53話「プールを終えて」

 それから俺達は、夕方になるまで一日中プールで遊び尽くした。


 しーちゃんはというと、やっぱり素顔では目立ってしまうという事でサングラスをしたまま遊ぶしか無かったのが申し訳なかったのだが、それでもずっとニコニコと楽しそうにしてくれていたので良かった。


 中でもしーちゃんは流れるプールが特に気に入ったようで、最後は一人ずーっと水に流されていた。


 気持ちよさそうに水にスイーっと流されているその姿は、ただただゆる可愛かった。



 こうして俺達は、今日一日プールで全力で楽しんだあと更衣室で着替えを済まし入り口前で集合した。


 それから帰宅のためバス停へ向かって歩いていると、一気に全身に疲労を感じた。

 プールにいる間は夢中で遊んでいたため気が付かなかったが、一歩外へ出てみると一気に全身の筋肉がぐったりとしてしまっていた。


 それは俺だけではなく、どうやら他の三人も同じようだった。

 まぁ、それだけ夢中で遊べたって事だから良しとしよう。



「この後どうする?まっすぐ帰るか?」


 バス停のベンチに腰を掛けると、フゥーっと一息つきながら孝之が聞いてくる。

 通常ならこれから何かするのも全然ありなのだが、今はプールで体力を使い果たしてしまっているため、敢えて聞いてきているのだろう。



「……わたしは、もうちょっと遊びたいな。あ、ほら、夏休みも始まったばっかりなんだしさ!」


 なんとなく今日は解散する空気が漂っている中で、しーちゃんだけはまだ遊びたいと言ってきた。


 まぁ正直疲れてはいるのだが、それでもまだ遊びたいという人がいるのに帰る程衰えてもいない俺達は、それならもうちょっと遊んでこうかという事になった。



「しーちゃんは、何かしたい事とかあった?」

「わたし、友達とファミレスに行ってみたいなぁって」


 何かしたい事があったのかしーちゃんに聞いてみると、ファミレスへ行ってみたいとの事だった。


 そういえば、しーちゃんはハンバーガーショップも行ったことなかったんだっけ。

 だったらきっとこのファミレスも、しーちゃんの中の『やってみたいことリスト』のうちの一つなんだろうなと思ったら、そんなしーちゃんのお願いなら叶えてあげるしかないなと思った。


 ちょうどお腹も空いてきた頃だし、それなら丁度いいねと俺達は駅前のファミレスへ寄っていく事にした。




 ◇



 ファミレスのボックス席へ座った俺達は、一緒にメニュー表を見ながら食べたいものを選んだ。


 俺と孝之はハンバーグ定食、清水さんはあっさり目のパスタ、そしてしーちゃんは楽しそうにメニュー表と最後まで睨めっこをした結果、パンケーキを注文した。



「え、しーちゃんパンケーキでいいの?」

「うん!最近の好物なの!」


 主食がデザート?と思って聞いてみると、しーちゃんは最近パンケーキにハマっているとの事だった。


 それは勿論、以前俺と行ったパンケーキ屋さんが原因なのだろうと、俺はコンビニでのしーちゃんのカフェデッキを思い出してしまい、ついつい思い出し笑いをしてしまった。


 そんな俺の事を不思議そうに見てきたしーちゃんだが、笑う俺を見て一緒にニコニコしてくれた。



 ――えっ、なにこの可愛い生物っ!




 それから俺達は、今日の思い出話とか他愛ない話をしながら一緒に食事を楽しんだ。


 そして、そろそろ帰ろうかという頃、俺はしーちゃんが自分のスマホを見ながら珍しく驚くような表情を浮かべている事に気が付いた。



「しーちゃん?どうかした?」

「あ、ううん、なんでもないよ」


 気になって俺が聞くと、しーちゃんは慌ててなんでもないよとすぐに誤魔化した。


 まぁ、人間生きていれば人に言いたくない事の一つや二つあるだろうと思いそれ以上は聞かないでおくことにしたのだが、しーちゃんは「ごめんね、ちょっと電話してくるねっ!」と急いで席を立ってしまった。



「ん?なんだどうした?」

「一条くん、何か聞いてる?」


 そんなしーちゃんに、孝之も清水さんも何事だろうと気になっている様子だった。

 つまりは、ここにいる全員しーちゃんに何があったのか全く思い当たる事は無いという事だ。


 何かトラブルとかじゃないといいけど……と思いながら、俺達はしーちゃんの帰りを待った。


 そしてそれから十分ぐらい経っただろうか、ちょっと困った様子のしーちゃんがゆっくりと席へと戻ってきた。


 その表情には、さっきまでのルンルンしたような楽しさは残念ながら残ってはいなかった。


 一体何があったんだろうと、俺だけじゃなく孝之も清水さんもそんなしーちゃんの事を心配そうに見つめた。



「紫音ちゃん、何かあった?」


 清水さんが優しくそう問いかけると、しーちゃんは黙って頷いた。


 やっぱり何かあったんだなと、俺達はそんなしーちゃんの次の言葉を待った。



「今からここに来るって聞かなくて……」


「えっと、誰がかな?」




「あかりんと、YUIちゃん」




「「「へっ?」」」




 しーちゃんのまさかの一言に、俺だけでなく他の二人も全く同じタイミングで信じられないといった声を上げた。


 あかりんとYUIちゃんって、あのあかりんとYUIちゃんですよね?


 エンジェルガールズのリーダーと、DDGのボーカル。

 そんな二人とも、現役のスーパーアイドルと歌手じゃないか!


 なんでまたいきなり!?それにこんなって言ったら失礼だけど、ファミレスに!?


 混乱する俺達。



「この前のライブの打ち上げしようって、もうすぐ近くまで来ちゃってるみたいなの。たまたま休みが合ったのが今日だから、サプライズで来ちゃったんだって……。でもわたしは今ファミレスにいるからすぐには無理だよって言ってるのに、だったらそのファミレスに行くよって二人とも面白がって聞かなくて……。だからみんなには申し訳ないんだけどね、ちょっとだけ二人も一緒していいかな?」


 もう、人の迷惑も考えずにと不満そうに膨れながら呟くしーちゃん。


 だが、しーちゃんにとっては『ちょっと知り合いが近くまで来ちゃってるみたいだから混ぜてもらってもいい?』的なノリでも、俺達にとっては全くもってそんなノリで済ませられる事態ではなかった。


 普段テレビの向こう側で見ている二人がこれからここへ来るという事に、しーちゃん以外の俺達は一気に緊張感が高まる。


 普通なら、「いやいや、そんなわけないだろ」と笑って済ますようなレベルの話も、しーちゃんが言うのであれば全く嘘に聞こえないのだから恐ろしい。




 ◇



「あ、いたいた!ヤッホーしおりん」

「おや、お取込み中申し訳ないねぇ」



 俺達に向かって、気軽く声をかけてくる二人組。


 その声に、しーちゃん以外の俺達は恐る恐る振り向く。


 するとそこには、しーちゃんとはタイプが違うが一目でそれが美少女だと分かる女性が一人。

 それから、スラリと背が高く長い髪の毛が艶やかで美しい、可愛いと言うよりキレイという言葉がしっくりくる女性が一人。


 二人とも帽子やマスクでその素顔を隠してはいるが、それでも彼女達は一般人とは異なるオーラを放っていた。



 こうして本当に、エンジェルガールズのリーダーあかりんと、DDGのボーカルのYUIちゃんがファミレスへとやってきてしまったのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る