50話「呼び出し」
金曜日。
いよいよやってきた終業式。
体育館へ集められた俺達は、案の定校長先生の長話を聞かされた。
本当、何故校長先生という存在は全国津々浦々こうも話が長いのだろうかと思える程、それは長くてとても退屈な時間だった。
そして、ようやく終業式が終わるとホームルームが手短に行われ、こうして俺達はついに夏休みへと突入したのであった。
俺達は、明日はプールの約束があるし、孝之はこれから部活があるという事で、今日のところは明日に備えて真っ直ぐ帰る事になった。
駅まで孝之を除いた三人で帰ろうかと話していたところ、しーちゃんが気まずそうに小さく手をあげた。
「その……ちょっとこれから行かないといけないところがありまして……」
言いにくそうにそう話すしーちゃん。
何事だろうと思っていると、清水さんはすぐにそれが何故かを察したようで、何だか哀れむような表情をしーちゃんに向けていた。
「そっか、今日終業式だもんね……」
「うん……」
明らかに暗い様子のしーちゃんを、清水さんが励ます。
え?なになに?何の話してます!?
と、完全に話から置いてきぼりになってしまう俺。
「わたしは孝くんが居るからもう無くなったけど、いくつ?」
「……8つ」
「うわぁ……流石紫音ちゃんだね」
8つと聞いて、露骨にウンザリしたリアクションをする清水さん。
しかし、8つってなんだ?それで流石って?
相変わらず完全に置いてきぼりにされてる俺だが、その話があまり良い話では無いことぐらい俺にも分かった。
「……じゃあ、ごめんねわたし行ってくるよ」
そう言うと、しーちゃんは重たい腰をあげると鞄を置いたまま教室から出ていってしまった。
「ほら、一条くん何してるの?あとを追わないとでしょ?」
訳も分からずそんなしーちゃんの背中を見送ると、呆れたように清水さんが俺の背中をポンと叩いてきた。
ここは、俺もあとを追わないと行けない場面のようなので、俺はそんな清水さんに連れられるまましーちゃんのあとを追ったのであった。
◇
しーちゃんが向かったのは、体育館の裏だった。
ここまで来たら、俺も何の話なのか大方予想がついてしまった。
そーっと体育館の壁に隠れながら清水さんと様子を伺うと、そこには先に八人の男子が待っていた。
しかし、その八人は示し合わせてここへ来たわけではなく、それぞれが同じようにしーちゃんの事を呼び出した結果被ってしまったという感じで、全員居心地悪そうにしていた。
そしてその中には、なんとクラスメイトの姿まであった。
「き、来てくれたんだね三枝さん」
三年生の人が代表してしーちゃんに話しかける。
あの人は、たしか野球部のエースで普通に女子から人気の高い先輩だ。
カッコイイだなんだと、クラスの女子達が騒いでいた事を思い出した。
そんな先輩の言葉に、黙って頷くしーちゃん。
ていうか、その先輩だけでなく、今日しーちゃんの事を呼び出したのは各学年のイケメンと言われる人達だけだったのだ。
そりゃ、入学早々色んな人から告白されて断り続けていたしーちゃんだ。
一学期の終わりに告白してくる連中なんて、もう自分によっぽどの自信のあるような力のある男子しか残っていないのだ。
そんな光景を見ていたら、俺の中で小さなモヤモヤが生まれる。
そしてそのモヤモヤは、すぐに大きくなっていく。
客観的に見て、今しーちゃんの前に並ぶ人達は俺なんかより普通にモテる人達だ。
そんな人達にこれから告白されようとしているのなら、一人ぐらいしーちゃんの好みのタイプがいないとも限らないのだ。
そもそも、覗き見してる俺が悪いのだが、好きな相手が他の男に告白される事自体すっごくモヤモヤするのだ。
この感情は……自分でも分かる、不安と嫉妬だ。
これからしーちゃんを取られてしまうかもしれないという事に、俺はただ怯えているのだ。
そんな俺に気が付いたのか、清水さんは俺の腕を後ろに引っ張り一回俺を引っ込ませると、俺の額に向かって「ていっ」とチョップをしてきた。
「いてっ!」
「一条くん、変な事考えてるみたいだけど、きっと心配は無用だよ。でも、一条くんはこれから行われる事をちゃんと見届けるべきだと思う」
心配はいらないけど、これから行われる事をちゃんと見届けろという清水さん。
その意図はよく分からなかったが、不安に飲まれそうになっていたところ助けられたのは本当に有り難かった。
こうして、再び俺は清水さんに言われるまま体育館の壁から様子を伺う。
すると、八人が示しを合わせたように頷き合うと、一斉に片手をしーちゃんに向かって差し出した。
そして、
「「「好きですっ!付き合って下さいっ!!」」」
と、一斉に愛の告白をしたのであった。
その光景を見て、さっき清水さんは心配無用と言っていたけれど、それでも胸がドキドキと早まってしまった。
もし、今ここでしーちゃんが誰かの手を取った瞬間、俺のこの恋心は失恋に成り代わってしまうのだ。
もう胸が張り裂けそうになる程、俺はドキドキが止まらなくなってしまう。
――嫌だ、取られたくないっ!
