48話「日常の変化」
月曜日
俺はいつも通り支度を済ませて、それからいつも通り登校する。
校門をくぐり、下駄箱で上履きに履き替え、そしていつもの教室へ入る。
教室内には俺より先に登校してきたクラスメイトが数人おり、そしてやっぱり俺の隣の席のあの子は既に自分の席に座りながら、今日も朝から熱心に読書していた。
「おはよ!しーちゃん!」
「あ、おお、おはようたっきゅん!」
あ、噛んだ。
空かさず顔が真っ赤になるしーちゃんは、恥ずかしそうに本で顔を隠しながら「おはようたっくん」と言い直した。
そんな、朝からフルスロットルで可愛いしーちゃんに、俺も思わず朝から顔を赤くしてしまった。
「おっす!おはよう二人とも!」
「おはようございます」
そんな俺達の元へ、孝之と清水さんが今日も仲良く二人で教室へとやってきた。
「おう、おはよう!」
「おはよう!」
俺達も挨拶を返すと、さっきまでのやり取りが可笑しくなって俺はしーちゃんと顔を見合せながら笑い合った。
「そういえば孝之、大会はどうだった?」
「ん?あぁ、結局県大会一回戦負けに終わったよ。まさか初戦がベスト4の相手になるなんてなぁ……。まぁでも、お世話になった先輩達を県大会に連れて行く事が出来たのは良かったな」
「でも、孝くんは負けてなかったし、かっこよかったよ……」
「お、おう……」
俺がバスケの大会の結果を聞いたはずが、何故か二人だけの空間を作り出してしまう孝之と清水さん。
この二人も、日に日に所謂バカップル化しているようだ。
今日も朝から目の前でイチャイチャしてくれやがってと思いながら、同意を求めるように俺は隣のしーちゃんの方を向いた。
するとしーちゃんは、少し頬を赤らめながらも二人の事をなんだか羨ましそうに見つめていた。
そんな様子のしーちゃんに、今までの俺なら見て見ぬフリをしていただろう。
でも、今の俺なら分かる。
そして、この夏俺はしーちゃんと楽しむ事を約束してるんだ。
もう今までとは違う俺は、そんなしーちゃんに一歩踏み込む。
「そいつは残念だったな。応援行けなくてごめんな!それからお疲れ様」
「おう、サンキュ。応援はいいさ、それよりそっちはどうだったんだ?」
「こっちか?しーちゃんの手作り弁当食べたぜ!めっちゃ美味しかったわ」
俺は孝之に向かって、少し自慢するようにそう返事をした。
すると孝之はそんな俺にニヤリと微笑み、そしてそんな俺の話し声を聞いたクラスメイト達からは、一斉に驚愕と嫉妬の視線が向けられてきた。
当事者であるしーちゃんはというと、まさか俺がこんな風にあの日の事を話すなんて思っていなかったのか、目を丸くしながら驚いていた。
ちなみに孝之と清水さんには、しーちゃんが小学生の頃一緒に遊んでいた女の子だった事は事前にLimeで報告してある。
孝之は俺と同様に、まさかあの時俺がよく連れ回して一緒に遊んでた女の子が三枝さんだったとは思いもしなかったようで、『そんな運命ってあるんだな』と驚いていた。
清水さんはというと、『二人は一緒になるべくして一緒になったんだね、頑張ってね!』と返事をくれた。
『頑張ってね』とは、どの頑張るを指しているのか分からないけど、俺は全てひっくるめて『ありがとう!頑張るよ!』と返事をしておいた。
そして俺は、隣で戸惑うしーちゃんに声をかける。
「みんなに知れちゃったね」
俺がちょっと悪戯っぽく微笑みながらそう告げると、しーちゃんはやっぱり今までと違う俺の接し方が慣れないのか、顔を赤くしながら「そ、そそそうだね」と慌てて返事をしてくれた。
そんなしーちゃんがやっぱり可愛くて、俺はちょっと調子に乗って更に話を続ける。
「またしーちゃんの手作り弁当、食べさせて欲しいな」
うん、言ってからすぐに気付いた。
何言っちゃってるんだ俺。
流石にこれはやり過ぎたかなと、途端に変な汗が吹き出してくる。
いくら昔からの知り合いだと分かったからって、今のセリフは踏み込み過ぎというか、何様だよという感じだ。
俺は失敗したなと思いながら、しーちゃんの様子を恐る恐る確認する。
するとしーちゃんは、下を向いて膝の上で握った拳をプルプルとさせていた。
あ、これは不味いかな……と、数秒前の自分を激しく後悔した。
そしてしーちゃんは、ガバッと顔を上げて俺の顔を見つめると、覚悟を決めたようにその口を開いた。
「た、たっくんがそんなに食べたいって言うなら、あ、ああ明日からお弁当作ってくるよ?」
しーちゃんのその一言で、教室内が一瞬にしてシーンと静まり返った。
そして、
「「「えーっ!?」」」
クラスの全員が一斉に驚きの声をあげた。
驚いたのはクラスメイトだけではない、俺も一緒に驚いたぐらいしーちゃんのその一言は予想の斜め上過ぎたのだ。
俺の弁当を?しーちゃんが?いやいや、いくらなんでもそれは……と思ったけど、目の前で顔を真っ赤にしながら俺の返事を恥ずかしそうに待っているしーちゃんを見たら、さっきのが夢でも幻でも無い事を証明していた。
「い、いいの?」
「うん、いいよ」
「じゃ、じゃあ……宜しく、お願いします」
「はい、お願いされました」
顔を赤くしながら、ニッコリと嬉しそうに微笑むしーちゃん。
そして、そんなしーちゃんの言葉に更にざわめく教室内。
クラスの男子達からは、悲鳴にも近い声があちこちから聞こえてくる。
これはもう、引くに引けないところまで話がややこしくなった事を実感していると、孝之と清水さんは少し面白そうにそんな俺達二人を見ていた。
こうして、その日のうちにあの三枝紫音が一人の男子のために弁当を作って持ってくるという事は学校中に広まってしまい、一躍俺は時の人となってしまったのであった。
まぁでも、世間でも学校でもアイドルのしーちゃんと向き合うという事はこういうことだろう。
学校で、いやもしかしたら世間で噂されるかもしれない事ぐらい、俺はあの日の公園で覚悟を決めてきたのだから。
こうして俺は、次の日からしーちゃんの手作り弁当を食べられる事になったのであった。
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