58話「突発ごはん」

 しーちゃんとのご飯を勝ち取った俺。


 しかし、ご飯に誘ったもののどこへ行こうかと悩んでいたところ、しーちゃんはだったら行ってみたいお店があるとの事だったため、今日はそのお店へと向かう事になった。



 駅前から少し行ったところにある商業施設に着くと、その一角にあるお店に入り、そのまま案内された席に着いた俺達。


 それから店員さんに軽い説明を受けて、早速スタートになる。



 やって来たのは、焼肉バイキングの食べ放題だった。


 そう、なんとしーちゃんの行きたかった場所とは、焼肉バイキングでヨロレイヒだったのだ。



「たっくん、これ全部いいの!?」

「うん、食べ放題だからね」


 早速トレイ片手にバイキングしていると、楽しそうに並んだ食べ物を眺めながら「凄い!」と呟くしーちゃん。

 サングラスで隠しているが、きっとその目はキラキラと輝かせているといった感じだった。


 そんな、子供のようにはしゃぐしーちゃんを見ていると、思わず笑みが零れてしまう。


 家柄、そして職業柄、俺達庶民が普段足を運ぶような場所には基本的に行ったことがないというしーちゃんは、俺達にとっては当たり前の事でも楽しんでくれるのが嬉しかった。


 こうして、肉や野菜をお皿に盛った俺達は、早速席について食べる事にした。



「美味しいし、それになんだか楽しいね!」


 と、きっとこれまで食べてきた焼肉とはお肉の質的にも異なると思うのだが、美味しいと楽しそうに食べてくれるしーちゃん。


 ニコニコと一枚ずつ肉を焼いては頬張るしーちゃんが、とにかく可愛かった。


 頭のぴょんと跳ねた髪の毛も、何だかその緩さを演出しているようで良いアクセントになっていた。


 しかし、そんな俺の視線に気が付いたのか、恥ずかしそうに自分の跳ねた髪を手で押さえながら頬を赤くするしーちゃん。



「もう、あんまり見ないで」

「ご、ごめん!可愛いなぁと思って」


「え?」



 驚いたように聞き返してくるしーちゃん。


 あれ、俺今何て言った?

 可愛いって言わなかったか?いや、言ったよな絶対言った。


 ついつい思っている事が口に出てしまった俺は、焦りながら咄嗟に誤魔化す。



「いや、その……うん、可愛いなぁって」


 うん、誤魔化せてないですね。何も思い浮かびませんでした。



「あ、ありがとう……たっくんも、今の髪型かっこいいよ……」


 顔を赤くしながら俯いたしーちゃんに、お返しのようにまた褒められてしまった。

 確かに、我ながらヒロちゃんにセットして貰った今の自分は中々イケてると思っているのだけれど、こうしてしーちゃんに言われるのはやっぱりめちゃくちゃ恥ずかしい。



「あ、肉焦げちゃう!」

「わっ!本当だっ!」


 ふと鉄板に視線を落とすと、少し焦げてしまったお肉が目に入った。

 こうして、黒くなったお肉のおかげで沈黙が解消された俺達は、それからなんだか可笑しくなって吹き出すように笑い合うと、気を取り直して焼肉を楽しんだ。




 ◇



 ゆっくりではあったが時間いっぱいまで食事を楽しんだ俺達は、店を出て再び駅前へとやってきた。



「今日は急だったけどありがとう」

「ううん、こちらこそ誘ってくれてありがとう……」


 そして、それじゃあまたと別れる俺達。



「あ、しーちゃん!」


 しかし、ちょっと名残惜しい感じがしてしまった俺は、背中を向けてゆっくりと歩き出したしーちゃんに思わず声をかける。


 そして、俺の呼びかけに反応したしーちゃんはゆっくりと振り返ってくれた。



「いや、あの、さ!また遊ぼう!今年の夏は色々楽しむって約束したから!また連絡するっ!」


 何言ってるんだろう俺。

 呼び止めてしまったものの、特に言う事が定まってなかった俺は、顔がどんどんと熱くなってくるのを感じた。



「うん、わたしも連絡するね!」


 そんな俺に、しーちゃんはニッコリと微笑んで返事をしてくれた。


 その微笑みを前に、あぁやっぱり好きだなと思ってしまった。



「ねぇ、たっくん」


 すると、今度はしーちゃんから話しかけてきた。



「まだ少し、時間あるかな?」


 時計を見ると、夜7時を少し回ったところだった。


 すっかり夜ではあるが、別にまだ家に帰らなくてもいい俺は、何だろうと少しドキドキしながらも大丈夫だよと返事をする。



「良かった。ちょっと話しよ?もうちょっと、たっくんとお話したいなって……」

「う、うん、分かった」


 もうちょっと話をしたいと言うしーちゃんに、ドキッと胸が高鳴ってしまった。

 こうして俺達は、自動販売機でジュースを買って近くにあったベンチへと腰掛けた。



「ご、ごめんね付き合って貰っちゃって」

「いや、俺ももう少し話したいなって思ってハハハ」

「そ、そっか」


 お互い恥ずかしさを誤魔化すように、ちょっとぎこちなく笑い合う俺達。



「……それにしても、こうしてまたしーちゃんと居られる事が、今でもたまに夢のようっていうか、本当にあの頃のしーちゃんなんだなって思う事があるよ」

「うん、それはわたしも一緒だよ。まさかたっくんと同じクラスで、しかも隣の席になれるなんて夢みたいで……。今年に入ってから、わたしはずっと夢の中にいるみたい」


 そう言って微笑むしーちゃんの横顔に、俺は思わずドキッとしてしまう。


 そして俺は、聞くならこのタイミングだなと思い覚悟を決めると、ずっと聞けないでいた事をついに聞いてみる事にした。


「……しーちゃんは、さ。来月の26日は、空いてるかな……?」


「来月の26日?ちょっと待ってね……」


 そう言って、結構先の日にちだし何だろうという表情を浮かべながらも、スマホの予定を確認するしーちゃん。



「うん、空いてるよ?」


「そ、そっか。じゃあさ、その日一緒に出掛けない?」


 無事空いている事が確認できた俺は、再び勇気を出して今度は遊びに誘った。



「う、うん、大丈夫だけど……何するのかな?」


 そんな俺の様子に、しーちゃんは若干戸惑いつつもオッケーしてくれた。

 確かに、こんな聞き方されたら勘繰るのも仕方がなかった。



「……その日は、この街の花火大会があるんだ。もう一度、二人で行けたらなって思って」


「花火大会……そっか、うん、絶対行こうね」


 その日が花火大会当日な事を伝えると、しーちゃんは一度目を大きく開いて驚き、そして少し頬を赤らめながらも絶対行こうと言ってくれた。


 こうして俺は、無事しーちゃんと再び一緒に花火大会へ行く約束が出来た事に安堵した。



 小さい頃、一緒に手を繋ぎながら花火を見上げたあの夏。そして、伝えられなかった想い。


 だから、今度こそは絶対に……と、俺は隣で楽しみだなぁと微笑むしーちゃんを見ながら一つの決心をした。



 だからその時までは、この夏を全力で楽しもう。


 その結果はどうあれ、この夏をしーちゃんに目いっぱい楽しんで貰うためにも俺は、花火大会までの残り一ヵ月全力で一緒に楽しむ事を心に誓ったのであった。


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