41話「二人きりなら」

 放課後。


 俺は三枝さんと共に駅前へ向かって歩いている。


 孝之と清水さんはというと、総体予選を無事勝ち進んでいる事から孝之は今日も部活が入っており、清水さんはそんな孝之を少し応援をして行くとの事で、二人とは教室でバイバイをしてきた。


 そのため、今日の放課後は俺と三枝さん二人きりで三枝さんの行きたいお店へと向かうことになった。


 当然、今日はグループではなく俺と三枝さん二人きりで歩いているため、いつも以上に校内のあちこちから視線がこちらへと集まっていた。


 だが、俺達がしーちゃんたっくんと呼び合っている事はもう既に広まっており、周囲からこうして一緒にいる事を驚かれる事は少なくなっていた。


 じゃあ今、何故それなのにこちらを見られているのかというと、それは単純に嫉妬や羨望の眼差しに他ならない。


 みんなの憧れのスーパーアイドルしおりんを連れて歩いているのだ、むしろこうなる事の方が普通なのであって、だからと言って俺はもうこの程度で二の足を踏む程迷ったりはしない。


 ちなみに隣の三枝さんはというと、今日これから向かうお店が楽しみなのか、満面の笑みを浮かべながら弾む足取りでルンルンと歩いている。


 そんなご機嫌な三枝さんの姿が、また周囲の視線を惹き付けてしまっているわけだが、これもまた仕方の無い事だった。




 ◇



 俺達は、駅前から少し離れた所にある、一見してここがカフェだとは分からないような穴場なお店の前へと到着した。



「こ、ここ?良く知ってたね」

「うん、この間雑誌で調べたんだ」


 驚きながら俺が問い掛けると、三枝さんはニッコリと微笑みながら答えてくれた。


 雑誌で調べた……なるほど、この間のコンビニでカフェデッキを披露してくれたあの日だなと、俺は挙動不審マシマシだったあの日の三枝さんを思い出した。


 ――脳内カフェ一色。

 あの日の三枝さんは、中々手強かった。



 お店の扉を開くと、店内は入り組んだ構造になっており、そしてどうやら全席個室になっていた。


 俺達はすぐにやってきた店員さんに連れられて、二人用の個室席へと案内された。


 アンティーク調の赤いソファーが二つ向かい合う形で置かれ、その中心には焦げ茶色のこれまたアンティーク調の小さめの机が置かれていた。


 なんていうか、そこは女の子が好きそうなとてもオシャレな空間だった。



「わぁ、雰囲気いいね」

「そ、そうだね」


 俺達は互いに向かい合う形で腰掛けると、そのまま置かれたメニューに目を通した。


 だが、こうして個室で三枝さんと二人きりになるなんて思っていなかった俺は、この状況に少しドキドキしてしまっていた。



「あ、私このチョコレートパンケーキがいいかも」

「ん?あぁ、美味しそうだね。俺もそれにしようかな」


 正直まともに食べたいものを選んでいる余裕の無い俺は、三枝さんと同じもの頼む事で注文を済ませてしまおうと思った。


 だが、俺がそう言うと何故か露骨に不満そうな顔をする三枝さん。


 あれ?俺なにかミスしたかなと、今度は焦りによるドキドキが加速してしまう。



「じゃあ、注文していいかな?」

「……お、おう」


 ちょっと膨れながらも三枝さんは、注文のため店員さんを呼んだ。



「たっくんは、このチョコレートパンケーキでいいんだよね?」

「う、うん。同じので……」

「じゃあ、このチョコレートパンケーキ一つと、こっちのココナッツパンケーキ一つ下さい!」


 三枝さんはそう言うと、注文を終わらせてしまう。

 俺はてっきりチョコレートパンケーキを二つ注文するもんだとばかり思っていたから、直前で注文を変えた事に少し驚いた。


 どうしてなんだろうと三枝さんの顔を見ると、何故か少し不機嫌そうにその顔を赤くしながら水を飲んでいた。


 それから暫くするとパンケーキが二つ届けられ、三枝さんはさっきの不機嫌さもどこかへ消し飛び、前と同じようにワァーとその目をキラキラとさせて喜んでいた。



「写真写真♪」

「あ、そうやってまた俺の事隠し撮りする気だったり?」


 嬉しそうにパンケーキを撮る三枝さんを見て、前回俺の事を隠し撮りされた事を思い出した俺は冗談混じりに聞いてみた。


 すると、三枝さんは「もうしないよー♪」と答えながら、そのままスマホを俺の顔に向けてくると「次は直接撮るから♪」と俺の顔をカシャッと一枚撮影してきた。


 急に撮られた事に戸惑う俺を見て、悪戯が成功した三枝さんは楽しそうにコロコロと笑っていた。

 そんな楽しそうに笑う三枝さんはやっぱり可愛くて、まぁ俺もそんな姿が見れた事で良しとする事にした。



「じゃあ、食べよっか」

「うん!」


 三枝さんはパンケーキを一口食べると、頬っぺたに手を当てながら「んんー!」と本当に美味しそうな表情を浮かべていた。


 その表情は本当に幸せいっぱいといった感じで、もしまだ三枝さんが芸能活動を続けていたなら、絶対に食レポの仕事をすべきだと思ってしまう程に、美味しそうに食べる三枝さんを見ているだけでこっちまで幸せな気持ちになれた。


