60話「後押し」

 夏休みも始まって少し経った頃、俺は久々に孝之と二人きりで遊ぶ事になった。


 それこそ、二人で遊ぶなんて前のメイド喫茶ぶりだろうか?

 その頃から比べると、俺も孝之も色々とお互いの周辺の環境は変わったなと思う。


 俺は、三枝さんがかつてのしーちゃんだった事が分かり一気に距離が近づき、孝之に至っては清水さんという学校でも二大美女と言われる程の可愛い彼女が出来たのだ。


 本当俺達、あれからどんだけ出世してんだよとちょっと笑えてきてしまった。



「おっす!お待たせ!」


 そんな事を考えながら待ち合わせの駅前で一人待っていると、片手をあげながら孝之が颯爽とやって来た。



「おう!久々だな」


 俺はそう返事をして、早速合流して目的地へ向かって歩き出した。


 今日はこれから、夜ご飯でも食べて少し話をしようという完全に場面ノリで集まってみたのだ。



 ということで、俺は孝之と共にこの間しーちゃんと訪れた焼肉バイキングのお店へとやってきた。



「なんだ?お前もう三枝さんとこんなとこにも一緒に来るような仲になってんのか?」

「まぁ、たまたま駅前で会って一緒に来ただけだけどな」

「いやいや、たまたま駅前で三枝さん見かけても、普通誰も遊びになんて連れて行けねーからな?」


 俺の返事に、孝之は馬鹿言うなよと面白そうに笑った。

 たしかに、しーちゃんが他の男の誘いに乗って遊びに行く姿なんて全くと言って良い程想像できなかった。



 ……それに、もしそんな事があったらめちゃくちゃ嫌だなと思ってしまった。



「まぁ、しーちゃんが唯一受け入れる相手は、たっくんだけってこったな」

「うるせーよ、それよりさっさと肉食おうぜ肉」


 そんな事を言いながらニヤニヤと笑う孝之を他所に、俺は照れ隠しのため早速取ってきた肉を鉄板に並べ出した。



 それから俺達は暫く他愛ない話をしながら肉をハイペースで食べ続け、30分もしないうちにお腹が大分満たされてしまった。



「いやぁ、食ったな。男同士だと気兼ねなく食えていいなやっぱ」

「だな。ん?孝之も清水さんとこういうところ来るのか?」

「いや、流石に桜子は少食だから食べ放題には来ないけど、まぁそんな彼女の前でドカ食いなんて流石に出来ないからな」

「なんだ孝之、そんな見た目して結構乙女だな」

「うるせーよ」


 孝之がつっこんだところで、俺達は可笑しくなり笑い合った。

 まぁ確かに、少食な女の子の前でガツガツ食べるのは俺も気が引けてしまうから、気持ちは分からないでもなかった。


 前回ここへしーちゃんと来た時だって、しーちゃんの食べるペースに合わせてゆっくりと焼肉を楽しんだのだから、俺も人の事は言えない。


 もっとも、意外とゆっくり食べれば今みたいにお腹をパンパンにしなくても満たす事が出来たのだから、きっとあの時のしーちゃんの食べ方の方が正解だった事に食べてから気が付いたのだけど。



