57話「美容室と変貌」

 ケンちゃんに連れられてきた美容室は、ケンちゃんのお店同様、そこが美容室だとはぱっと見分からないようなオシャレな外装をしていた。


 またしても、これまでの人生経験には全く無い圧倒的オシャレさを前に、俺はやっぱりちょっと萎縮してしまった。


 でも、そこはケンちゃんが「初めはみんなそんなもんよ」と軽く笑いながらフォローしてくれたから、気持ちは大分軽くなった。


 店内に入ると、ケンちゃん同様オシャレなイケメンお兄さんが椅子に座って俺の到着を待っていてくれた。



「あらケン、その子がさっき言ってた子?」

「えぇ、オシャレにしてあげて頂戴な」


 え、この人もそっち系の方ですか……と思いながら、そのイケメンお兄さんにジロジロと観察される俺。



「なるほどね、確かに磨けば光る感じの子ね」

「でしょ?かっこよくしてあげて頂戴」


 そんな事を言いながら、ニヤリと笑い合うケンちゃんとイケメンお兄さん。


 何……ちょっと怖いんですけど……?



「自己紹介がまだだったわね、私の事はヒロシだからヒロちゃんとでも呼んでね」


 と、ヒロちゃんはイケメンスマイルを俺に向けてきた。

 ケンちゃんもそうだけど、黙ってれば普通にイケメンな二人のこの口調には、中々慣れないものがある。


 だが、世の中色んな価値観の人がいるんだから、今からお世話になるんだし早く慣れないとななんて思っていると、早速髪をカットしようという事で椅子に座らされた。



「じゃ、あとは宜しく!頑張ってねたっくん!」


 ケンちゃんはそう言いながらウインクをして、お店に戻って行ってしまった。



 それから俺は、ヒロちゃんに色々説明されながら髪をカットして貰ったのだが、正直ヒロちゃんのハサミ捌きは物凄かった。


 聞けば、ヒロちゃんもその界隈では有名な人のようで、芸能人の専属とかもしている程実は凄い人だった。


 それこそ、エンジェルガールズのメンバーのカットも担当してるとかで、髪を切られてる最中はしーちゃんの話題で盛り上がった。


 ヒロちゃん曰く、しーちゃんは仕事中は完全無欠の最強アイドルとして君臨していたけど、オフになるとちょっと抜けてるところがあってそこがまた可愛いわよねとの事だった。


 だからその気持ち、凄く分かりますと一気に意気投合したのは言うまでもない。


 それからカットが終了し、ヘアワックスで髪型をセットして貰うと、鏡に映った自分は最早別人レベルに印象が変わっていた。



 一言で言うなら、陽キャだ。陽キャが鏡に映っていた。


 あまりこういう表現自体好きでは無いのだが、それでもそう思ってしまう程、我ながらイケてる感じになってしまっていた。



「どう?バッチリでしょ?」

「は、はい。正直ここまで変わるとは思ってなかったので……とても驚いてるところです……」

「そう言って貰えるのは、美容師としてこの上ない喜びね」


 俺が素直に感想を伝えると、ヒロちゃんは嬉しそうにニカッと笑った。


 ファッションコーディネーターといい美容師といい、その道を極めた人はマジで凄いんだなと実感した一日になった。



 それから俺は、再びケンちゃんのお店に変わった自分を見せに行くと「あらぁ!大分スッキリしたわね!あと10ぐらい歳とってたら好きになっちゃってたかもしれないわね!」なんて冗談を交えつつ変わった俺のことを誉めてくれた。



 こうして俺は、ルンルンした気持ちで電車に乗って地元へ帰った。


 電車の中で久々にスマホを見ると、昨日の思い出トークで俺達のグループLimeが賑わっていた。


 そりゃ、プールで遊んでからの、あかりんとYUIちゃんが現れたんだから、話題が無い方が嘘だよな……なんて思いながら、俺もLimeに加わる事にした。



『ごめん、ちょっと出てて気付くの遅れた!昨日はありがとね!』


 よし、送信っと。


 それにしても、ケンちゃんのところで買った服に、ヒロちゃんのとこでカットして貰った今の俺を見たら、みんなビックリしてくれるかなぁ?なんてちょっとした悪戯心と承認欲求が湧いてきてしまった。


