52話「フラグ」
ひとしきり遊んだあと、俺達は空いていたテーブル席で休憩する事にした。
最初は水着姿のしーちゃんを前にするとドキドキが止まなかったのだが、人間いかなる環境にも時間が経てば慣れてくるもので、今では俺だけではなく四人ともいつも通りの感じで会話出来るようになっていた。
……まぁ、未だに首より下を直視は出来ないんだけどね。
「お、もう昼時か。おい卓也、なんか買ってこようぜ!」
時計を見たら、早いものでもう十二時半を少し過ぎていた。
たしかにお昼時だから、売店で何か買ってくるには丁度良い頃合いだった。
――でも孝之、お前は何も分かってないな
――それではダメなんだよ。全然ダメ。不合格。
「いや、ここは孝之と俺でジャンケンしよう。孝之が負けたら清水さんと、俺が負けたらしーちゃんと買いに行く、それでいいか?」
「いや、マジか卓也……ここは男が率先してだな」
「孝之、お前こそ何も分かっちゃいない。いいか?俺とお前で買いに行ったら、その間この二人をここに置いていく事になるんだぞ?」
俺がそこまで説明して、ようやく孝之も俺が言いたいことを理解したようだった。
こんな人がうじゃうじゃいるプールで、この二人を野放しにしてみろ。
ほんの一瞬でも目を離せばきっとナンパされるに違いない。
いや、絶対ナンパされるねっ!
そんなラブコメでお決まりのシチュエーションに、この二人を易々晒すわけにはいかないだろって話だ。
そんなのは物語の中だけで十分だ。
俺は全力でフラグをへし折って行くぞ!
そうして俺はしっかりとフラグをへし折った結果、ジャンケンに負けて更衣室に財布を取りに行くことになってしまったのであった。
「あ、たっくん!わたしもついて行――」
「駄目。しーちゃんは座ってて」
そんな俺に気を使ったしーちゃんが一緒について来ようとしたが、こちらも俺は即答で断った。
理由は勿論、次のフラグをへし折る為だ。
俺には見える、俺が更衣室へ財布を取りに行ってる間、柄の悪い三人組にナンパされてるしーちゃんの姿がなっ!
どうだ!フラグをへし折ってやったぞ!?まだ見ぬヤンキーどもよっ!!
ハッハッハッ!と俺が笑っていると、もういいから早く行ってくれと孝之に背中を押された俺は、渋々財布を取りに更衣室へ向かったのであった。
◇
俺と孝之はカレー、しーちゃんと清水さんはホットドッグ、それから食後のかき氷を四つ頼んで、俺達四人は仲良く昼食を取る事になった。
「たしかに卓也の言う通りだったわ、俺が居ても周りからの視線がすげーわ」
「だろ?危うくラノベのトラブル展開を巻き起こすところだったんだから、今後は気を付けるんだよ孝之くん」
そう俺が偉ぶって言うと、孝之が「うっざ、なんだよその言い方」とツッコミを入れてくれたおかげで、しーちゃんと清水さんも笑ってくれた。
よしよし、これであとは難なくプールを楽しむ事が出来るぞとカレーを一口食べたところで、俺はとんでもないミスを犯してしまった事に気が付く。
いやいや、何俺は自ら分かりやすいフラグを立ててるんだと。
このタイミングで安心するなんて、それこそトラブル起きてくれと言わんばかりのフラグ立ててるじゃねーか!と一人焦っていると、
「ねぇ君、エンジェルガールズのしおりんだよね?」
と、案の定しーちゃんは知らない同年代ぐらいのチャラそうな男二人組に声をかけられてしまったのであった。
「やっぱそうだよね!?絶対そうだ!うっわ!俺凄いファンだったん――」
「違いますよっ!」
「え?いやいや、だって――」
「違いますっ!」
「いや――」
「違いますっ!!」
「あぁ……その、なんか、お邪魔したみたいですみませんでした……おい、行こうぜ……」
だが俺の心配も余所に、しーちゃんはいつものパワープレーで難なく押しきってしまった。
俺が要らない気を回すより、張り付いたような笑みを浮かべながら全否定するしーちゃんの圧の方が有効だったのかもしれないなと思いながら、俺達はそんな相変わらずなしーちゃんを見ながら一様に苦笑いを浮かべた。
当の本人は、なんでみんな笑ってるの?と言いたそうにキョトンとした顔で首を傾げていた。
◇
食事を終えた俺達は、せっかくだからウォータースライダーでも遊んでおこうという事で、四人で待機列に並ぶ事にした。
しかしそうなると、当然サングラスをしたまま滑る事は出来ないため、俺の財布と一緒にしーちゃんのサングラスを近くのロッカーへとしまった。
その結果、ここへ来て初めてまともに顔を晒したしーちゃんの姿は、何この美少女!?と言いたくなる程可憐で、それはそれは美しかった。
さっき水かけ合戦していた時もサングラスを頭にずらしてはいたのだが、こうしてハッキリとそのご尊顔を拝んでみるとやっぱり可愛すぎて、俺はまた簡単にドキドキさせられてしまうのだった。
そんなしーちゃんはというと、実はウォータースライダーを滑るのは初めてなんだと可愛くはしゃいでいた。
そんな嬉しそうにはしゃぐしーちゃんを見ていると、早速この夏初めての経験をさせてあげられる事に俺まで嬉しくなってしまった。
そして、いよいよ俺達の滑る順番が巡ってきた。
「じゃ、俺は桜子と滑るから宜しくっ!」
どうやって滑るか相談する間も無く、孝之は俺の背中をパチンと一回叩くと、そのまま清水さんと一緒にさっさと滑っていってしまった。
そうして、残された俺としーちゃんは互いに顔を見合わせる。
「え、えっと……一人じゃ不安だから……たっくんと一緒に滑りたいな……」
「う、うん……もちろん……」
頬を赤く染めながら、もじもじとお願いしてくるしーちゃんはめちゃくちゃ可愛かった。
俺はしーちゃんの手を取り、さっきの孝之達と同じように俺が後ろから支える形で浮き輪に座ると、そのまま一気に滑り出した。
滑り落ちるスピード、そしてスリルを感じながら、楽しそうな声を上げるしーちゃん。
俺は後ろから、そんな楽しそうなしーちゃんの姿を微笑みながら見守った。
しーちゃんがこうして楽しんでくれてる事が、俺はとにかく嬉しかった。
……だがその間、揺れ動くある一点にどうしても視線が奪われてしまった事は、俺だけの秘密にしておこうと思う。
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