47話「これまでと、これから」

 しーちゃんが落ち着くまで、俺達は思い出のベンチに腰を掛けていた。



「ごめんねたっくん……わたし嬉しくて……」

「ううん、いいんだ」


 涙は止まり、少し困り顔で謝るしーちゃんに向かって、俺は気にしなくても大丈夫だよというように微笑みながら返事をした。



「やっぱり、たっくんには敵わないね、エヘヘ」


 そんな俺を見ながら嬉しそうに微笑むしーちゃんは、また更に心の距離が近付いたように感じられた。


 それはまるで、あの夏の頃に戻ったかのように。



「と、ところでさ!それにしてもまさか同じ高校になるなんて、思いもしなかったよね!」


 そんなしーちゃんを見ていたら急に恥ずかしくなってきた俺は、ちょっと話題を変えながら誤魔化した。


 でもこれは本当にそうで、どこかここじゃない街で暮らしていて、更にはアイドル活動までしていたしーちゃんが、こんな地方の、それに同じ高校に通うなんて奇跡と言って良い程の確率だろう。



「わたしね、アイドルやってる時も実はたっくんに一度会ってるんだよ?」

「え、ウソ?」


 アイドル時代のしーちゃんに俺が会ってる?

 いやいや、アイドルで、しかもこんな美少女に会っておいて記憶がないなんてそんなこと……と思ったけど、俺はコンビニでのしーちゃんの姿を思い出した。



「当然今より変装していたし、たっくんが分からなくても無理は無いと思うよ。中学三年生の時ね、たまたまこの近くにお仕事で来ててね、それから丁度時間も空いたから久々におばあちゃんに会いに寄ってみたの。でもね、いつも親に車で送り迎えして貰ってたから土地勘がなくて、ちょっと迷子になってた所を助けてくれたのが、たっくんだったんだ」


 マジか……そんな偶然あるのか!


 中三の時か……言われてみると、確かにそんな事があったような気がする。


 駅でキョロキョロしている同年代ぐらいの女の子に、一度道を教えた事があったのだ。

 その女の子は、サングラスにマスクをしており露骨に怪しい格好をしていたからよく覚えている。


 まさか、あの時のあの子がしーちゃんだったと言うのなら、これはやっぱり運命的なものを感じざるを得ない――。



「大きくなってもね、わたし一目でそれがたっくんだって分かったの。わたしビックリしてね、その時は道を教えて貰った事にお礼を言うとすぐにその場から離れちゃったんだけど、逃げないでちゃんと話をしなきゃって思い直して振り返ったんだ。だけど、その時にはもうたっくんの姿はそこには無くて、もう本当何やってるんだわたしのバカ!せっかく再会出来たのに!ってあの時の自己嫌悪は凄かったなぁ」


 そしたら、もう少し早く再会出来てたかもしれないのにねと、しーちゃんは困り顔で微笑んだ。



「でもその一件で、わたし思い出したの。元々たっくんに見付けて貰うためにアイドルになったのに、気が付いたらアイドルとして毎日が忙しくなっちゃってて、たっくんの事まで忘れてしまいそうになってたの。だけどあの時、駅で偶然たっくんに見付けて貰って、わたしはアイドルになった最初の気持ちを思い出したんだ」


 そうだったんだね。

 しーちゃんもアイドルとして日々を過ごす中で、段々と昔の事を忘れかけてしまっていたんだ。


 無理もない。

 けど俺は、忘れようとしていた自分の事は棚に上げて、しーちゃんの中から自分が消え去りそうだった事にドキリとしてしまった。


 それは嫌だなって、思ってしまったのだ。



「あのままアイドルを続ける選択肢もあったと思う。だけど、それじゃ本当にわたしのしたい事が出来ないって気が付いたの。だからわたしは、アイドルをやめてこの街に引っ越してきて、それからたっくんと同じ高校に入学したんだよ」


