃあ何かというと、それはたった今俺の置かれている環境に他ならない――。



 俺は今、遊園地のフードコートの極力人目に付かない一番隅のテーブル席へと移動し座っている。


 向かいの席には、ここまで一緒に遊びに来ているしーちゃん。

 彼女と言えば、言わずと知れた国民的アイドル『エンジェルガールズ』でセンターを務めていた、ついこの間までトップアイドルをしていた美少女だ。


 そして彼女の隣に座るのは、今若者を中心に人気絶頂中の若手イケメン俳優の白崎剣。

 何故かこの場に居合わせている、しーちゃんも同じく超が付くほどの有名人だ。



 最後に、俺の隣の席に座っているのは、大人気ガールズバンドDDGでボーカルを務めるYUIちゃんだ。


 彼女とは、以前ファミレスで話したことがあるし、そのあとのLimeでも若干絡みがあったからある程度は気が知れてはいるが、それでもYUIちゃんと言えば音楽チャートで堂々の一位を獲得する程の大人気で、普通は俺達一般人が交わることすらないはずの存在だ。


 それはYUIちゃんだけじゃない、このテーブル席に腰を掛ける俺以外の三人はいずれも超が付くほどの有名人という夢のような席に、何故か俺も一緒に同席する形になっていた。


 前にファミレスでも似たような状況になったが、あの時は孝之達もいて『自分たちがホーム』感があったからまだ大丈夫だったが、言うなら今の状況は明らかにアウェーだった。



「それで?なんで剣が紫音と一緒にいるわけ?」


 そんな訳の分からない状況で、開口一番YUIちゃんが腕を組みながらそう尋ねた。

 なんだか、一緒に居た二人に対してYUIちゃんが問い詰めるようなこの構図は、心なしかYUIちゃんが俺の事を味方しているように感じられて、さっきよりは随分と気持ちに余裕が生まれつつあった。



「何って、本当にたまたま会っただけだよ?ねぇ、紫音ちゃん?」

「え?うん、まぁ」


 しかし、そんなYUIちゃん相手でも相変わらずひょうひょうとしている白崎。

 そして、白崎に話しかけられたしーちゃんはというと、なんだか心ここにあらずというか何か別の事を考えているようで余裕が無いように見えた。



「ふ~ん、それで?たまたま会って話していただけだと」

「そうだよ、知り合いに会ったら話をするぐらい普通だろ?」

「まぁ、それもそうね。それじゃあ剣、わたしもこっちのたっくんとはこの前から知り合いなのよ。だから、ちょっと二人で回ってきてもいいかな?」


 え、YUIちゃん?俺巻き込みます!?


 二人とも表面上は穏やかだが、突然言い合いを始めるYUIちゃんと白崎。

 恐らく二人は一緒に来ていたはずなのに、この一件が引き金となってしまったようだ。


 そしてそんな有名人二人の言い合いに、何故か巻き込まれてしまう俺……。



 だが、そんなYUIちゃんの最後の発言には、白崎としーちゃんはそれぞれ反応した。



「いや、僕とYUIは今せっかく休み合わせてここまで一緒に来てるんだから、その必要は無いんじゃないかな?」


 と白崎。

 YUIちゃんが俺と回ると言い出した途端、その言葉には先ほどまでの余裕は全く無くなってしまっていた。



「そ、そうだよ!?た、たっくんはわたしと来てるんだから!」


 そして、YUIちゃんが俺を連れると言い出した途端、先ほどまでどこかへ行っていた心を取り戻した様子のしーちゃんも、慌ててYUIちゃんにちょっと待ったと申し出ていた。



「まぁ、客観的に見て、二人がわたし達にしていた事はそういうことだよ?」


 慌てる二人に対して、YUIちゃんはニヤリと微笑みながら言葉を返した。


 そんなYUIちゃんのその言葉に、白崎は困ったような笑みを浮かべながら、自分の頬を指でポリポリとかいていた。


 そして、見る見る顔面蒼白になって俺の方を見てくるしーちゃん。



「た、たたたたっくん!?あの、その!!」


 慌てて何か言おうとするが、上手く言葉になっていないしーちゃん。



「ごめん、全部僕の悪戯心が招いたことだ。一条くん、すまなかったね」


 そんなしーちゃんを見兼ねた白崎は、まるでネタばらしをするように俺に謝罪してきた。


 悪戯心という言葉が引っかかったが、さっきの思わせぶりな態度は俺を試していただけで、白崎は今日はYUIちゃんと一緒にここへ来ており、しーちゃんに気があるとかそういう事ではないという事だろう。



