49話「手作り弁当と夏休み」

 次の日の昼休み


 俺はしーちゃんに言われた通り、本当に今日は弁当を持ってきてはいない。


 まぁ、仮に弁当が無かった場合でも、すぐに購買へパンでも買いにいけば済む話なので、そんな逃げ道を考慮しつつ俺は本当に作ってきて貰えたのかどうかドキドキしながらしーちゃんの様子を伺っていた。


 それは俺だけではなく、クラスの男子達、なんなら廊下の外からも他のクラスや学年の男子達が俺達の様子を遠巻きに伺っていた。


 そして、しーちゃんは自分の鞄から弁当箱を取り出す。


 その様子を、固唾を飲んで見守る野次馬達と俺。



「えーっと、じゃあはい、こっちがたっくんの分です」


 そう言いながら、しーちゃんは可愛いウサギの模様の袋に入れられた弁当箱を、少し恥ずかしそうにしながらすっと俺に差し出してきた。


 そして俺がそのお弁当を受け取ると、案の定その様子を伺っていた教室内外の男子達から悲鳴のような声が聞こえてきた。


 ……すまんなお前達、俺としーちゃんはもう固い絆で結ばれてるんでなと、俺はそんな野次馬達に少し優越感を感じながら渡されたお弁当を感動しながらも早速開いた。


 するとそこには、ごはんと唐揚げ、玉子焼き、ポテトサラダ、それからプチトマトがキレイに並べられていた。



「口に合うといいんだけど……」

「大丈夫、むしろ俺の口が合わせに行くから」


 そんな我ながら訳の分からない事を言いながら、俺は早速ポテトサラダを一口食べてみる。


 ――うん、やっぱり美味しい。


 味付けのバランスも非常によくて、普通にお店で食べるやつと変わらないぐらい本当に美味しい。



「うん、やっぱり美味しいね」

「ほんと?良かったぁー」


 俺が味の感想を言うと、しーちゃんはほっとするように両手を合わせながら微笑んだ。

 その姿がやっぱり可愛くて、思わず俺の顔が緩んできてしまう。



「お、今日から卓也も愛妻弁当デビューかぁ?」

「ちゃ、茶化すんじゃねぇよ孝之」


 そんな俺達のやり取りを見ていた孝之が、ニヤニヤしながらふやける俺の事を茶化してきた。

 今となっては、孝之は当たり前のように清水さんの手作り弁当を食べるまでになっていた。


 なんていうか、もう孝之と清水さんに限っては彼氏彼女というより、夫婦みまで出てきているのだから凄い。


 そして隣に目をやると、両手を頬に当てながらクネクネとふやけてるしーちゃんの姿があった。


 今日も今日とて安心の挙動不審だが、まぁ本人は幸せそうにしているからそっとしておく事にした。



「お、そうだ!来週からいよいよ夏休み入るだろ?親に貰ったんだけどさ、今度四人でこれ行かないか?」


 そう言いながら孝之が差し出してきたのは、近くのプールの入場券だった。


 本当、孝之の親はチケットに恵まれてるよなぁと思いながら、俺達はそのチケットを一枚ずつ受け取った。


 まぁこれから夏が始まるわけだし、プールとか夏っぽくていいじゃんと思いながら俺はチケットを眺めていると、そこでようやく事の大きさに気が付く。



 ――え?これしーちゃんと一緒に行くの?


 ――てことは、しーちゃんの水着姿を!?


 マジかよ……と思いながら隣を向くと、しーちゃんは受け取ったチケットを少し困ったようにまじまじと見つめていた。


 あー、これは迷ってる顔だ。

 そりゃそうだよな、いくら仲良くても水着姿を晒すのは訳が違うし、そもそもしーちゃんがそんな所に行ったらきっと騒ぎになるもんな……と、そんなしーちゃんの様子を見てさっきの淡い期待は無惨にも散っていった。


 でもまぁ、こうしてしーちゃんの手作り弁当も食べれてるんだしあまり多くを求めるのは良くないなと、俺はそんな残念な気持ちをそっと胸の奥にしまった。



「紫音ちゃん、無理そう?」


 そんな様子に同じく気が付いた清水さんが、心配するようにしーちゃんに問いかける。

 するとしーちゃんは、「そうじゃないんだけど……」とやっぱり難しい顔をしながら呟くと、ちょっといいかなと言って清水さんの手を取り教室から出ていってしまった。



「おい孝之、お前達はいいだろうけど、しーちゃんをプールに誘うのは流石に早いというかなんというか」

「そうか?俺は平気だと思うぞ?」

「いやいや、今だって清水さん連れて出てっちゃったんだぞ?今頃清水さんに断って貰うようお願いでもしてんじゃねーか?」

「こういう時、卓也はすぐネガティブになるよなぁ」


 そう言うと、呆れるように孝之は一度大きくため息をついた。


 なんだよ、俺が全く女心を分かってないみたいなリアクション取りやがって。

 これが彼女のいる男の余裕ってやつかチクショー。



 そうこうしていると、二人はすぐに教室内に戻ってきた。

 どうやら相談は終わったようだ。


 そして、三枝さんは自分の席に座ると、膝を俺の方へ向けて真っ直ぐ見つめてきた。


 そして、






「たっくんが行くなら、わたしも行くよ」


「へっ?」


 しーちゃんの口からは、予想と真逆の答えが返ってきた。


 あー断られるんだろうなぁ、でも断るなら俺じゃなくて誘った孝之に……と思っていた矢先、そんな真逆の答えが帰ってきて俺は思わず変な声を上げてしまった。


 ――俺が行くなら、わたしも行く?


 確かに今、そう言ったよな?



「え、しーちゃんはそれでいいの?」

「うん、いいよ」


 俺の問いかけに、楽しそうに微笑みながら答えるしーちゃん。


 え、いいのか?マジ?


 でもじゃあ、さっきはなんで出ていったんだ?と俺の中で新たな疑問が湧いてきた。



「紫音ちゃんは着てく水着がないから、今日の放課後わたしに買い物付き合って欲しいんだよね」


「ちょ!?さくちゃん!?」


 慌てるしーちゃんに、「あれ?言っちゃダメだったかな?」と清水さんは小首を傾げた。

 そんな清水さんに、「もう、聞かれたくないからわざわざ教室出たのにぃ……」と恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。


 そうか、だからあんな顔をしていたのか。

 しかし、理由が分かってしまえばやっぱり可愛いなというのが素直な感想だった。



「まぁそういう話みたいだから、今日は久々に一緒に帰るか」


 空気を読んだ孝之が、俺の肩にガシッと手を回して肩を組んでくる。

 まぁ、そういう理由なら仕方ないかと、今日は久々に孝之と一緒に帰ることに決めた。



「てことで、善は急げっていうからな!今週の土曜日でどうだ?」


 孝之がそう提案すると、皆予定は空いていたため提案通り土曜日に行くことに決まった。


 そして孝之は、「良かったな」と俺の耳元で囁きながら、俺の背中をバシッと一回叩いた。


 まぁ正直、早速しーちゃんとの夏休みの予定が入った事は確かに嬉しくて、俺は土曜日が来るのが既にめちゃくちゃ楽しみになっていた。



 だってそうだろ?

 好きな子と一緒にプールに行けるなんて、舞い上がらない方が嘘ってもんだ。



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