 顔を赤らめながら、しーちゃんがこの街に、そして同じ高校へ入学してきた理由を語ってくれた。


 トップアイドルとして成功していたしーちゃんが、俺なんかと再会する方を選んでくれた事が凄く嬉しかったし、それと同時に俺なんかの為に本当に良かったのだろうかと不安になってしまった。


 引き換えにしたものが、あまりにも大きすぎる……。



「あ、でも元々親にも学業に集中するようにも言われてたし、その上でわたしはわたしのやりたい事をいつも自分で決めて行動してるだけだから、たっくんはわたしがアイドルを辞めた事とかは全然気にしなくても大丈夫だからね!」


 俺の気持ちを察したしーちゃんが、すかさずフォローしてくれた。

 それでもやっぱり……という思いは残ったが、それ以上にこうして今再び隣に座っているしーちゃんとの時間を大切にする方が大事だろと、俺は自分の気持ちを引き締め直した。



「そっか、じゃあ尚更これからしーちゃんと一緒に楽しい時間を過ごさないとだね」

「フフ、そうだよ。またあの時みたいに、わたしに色々教えて下さい」

「任せて下さい」

「宜しくお願いします」


 それから俺達は、お互いの顔を見ながら思いっきり笑い合った。

 なにはともあれ、こうして思い出の公園で再び一緒になれたんだ。


 今はそれでいい。それだけで十分だった。


 俺は再びこうして出会えたしーちゃんの微笑む顔を見て、もう二度と離れない事を誓った。



 そして最後に、今の話の中でどうしても気になっていた事があったから聞くことにした。


 今のこの感じならきっと大丈夫だろうと、俺はしーちゃんに対して一歩踏み込んだ質問をする事にした。





「ところでさ、なんでしーちゃんは俺が今の高校に入る事知ってたんだ?」


「え?それは探て……じゃなくて、え、えーっと、あれだよ!あれ!」


「あれ?」


 俺の質問に目をぐるぐるさせながら露骨に慌てるしーちゃんは、やっぱり今日も挙動不審だった。



「う、うん!たっくんなら、この高校なんじゃないかなぁーって!」


「そんな博打で、アイドル辞めてこの街に来たっていうの!?」


 それはあまりにも大胆すぎるだろと、無理の有りすぎる説明をするしーちゃんに俺は思わず笑ってしまった。


 そんな笑う俺を見て、「たっくんのいじわる……」と拗ねて俯くしーちゃん。



「……調べたの。たっくんがどこの高校に行くか、とっても色々調べたのっ!!だって!!」


「だ、だって?」


「どうしてもわたし、たっくんと同じ高校に行きたかったんだもん!!」


 顔を真っ赤に染めながら、本当の事をぶちまけたしーちゃん。

 その瞳はうるうると潤んでいて、拗ねたように少し頬を膨らませてるその姿は、もう抱き締めてしまいたくなる程とにかく可愛かった。


 調べたって、どこまで調べられたんだろうなぁ……なんてちょっと恐怖しながらも、それ以上にそうまでして俺と同じ高校へ行こうとしてくれてた事が嬉しかった俺は、まぁいいかとこの件は水に流す事にした。


 そして、そうまでして俺の近くに居ようとしてくれたしーちゃんに、俺も何かお返ししないとなと思った。



「分かったよ。じゃあ俺からも、そんなしーちゃんにお返ししないとね」

「……お、お返し?」

「うん、ちょっと一緒に来て貰えるかな?」




 それから俺は、しーちゃんを連れて近くの駄菓子屋へとやってきた。


 あの夏ぶりにやってきたこの駄菓子屋に、「わぁ!懐かしい!」と喜ぶしーちゃんに、俺はあの頃よく一緒に食べたアイスを二つ買って一つ渡した。



「あの頃みたいに、一緒に食べよっか」


「うんっ!たっくんありがとうっ!」



 嬉しそうに返事をするしーちゃんは、やっぱりあの頃と何も変わってなんていなかった。



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