 俺も一口食べて見ると、口の中に甘いチョコレートの味が広がり、確かに三枝さんがあんな顔になるのも頷けるといった感じでとても美味しかった。



「ど、どう?」

「ん?うん、美味しいよ」


 パンケーキを食べる俺を見つめながら、三枝さんは何故かちょっと緊張したような面持ちで味を聞いてきた。

 元々食べようとしていたこっちの味も気になるのかなと、俺はちょっと悪いことしたかなと思いながらも素直に美味しいよと答えた。


 すると三枝さんは、少し顔を赤くしながら「そ、そっかー、こ、こっちも美味しいよー」と若干棒読みで言いながら、皿の上のパンケーキを丁度一口サイズに切り分けた。


 そして、三枝さんはまさかの行動に出る。



「は、はい、たっくん、ア、アアア、アーン」


 なんと三枝さんは、その切り分けていたパンケーキにフォークに刺すと、それをそのまま俺に向かって差し出して来たのだ。


 その顔は真っ赤で、恥ずかしさで言葉もカミカミだったのだが、俺はそんな三枝さんを前にそんな事を気にする余裕なんか全く無くなっていた。


 そして、今にもフォークから落ちそうになる生クリームを見て、俺は覚悟を決めて三枝さんの差し出すパンケーキを慌ててパクリと食べた。


 そのパンケーキは、俺のチョコレートとは違ってココナッツの風味が効いていて、とても美味しかった……のだが、そんな味なんて俺の中では二の次だった。


 何故かいきなり三枝さんにアーンをして貰えた事に、俺の顔は茹でダコのように真っ赤になっているのが自分でも分かった。



「ね?お、おおお美味しいでしょ?」

「そ、そそそうだね!お、美味しかったよ!そっちにしたら良かったかなーなんてハハハ」


 俺達は互いに、恥ずかしさを紛らわすように笑い合った。


 しかし、たった今三枝さんと間接キスをしてしまったという事実に、俺のドキドキは最高潮に達してしまっていた。


 元国民的アイドルで、学校でも一番の美少女で、そして俺の想いを寄せる女の子と間接キスをしてしまったのだ。

 こんな状況で、ドキドキしない方が可笑しいってもんだ。



「た、たっくん……」

「ど、どうした?」


 そんなドキドキが止まらない俺に、少し俯きながら恥ずかしそうに声をかけてくる三枝さん。



「たっくんの方のも、その、食べてみたいなぁーって……」

「へっ!?」


 俺は思わず変な声が出てしまった。


 それはつまり、今三枝さんが俺にしてくれた事を、今度は俺にしろという事だろうか?


 もしかして三枝さんは、それをするためにこんな個室のお店で、それぞれ別々の注文になるように仕向けたのだろうか。


 思い返せば、今日の昼休みLimeしてきた時の様子からも、そう考えると全て辻褄が合う。


 孝之と清水さんのアーン合戦に触発されて、だからこうして二人きりの状況で同じ事をしようと……



「れ、練習!」

「え?」

「ア、アーンの……練習だから!!」


 この前の手繋ぎに続いてですか!?と思ったけど、恥ずかしそうにそう話す三枝さんを見ていたら、もう細かい話はどうでもいいやと思った。


 ここまで女の子にさせておいて、断ったりはぐらかしたりするなんて男が廃るってもんだ。


 それに、許されるなら俺だってしたい!!


 俺は覚悟を決めると、丁度食べやすいサイズにパンケーキを切り分け、それを三枝さんに向かって差し出した。



「は、はい、しーちゃん。アーン」

「ア、アーン」


 三枝さんのぷっくりとした麗しい唇が開かれる。

 そして、俺はドキドキしながらも、あの時の孝之と同じようにその口の中へとパンケーキを入れる。



「……美味ひぃね」


 俺の差し出したパンケーキをモグモグと食べながら、満足そうに微笑む三枝さん。


 そんな満足そうな三枝さんを見ていたら、先ほどまでの恥ずかしさより幸せな気持ちの方が優ってきて、俺も思わず笑顔が溢れてしまった。


 あぁ、やっぱり大好きだなぁと思いながら、俺はそれからもパンケーキを食べ終わるまで三枝さんと二人きりの時間を楽しんだ。


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