51話「プールと水着」
土曜日
ついに約束の日がやってきた。
午前十時にいつもの駅前で待ち合わせた俺達は、そのままバスへ乗り込みプールへと向かった。
いよいよ夏が始まったこと、それから今度こそしーちゃんと共に過ごせるこの夏を、俺は全力で楽しむと共に今も隣で微笑んでいるしーちゃんを全力で楽しませてやりたい。
そんな事を考えながら隣を見ていると、俺の視線に気が付いたしーちゃんは「ん?たっくん?」と不思議そうな顔を向けてきた。
そんな何気ない仕草一つで、俺の胸は一気に高鳴ってしまう。
そのクリクリとした大きな瞳で見つめられるだけで、正直どうにかなってしまいそうになる程、俺はもうしーちゃんの事を意識せざるを得ない状態にまでなっていた。
「おい卓也、もうすぐプールだぞ」
前の席に座った孝之が、ニヤニヤとしながらこっちを覗き込み声をかけてきた。
きっと、今の俺を見て笑っているんだろう。
また彼女持ちの余裕かよチクショー。
◇
プールへついた俺達は、後程合流する事にして男女それぞれ別れた。
「なぁ卓也、桜子はどんな水着だと思う?」
着替えながら、孝之が突然そんな質問をしてきた。
清水さんの水着か。
清水さんと言えば、色白で小柄なお人形さんみたいな容姿というのがしっくりとくる美少女だ。
そんな清水さんに一番似合うであろう水着は……やっぱりスク水じゃないだろうか。
「だろ?卓也もやっぱスク水だと思うだろ?」
「いや、俺まだ何も言ってないけど……」
エスパーかよお前と、俺は孝之の新たな可能性を知ってしまった。
「顔見りゃ分かるんだよ。でさ、実際スク水なんて着てくるわけないだろ?」
「その上でって事か、まぁ普通にワンピースタイプの水着とか?」
「まぁそうだよなぁ。うん、サンキューな。大人しくこのあとの答え合わせを楽しみにしとくとしよう。その点、三枝さんのプロポーションなら、やっぱり確実にあれだろうな」
「まぁ、そうだな。あれだろうな」
そして俺達は、急いで水着に着替え終えたところでガッチリと握手を交わす。
「行こうか、卓也」
「あぁ、孝之」
多分この時、俺も孝之も今週で一番良い顔をしていたと思う。
こうして俺達は、この後訪れる本物の天使達との再会に胸を踊らせながら、先に行って待ってようという事で急いでプールへと向かったのであった。
◇
俺と孝之は、少し……いや、かなり緊張しながら二人が来るのを入り口近くで待っていた。
すると、露骨に周囲の男性達がざわつき出した事に気が付き、俺は慌てて入り口の方へと目を向けた。
そしてそこには、案の定更衣室から出てきた二人の姿があり、やはり二人が現れた事によるざわつきだった。
うちの高校の二大美女の水着姿なのだ。
同年代の異性が見て、反応しない方が正直可笑しいってもんだ。
まずは、しーちゃん。
俺は昨日清水さんが言っていた「とびきりの水着を選んだ」の一言がずっと忘れられなかったのだが、ようやくその意味を理解した。
しーちゃんは、胸元にフリルの付いたピンク色の可愛らしいビキニを着ており、栗色のボブヘアー、そしてなによりその透き通るようなその白い肌ととても合っていた。
そんなしーちゃんは、水着で露出が多い分そのスラリと伸びた美しい足は一際強調され、最早一つの完成形とも言える美貌を全開に解き放っていた。
当然、周囲にしおりんだとバレるわけにはいかないため、今もお馴染みのサングラスをかけて一応変装はしている。
しかし、もうここまでくると、それがしおりんかしおりんじゃないかなんて問題ではなく、周囲とは明らかに異なる美少女が現れた事で、既に周囲の視線はしーちゃんへと釘付けになってしまっているのであった。
そしてそれは、しーちゃんだけでなく清水さんも同様だった。
更衣室から出てきた清水さんの姿を見て、孝之の顔は一気に真っ赤に染まっていくのが分かった。
だが、それも無理はない。
清水さんは俺達の予想に反して、なんと黒のシンプルなビキニを着てきたのである。
その綺麗な黒髪と、しーちゃん以上に真っ白とも言えるような白い肌に黒いビキニはとても似合っており、清水さんも同様に見るものの視線を釘付けにしてしまっていた。
そして、そんな一瞬にしてこの場のアイドルと化した二人が、少し恥ずかしそうに手を振りながら俺達の元へと向かってくる。
もうそれなりに長い付き合いになると思っていたけど、俺も孝之も改めて自分達が連れている女の子の持つポテンシャルの高さを理解し、そして戸惑ってしまった。
二人とも、ヤバすぎる。
もう完全にこの一言に尽きる程、とにかくヤバすぎるのだ。
「……な、なぁ卓也」
「な、なんだ孝之」
「……やべぇな」
「……あぁ、やべぇ」
やっぱりやべぇしか言えない俺達だった。
◇
「ごめんね、お待たせ」
「お待たせしました」
俺達に見られるのが恥ずかしいのか、少しモジモジとしながら二人は声をかけてきた。
「い、いやいや、全然待ってねぇよ!なぁ卓也!」
「あ、あぁ孝之!じゃあここに居ると目立つし、い、行こっか!」
恥ずかしがる女子と、緊張でガチガチになる男子。
互いに緊張し合ってしまっている俺達四人は、とりあえず比較的空いているプールへとやってきた。
だが、孝之にとってはもう既に清水さんは自分の彼女なため、孝之は清水さんの手を取ると一緒にプールの中へと入り、そのまま水をかけ合いながら楽しそうに遊び出した。
そうなると、必然的に俺はしーちゃんと二人きりになるわけで、俺はプールサイドに座り足だけ水につけていると、しーちゃんも隣に座って同じく足だけ水につけた。
「わっ!結構冷たいねっ!」
「そ、そうだねっ!」
隣で冷たーい!と楽しそうに微笑むしーちゃんに、俺のドキドキは一気にMAXに達してしまう。
髪から漂うシャンプーの香り、そして水着姿というあまりにも露出の多い格好に、俺は平静を保つのがやっとな状態だった。
「ねぇ、たっくん?」
「な、なに?」
「今日の私……どうかな……?」
しーちゃんは恥ずかしそうにしながら、そんな事を聞いてきた。
今日の私どうかな?というのは、それはつまりしーちゃんの水着姿の事を指しているので間違いないだろう……。
「めちゃくちゃ可愛いよ……だから、今は絶賛目のやり場に困っているところです……」
「そ、そっか……エヘヘ」
俺はそっぽ向きながらも、思っている事を正直に答えた。
しかし、そんな俺の下手くそな感想にも、しーちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。
「じゃあ、思いきって着てきた甲斐があったかな」
「えっ?」
その言葉に驚く俺。
だが、しーちゃんはそんな俺の背中を「えいっ!」と押すと、そのままプールに落とされてしまった。
そして、
「さ、たっくんも遊ぼうっ!それっ!」
と一緒にプールへと入ってきたしーちゃんは、俺の顔めがけて水をかけてきた。
俺はそんなしーちゃんのおかげで、さっきまで感じていた緊張が一気に解れた。
だから俺も、せっかくプールへ来たんだし全力で楽しむ事にした。
「やったな!それ!」
「キャ!たっくん冷たいよー!」
それから俺達は、暫く水かけ合戦を全力で楽しんだ。
それはまるで、小学生のあの頃に戻ったかのように。
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