そんな気持ちが、俺の中で見苦しくも沸き起こってしまう。
でも、今しーちゃんに告白しているこの八人は、今こうしてちゃんと自分と向き合い、そしてちゃんと気持ちを好きな相手に伝えているのだ。
対して俺はどうだ?そう思ったら、これまでズルズル気持ちを伝えることもなく来てしまっている自分が意気地無しなだけだなと気付いてしまった。
近くにいたにも関わらず、自分が彼らから出遅れてしまっているだけの話なのだ。
だから、ここでしーちゃんが誰かの手を取ってしまっても、それは仕方のない事なのだと俺はようやく気が付いた。
俺の想いを寄せる相手は、学校でも世間でもアイドルの三枝紫音なのだ。
今日だけじゃない、いつしーちゃんに向かって他の男から好意が向けられるかも分からないような存在なのに、これまでの俺はその事を分かっているつもりで、実際にはちっとも分かってなんていなかったんだ。
なんなら、しーちゃんならきっと大丈夫だなんて思ってしまっていたぐらいだから、本当自惚れるんじゃねぇって話だ。
俺は、そんなこれまでの自分を強く戒めつつ、震える手で壁を掴みながら覚悟を決めて様子を見守った。
◇
告白をされたしーちゃんは、下を向いて少し悩むような素振りをしたあと、すっと顔を上げた。
背中越しに見ているため、今どんな表情をしているのかは分からなかった。
それから一歩、彼らの方へと近付く。
そんなしーちゃんを見て、俺の胸はやっぱり飛び出しそうになる。
そして、しーちゃんは自分の右手をゆっくりと上げる。
その光景を見て、俺の不安は絶望に変わる。
この状況で手を上げるってことは、それってもう誰かの手を取るために他ならないのだから。
思わず逃げ出しそうになる俺の腰を、再びガシッと掴んで押さえてくる清水さん。
「逃げちゃダメ」
清水さんのその叱るような一言で、何とか俺は逃げ出さずにその光景を見続ける事が出来た。
確かにそうだ、今ここで逃げたら結果が分からなくて余計モヤモヤしてしまうだろうから。
覚悟を決めろ!俺!!
しかし、ゆっくりと右手を上げるしーちゃんは、その右手で……
右手で……
野球部の先輩の手を……
スルーして自分の後頭部を掴んだ。
そして、
「わたし、好きな人がいるのでごめんなさい」
しーちゃんは、自分の頭を撫でながら恥ずかしそうにそう告げたのであった。
そんなしーちゃんに、目を丸くして驚く彼ら。そして俺。
告白を断った事に安堵したのも束の間、今度はそのしーちゃんの好きな人という言葉が気になってしまう。
それは彼らも同じようで、やはり代表者になってる野球部の先輩が声を上げる。
「その相手っていうのは……やっぱり、一条ですか?」
ほう、一条って奴が怪しいわけか……って、それ俺だよね?
まぁ確かに、俺はしーちゃんの一番近くにいつもいるけれど?
「俺、週末駅前で三枝さんが一条と居るところ偶然見たんだ。だから俺は、早くしないと三枝さんを取られると思って、今日思いきって告白したんだ」
「クラスでも普通に付き合ってるんじゃないかってぐらい二人は仲いいから俺も……」
他の男子達も、口々に思っている事を話し出した。
なんだこの流れ?彼らは俺としーちゃん二人の事を本気で疑っているようだ……。
すると、黙って聞いていたしーちゃんはそんな彼らに向かって一言、
「うーん、たっくんとの仲は、ご想像にお任せしますっ♪」
そう言うと、しーちゃんは話は終わったとばかりにくるりとターンをすると、彼らを置いて歩きだした。
それはつまり、俺達が隠れているこちらへと向かって歩いてきているわけで、『不味い!覗き見してる事がバレる!』と思った俺は慌てて逃げようとするが、またしても清水さんに腰を掴まれて逃げさせてはくれなかった。
でもこれは、清水さんも普通に不味いよね!?と思いながら清水さんの顔を見ると、
「大丈夫だから」
と何故か清水さんは全く焦る様子もなく、静かにそう告げるだけだった。
何が!?と疑問に思っていると、俺達の元へとしーちゃんがやってきてしまった。
ヤバい!見つかった!!
そう思い、すぐに覗き見なんて真似をしてしまった事を謝ろうとする俺に声がかかる。
「全部、見ててくれたかな?」
「ふぇ!?」
しーちゃんは怒るどころか、何故か見ててくれた?と聞いてきた。
俺はその意味が分からず、戸惑ってしまう。
それじゃまるで、俺がここで覗き見している事を始めから知ってたみたいじゃないか……。
「ごめんね一条くん。彼らには悪いけど、一条くんをここに連れてくる事は計画通りなの」
申し訳なさそうにそう補足する清水さん。
え?計画って何?
「一条くんに、告白される紫音ちゃんを見て貰おうって思ってね」
「な、なんでそんなこと……?」
「それは、自分の胸に聞いてみるといいんじゃないかな」
自分の胸に?
そうまで言われて俺は、清水さんが何を言いたいのかすぐに分かってしまった。
確かに、今回の件で俺はいかに自分が意気地無しなのかよく自覚出来ました。
「ま、まぁ!あれだね!明日はいよいよプールだね!楽しみだねっ!」
そんな空気が気まずくなったのか、慌ててしーちゃんは話題を変えながら、俺達の背中を押して歩きだした。
「そうね、紫音ちゃん明日のためにとびきりの水着選んでたもんね?」
そんなしーちゃんの事を、ニヤニヤと笑いながらいじる清水さん。
ん?とびきりの水着とは……!?
「もうっ!変な事言わないでよっ!!」
顔を真っ赤にしながら清水さんに文句を言うしーちゃんは、やっぱり今日もめちゃくちゃ可愛かった。
こうして俺達は、仲良く一緒に教室へと戻ったのであった。
そして俺は、清水さんと楽しそうに前を歩くしーちゃんの後ろ姿を眺めながら、一つの覚悟を決めた。
――俺はこの夏休み中に、必ず思いを伝えると
だから、もう少しだけ待ってて欲しい。
その時が来るまで、もう少しだけ―――
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