「まぁそんなことだろうと思ったし、紫音、さっきのは冗談だよ。わたしが本当にたっくんを取ってく事なんて無いから安心しなさい」


 そう言って、YUIちゃんはヤレヤレとため息をついた。


 そのYUIちゃんの言葉に、もうサングラスで変装する事も忘れてしまっているしーちゃんは、若干涙ぐみながら「本当……?」と聞き返す。



「本当よ。でも紫音?無自覚なんだろうけど貴女も気を付けなさい。大事にしないといけない事は、自分でちゃんと見極められるようになりなさい」


 YUIちゃんは、そんなしーちゃんに仕方ないなというような笑みを浮かべながら、優しく諭した。


 しかし今のこの状況と、YUIちゃんの最後の言葉がどう関係するのか俺はちょっと引っかかった。

 都合よく考えると、それって……。



「分かったよYUIちゃん。……その、たっくんごめんね?せっかく一緒に来てるのに、放っておくようなことしちゃって……」


「い、いや、しーちゃんが謝ることじゃないよ!」


 YUIちゃんの言葉を聞いて、俺に謝罪してくるしーちゃん。

 だから俺は、しーちゃんが謝るような事ではないと慌てて否定した。


 これは、自信の無い俺が白崎というイケメンを前にして、勝手に勘繰って勝手に傷ついてしまっていただけの話だから、ただ話をしていただけのしーちゃんが謝るような話ではないのだ。



「そうだよ、紫音ちゃんが謝ることじゃないさ。自信の無い一条くんが悪いと思うね」


 しかし、こんな状況でもあっけらかんと図星を突いてくる白崎。

 俺はそんな、当事者のくせに自分の事を棚に上げてハハハと笑っている白崎を睨むことしかできなかった。



「でも一条くん、最後はちゃんと勇気を出してたね。その調子だよ」


 そして白崎は、今さっきムカつく事を言ってきたかと思うと、まるで俺の感情を見透かすように今度は褒めてきた。


 そうやって見透かしてくる事も気に食わなくて、俺はやっぱりこの男は苦手だと思った。


 しかし、そんな俺の感情すらも見透かしたように、白崎はまた肩を竦めてハハハと笑っていた。



「な、なんだ!?フードコート来てみれば、なんでYUIちゃんまで居るんだ!?それに、え!?もしかして白崎剣!?」


 そこへ丁度、ようやく俺達の元へとやってきた孝之と清水さんは、俺達のこのカオスな状況を見て訳が分からないといったように戸惑っていた。



「どうも、初めまして白崎剣です。僕は今、こちらのYUIさんとお付き合いさせて頂いていてね」


 白崎は、驚く孝之達に向かって相変わらずのひょうひょうとした様子で自己紹介をした。


 そして白崎は、合わせてとんでもない事まで口にした。


 なんと白崎は、YUIちゃんと付き合っているのだと。

 これには、YUIちゃんのファンである孝之は当然驚きを隠せない様子だった。


 俺はというと、さっきから察するにやっぱり白崎はYUIちゃんと付き合っていたんだなと思っていると……



「いや、やめてよ付き合ってないから。今日は剣がどうしてもって言うから一緒に来てるだけだから」


 YUIちゃんから、まさかの言葉が返ってきた。



 え?付き合ってないの!?


 ちょっとウンザリするように、それはもうキッパリと否定するYUIちゃん。



「二人で遊園地に来るなんて、付き合ってると言っても過言じゃないでしょ。ねぇ、紫音ちゃん?」


「へっ!?わ、わたしは!」


 YUIちゃんに否定されても全くめげない白崎は、あろう事かしーちゃんに話を振った。


 急に話を振られたしーちゃんは、なんて返事をしたらいいか分からないといった感じであわあわと慌ててしまっていた。



「えーっと。じゃあ二人は?」

「うん、こんな変わったやつだけど、わたしと剣は幼馴染なんだ」


 YUIちゃんから、まさかの衝撃の事実が語られた。


 俺達にこんな嘘をつく必要も無いだろうし、大人気バンドのボーカルと若手人気俳優が実は幼馴染って、世の中狭すぎませんか?


 というか、こんな美男美女で超有名人の二人が幼馴染だなんて、それなんてラブコメですか?って感じだ。



「まぁそういうわけで、僕は昔からYUI一筋だから安心してくれ」


 そう言って、今度は俺に向かって微笑みかけてくる白崎。俺はやっぱり苦手だと思った。




 それから少しだけ会話をしていると、「それじゃ、私たちはそろそろ行くわね」と切りが良いところでYUIちゃんは白崎を連れて去っていった。


 どうやらこれからYUIちゃん達は、夜には実家に帰ってお互いの両親交えての食事会があるらしい。


 幼馴染って凄いな……。



 去っていく二人の背中を見送っていると、向かいの席に座っていたしーちゃんがすっと隣の、さっきまでYUIちゃんが座っていた席へと移動してきた。


 俺はそんなしーちゃんに気が付いて隣に目をやると、「隣に座るのはわたしなんだから……」と少し頬を赤らめながら小さく呟いていた。


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