 俺こんなキャラじゃなかったのになぁなんて思いながら、音楽を聞こうとスマホを操作していると『ピコン』とLimeの返事が返ってきた。



『お疲れ様!どこ行ってたの?』


 返事早いなぁと思ったら、しーちゃんからだった。


 しかも何故か、グループLimeではなく個別で送られてきた。



『あぁ、ちょっと買い物にね!』


 俺はケンちゃんのところにと打ちかけた所で思い直した。

 せっかく変わったんだから、どうせなら秘密にして驚かせようと思ったのだ。



『そっか!Lime既読付かなかったから何してたのかなって思って』


 お、おう、それは申し訳なかった。

 でも、普通の他愛ない話だったし俺居なくても別に……それじゃまるで、俺が今日一日何してたか気になってるみたいじゃないか……。



『ごめん、遠出してて気付かなかったよ』


『買い物で遠出したの?』


 あ、しまった。完全に要らないこと言ってしまったと思ったが、後の祭りだった。



『うん、ちょっとね!』


『そっか、たっくん今日帰ってくるんだよね?』


『ん?勿論』


『電車だよね?何時頃かな?』


『うん。えーっと、18時過ぎぐらいかな』


『分かった』


 んん?何が?

 とりあえず、返信が凄く早いしーちゃんに俺はちょっと気圧されてしまった。


 とりあえずこれでLimeも止まったし、駅に着くまでまだ50分ぐらいあるから、今度こそ俺は音楽を聞きながら電車に揺られる事にした。




 ◇



 ようやく地元の駅へ着き、電車を降りる。


 すると改札の前には、何故かしーちゃんの姿があった。

 そして誰かを探すように、なんだかキョロキョロとしていた。


 外だから当然サングラスで変装しているのだが、何だか今日は髪の毛が少し跳ねていてちょっと様子が違っていた。


 急いで出てきたのだろうか。


 とりあえず、素通りするのも悪いしさっきのLimeも気になるから俺から声かける事にした。



「しーちゃん、どーしたの?」


 いつも通り俺が声をかけると、しーちゃんは俺の方を振り向くと何故かそのまま固まってしまった。



「ん?どうした?」


「た、たっくん……だよね……?」


 あぁ、そっか。

 今の俺はヒロちゃんのおかげで陽キャスタイルなんだった。



「あぁ、うん。どうかな?変じゃない?」


「カッコいいよっ!!!!」


 照れながらどうかな?と聞いてみると、食い気味で絶賛してくれるしーちゃん。


 鼻息をフンスと鳴らしながら前のめりで絶賛してくるしーちゃんを見て、流石に嘘は無いんだろうなと伝わってきて俺はめちゃくちゃ嬉しかった。



「な、なんでたっくん!?どうしてっ!?」


「あぁ、本当は秘密にしたかったんだけど、もういいかな。今日はケンちゃんのところに服を買いに行ってきたんだ。そしたらヒロちゃんって美容師さん紹介されて、それでそのまま髪の毛もカットして貰ってきたわけで」


「ヒロちゃん?なるほど、ヒロちゃんの仕業か」


「仕業って?」


「なんでもないよっ!そっか、そういう事だったんだね良かった!」


 良かったって何だろうと思ったけど、とりあえずしーちゃんはご機嫌な様子でニコニコしてるので良しとした。



 じゃあよし、せっかくこうしてしーちゃんに会えたんだし真っ直ぐ帰るのも勿体無いから、俺は勇気を出してしーちゃんを誘ってみることにした。



「あの、さ?これからもし時間あるなら、その、一緒にご飯でも行かない?」


「ふぇ?」


 思いきってご飯に誘ってみると、しーちゃんはとても驚いた様子で変な声をあげた。



「あ、いや、急だったし無理なら今度でいいって言うか」


「行きますっ!行かせて下さいっ!!あっ、でも急いで出てきたから髪が……ふぇ~……」


 しーちゃんは、手をビシッと上げて行きますと言ってくれたかと思うと、やっぱりちょっと跳ねてる髪が気になっているみたいで、髪を押さえながらガッカリと項垂れていた。


 そんな感情豊か過ぎるしーちゃんがやっぱり可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。



 ――本当、いつも可愛いなしーちゃん



 こうして、俺は急遽しーちゃんとのご飯デートを勝ち取ったのであった。



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