59話「偶然と驚き」

 次の日、俺は夏休みが始まって初のコンビニのバイトに勤しんでいた。


 夏休みに入って二日連続で俺はしーちゃんと共に過ごせたという、あまりにも幸先の良い滑り出しに満足しながら今日も元気に働いている。


 そして、俺がバイト中は必ずと言っていい程現れる不審者スタイルのしーちゃんに、今日も会えるかなと楽しみに待ってしまっている自分がいた。




 ピロリロリーン


 コンビニの扉が開く音がする。

 俺は、その音に反応していつものように「いらっしゃいませ~」と声を上げながら、入ってきたお客様を確認する。


 ちょっと気持ちが弾んでいるせいか、心なしかいらっしゃいませの声まで少し弾んでしまった。


 いかんいかんと気を取り直しつつ入ってきたお客様を確認すると、そこには案の定今日も不審者スタイルを身に纏ったしーちゃんの姿がそこにはあった。



 やったぜ!!


 というわけで、突然だが本日も無事に『三枝さんウォッチング』の時間がやってきた。




 ◇



 しかし、今日もウォッチングをしようと思った矢先、なにやらしーちゃんの様子はいつもと違っている事に俺は気が付いた。


 いや、違うというか今の様子がむしろ普通なのだが、なんて言うかいつもの不審者スタイルの時とは違ってあまりにも普通なのだ。


 今日も服装はしっかり不審者そのものなのだが、今のしーちゃんは『芸能人がプライベートで変装している』感がちゃんと出ているのだ。


 そう、そこには今までの不審者っぽさが全く無く、変装しているがあまりに堂々としたその雰囲気に俺は素直に驚いてしまった。


 そんなしーちゃんは、ゆっくりと雑誌コーナーへ行くと、余裕たっぷりな様子で女性用情報誌を手に取りペラペラとページを捲り出した。

 それはもう、いつも来るOLのお客様と同じように、本当に普通に立ち読みをしているだけだった。


 そして雑誌を読み終えたしーちゃんは、そっと雑誌を本棚に戻すとそれから買い物カゴを手にして普通に買い物をし出した。


 買い物中も本当に普通で、飲み物を選んでから食品コーナーで買い物を済ませると、そのまま買い物カゴをレジへと持ってきたのであった。



 だからここまで来ると、俺ももう諦めがついていた。


 正直、挙動不審なしーちゃんを楽しみにしていた自分は確かに居たのだが、最近は以前にも増してしーちゃんと共に過ごす機会が増えたからだろうか、もう俺の前でも普通に振舞えるようになったんだなと俺は素直に納得した。


 というか、理由がそれなら俺としてはかなり嬉しい事だった。


 一緒に過ごす時間が増えたから、こうして不審者スタイルに変装してはいるけれど普通に接してくれるように変化しているのであれば、それってしーちゃんの中で少なからず俺に対して前向きに前進しているという事に他ならないからだ。


 俺は、買い物カゴから商品を一つずつ取り出して集計しながら、こうしてしーちゃんが変わっていっているのなら、俺もきたる日の為にもっと変わっていかないとななんて考え事をしていた。



 そして、最後の商品の集計を終えると、俺はそんな変わっていっているしーちゃんに向かってニッコリと微笑みながら金額を伝える。




「以上で、税込み千円ちょうどになります―――」


「!?」



 俺が金額を伝えるのと同時に、いつも通り財布から千円札を取り出そうとするしーちゃん。

 だが、金額を聞いた途端その手がピタリと止まったかと思うと、次第にプルプルと震え出した。



 そんな、思わぬ事態に挙動不審がぶり返してしまっているしーちゃんの事を、俺は見逃さなかった。


 何故なら俺も、自分で言っておきながら少し驚いてしまっていたからだ。



 ――ピッタリ千円だ



 そう、いつも千円札しか出してくれないしーちゃんなのだが、今日のしーちゃんはまさかのピッタリ千円を叩き出してしまったのだ。


 そんなピッタリ賞のしーちゃんの顔を伺ってみると、変装しているが青ざめて露骨に動揺している様子が見て取れた。

 そこにはさっきまでの余裕は無く、その不審者のような見た目に相応しくいつものように挙動不審な様子に戻ってしまっていた。


 だが俺は、そんな挙動不審に逆戻りしてしまっているしーちゃんに少しほっとしてしまっているのだから、もう第三者が見たらきっと訳がわからないであろう状況に陥っていた。


 そしてしーちゃんは、観念したように財布からプルプルと震える手で千円札を取り出すと、そのまま差し出してきた。


 しーちゃんのその様子に、何故か俺まで少し緊張しながらその千円札を受け取ると、そのまま急いで会計を済ます。


 まぁ、いつも何故か小銭を欲しがるしーちゃんが不思議でならなかったのだが、まさかここまでショックを受ける程だとは思わなかった。



 だから俺は、正直ちょっと小銭に嫉妬してしまっていた。


 これだけ大事にされる小銭がちょっと羨ましかったのだ。



 ――いやいや、小銭に嫉妬ってなんだよって話だけど



 こうして俺はお会計を済ませると、今日はおつりが発生しないからなんだか申し訳ない気持ちになりながらも、一応ルールに沿ってしーちゃんに告げる。





「レシート、ご入り用ですか?」


「レシート……?は、はいっ!!ご入り用ですっ!!」



 すると、何故か水を得た魚のように一気に元気を取り戻したしーちゃんは食い気味でレシートを欲しがった。


 俺はそんなしーちゃんに若干驚きつつも、とりあえず元気になったみたいだし良かったとそのままレシートを差し出した。


 そして、俺の差し出すレシートをマスク越しでも分かるような満面の笑みを浮かべながら、両手で大事そうに包みながら受け取るしーちゃん。



 その様子を見て、俺の中で一つのはっきりとした答えが生まれた。


 どうやら俺は、今まで大変大きな勘違いをしていたようだ。


 今のしーちゃんを見て、これまでとんだ勘違いをしてしまっていた自分の節穴さが恥ずかしくなった。


 なんだ、そういう事だったのかと思いながら、俺はしーちゃんに向かって優しい笑みを向ける。





 ――しーちゃんは別に小銭が好きな訳ではなかったんだ






 ――好きなのは、レシートだったんだね





 ……なんて、流石に冗談が過ぎるな。


 でもなんでだろうと、俺は一人で可笑しくなった気持ちを必死に堪えながら、そんなしーちゃんに『またおこし下さいませ~』と明るく声をかけた。


 すると、すっかり元の芸能人のオフモードに戻ったしーちゃんは、きっとマスクに下で笑みを浮かべながらこちらに向かって会釈をし、そしてそのままコンビニから優雅に出て行ったのであった。



 こうして、俺は今日もしーちゃんに会えたことにただただ満足した。



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