「それで、お前はこの夏どーするんだ?」


 先ほどまでの会話を一度リセットするように、孝之が改まってそんな事を聞いてきた。


 なんの話だ?なんて言わない。

 これがしーちゃんとの事を意味している事ぐらい、流石の俺にもすぐに分かった。



「……一応、今度の花火大会に誘ってある」

「花火大会か。そういえばお前達、ガキの頃一緒に花火大会行ったんだっけ?」

「あぁ、だからあの時言えなかった言葉を、俺はその時ちゃんと伝えるつもりだ」

「……なるほど、な」


 俺の言葉を聞いて、一度目を大きくして驚いた孝之は、それからなるほどなと深く頷いて微笑んだ。



「まさか、あの卓也がそこまで覚悟を決めているなんてな。それじゃあ俺から言う事は何も無い。まぁ万が一玉砕したら、俺が慰めてやるから当たってこい!」

「そいつはどーも。やれる限りやってみるさ」


 そして再び、俺達はお互いの顔を見合いながら笑った。

 しかし冗談でも、そう言ってくれる孝之の言葉が俺は嬉しくて、おかげで気持ちも大分楽になった。


 あの元国民的アイドルのしおりんに、平凡な俺が告白しようってんだ。

 ちょっとその事を考えるだけで、いくらでもネガティブな思考は湧いてくるし自信だってまだ無い。


 だけど、それでも俺は気持ちを伝えたかった。

 ダメで元々なんて程、俺は負け戦をするつもりなんて無い。


 けれど、当たって砕けろの精神でぶつかってみる事に決めたのだ。


 だって俺は、あの時言えなかった言葉を今度こそちゃんと伝えたいから。

 そして出来る事なら、その続きをこれから一緒に過ごしたいと、こんなにも思ってしまうのだから……。



「……これは、もしかしたら言う事じゃないのかもしれないが」


 そんな俺の様子に気が付いたのであろう孝之が、そう前置きしてゆっくりと口を開いた。



「桜子も、三枝さんとこの間二人で遊び行ったみたいなんだ」

「そ、そうか。そいつは凄いな」


 そんな俺の素直な感想に、孝之も「だろ?」と言って笑った。

 学校の二大美女が二人で遊びに出かけるなんて、そんな光景を思い浮かべるだけで尊かった。



「でな、その時桜子も三枝さんと恋バナっていうか、好きな人はいるのか?って話をしたみたいなんだ」

「マ、マジか……」


 しーちゃんと清水さん二人で遊んでいる姿を思い浮かべていたところに、聞き捨てならない話題が降ってきた事で俺は一気に戸惑ってしまう。



「おう。それでな、聞くところによると三枝さんもどうやら今気になる人がいるみたいなんだと。はっきりとそれが誰だとは言わなかったらしいけどな」


 マジか……その相手というのは一体誰の事なんだろう。

 とりあえずそれは、これから告白しようという俺にとっては凄く気になるどころの騒ぎではなかった。


 都合よく考えれば、いつも一緒にいる俺……だろうか?


 だが、相手はあのスーパーアイドルしおりんだ。

 俺の知らないところで、それこそ有名人の知り合いだって沢山いるだろうし、普通に考えて俺と有名人のイケメン達とじゃ流石に釣り合わない、よな。


 そう思ったら、やっぱり俺の中でネガティブな思考が渦巻いてしまう。


 身の程を知れ、と自分で自分に言ってしまう程には、既にネガティブな考えに飲まれてしまっていた。



「待て、卓也。話はまだ終わってない」


 そんな俺の気持ちを読むように、孝之は俺の事を制しながら言葉を続けた。



「俺も桜子も、正直卓也ならきっと上手く行くと思ってる。だが、今お前も思ったとおり相手はあの三枝さんだ。今は良くても、これからの保証なんて全く無いと言っていいのかもしれない」


 孝之の意見は、ごもっともだった。

 二人とも俺の告白はきっと上手く行くと思ってくれている事は本当に勇気付けられたが、言われた通りさっき俺が考えてしまったような事態とは常に背中合わせだと考えなければならないのは確かだった。


 それこそ、普段テレビで見てるイケメン達がライバルに成り得るのだとしたら、正直俺に勝ち目なんてあるの?という次元の話だった。


 だからこそ、今こうして恐らく一番近くにいられてるうちに、早く行動しろと言ってくれているのだろう。



「そこでだ、俺は今親に貰った遊園地のチケットが手元に四枚ある。もう、言わなくても分かるだろ?」


 孝之は、財布の中から遊園地のチケットを四枚取り出してピラピラと見せてきた。


 ……いや、マジで孝之の親って何者なんだろうな。


 だがそれは今置いておくとして、孝之の言いたい事は当然すぐに理解した俺は一度頷いた。



「よし、じゃあ卓也に二枚やる。だからお前は三枝さんを誘え。四人でグループデートと洒落こもうじゃねーか」


 そう言って、ニカッと笑った孝之はチケットを二枚俺に差し出してきた。



「い、いいのか……?」

「何言ってんだよ、良いに決まってんだろ!その代わり、お前はお前のすべき事をしっかりやり遂げて見せろ!」


 マジかよ……やっぱり孝之、イケメンすぎんだろ。

 俺はそのチケットを受け取り、そして今度は深く頷いた。



「……分かった、本当色々ありがとな。俺、やってみるわ」


 これだけ親友に後押しされては、もう引くわけにもいかなかった。



 だから俺は、花火大会と言わずこのダブルデートで必ず想いを伝える事を決心した。



 ――まさかこの時の判断が、後ほど本当に意味を持つ事になるとは、この時の俺は思いもしなかった。



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