42話「帰り道と同級生」

 カフェを出て、俺達は駅へ向かって歩いていた。


 お互いにアーンをし合った事は、思い出すだけでもドキドキしてくるのだが、それからは今まで通り他愛ない話をしながら楽しい時間を過ごす事が出来た。


 今日だってそうだが、最近は三枝さんが近くにいてくれるだけで、とにかく毎日が楽しい。


 ちょっと……いや、割と挙動不審だけど、色んな表情を見せてくれる三枝さんが居てくれるだけで、なんでも無いことまで新鮮に楽しく感じられるのだ。


 今も隣でニコニコ歩いている三枝さんが何を考えているのかは分からないが、こうして一緒にいる時間を楽しそうにしてくれてる事が、俺はとにかく嬉しかった。




「あれ?一条くん?」


 だが、そんな穏やかな二人の間に、突然誰かから声がかけられた。


 何故かいきなり、俺の名前を呼ぶ女性の声がしたのだ。


 いつもだったら、隣の三枝さんに注目が集まるのだが、平凡を絵に描いたような俺に声がかかるなんてパターンはほんとにレア過ぎて、一体誰だ?と慌てて俺は声のした方向を振り向いた。


 するとそこには、同じ中学だった女子が友達の女の子二人を連れて手を振りながら立っていた。


 彼女の名前は、愛野香織あいのかおり

 中学時代、クラスのカーストの頂点に居た彼女は、男女共にとても人気のあった女の子だったから、俺でもよく覚えている。


 茶色に染めたロングヘアーをポニーテールでまとめており、猫を思わせるようなその吊目が特徴的な、美人だけど愛嬌も合わせ持った誰が見ても美人と称する女の子。それが愛野さんだ。


 そんな愛野さんは、制服の白シャツのボタンを胸元まで開けており、そして紺のスカートもこれでもかってぐらい短くした誰がどう見てもギャルだった。


 他の友達二人も、面識は無いのだが愛野さんに負けず劣らずの美人さんで、そして愛野さん以上にいかにもなギャルな見た目をしている。


 そんな、うちの高校には居ない美人ギャル三人組に突然話しかけられた俺は、あまりの不意打ちにどうしたらいいのか分からず情けなくも戸惑ってしまった。


 何より、今隣には三枝さんがいるのだ。

 別に、愛野さんに他意が無い事は分かってる。

 ただ同級生が居たから、声をかけてみただけの事だろう。


 だがそれでも俺は、女の子を連れてる状態で他の女の子と会った時の上手い対処法なんて持ち合わせてはいないのだ。


 隣に目をやると、眼鏡で一応変装している三枝さんがジトーッとした視線を黙ってこちらに向けてきていた。



「やっぱ一条くんだ。やっほー!久しぶりだねー!」

「あ、あー、うん、久しぶり」

「ん?なになに?あ、もしかして今彼女とデート中だった?」


 ニヤニヤと笑いながら、早速いじってくる愛野さん。

 彼女は中学時代から、こうして隙あらば俺の事をいつもいじってくるのだ。



「何々、彼デート中だったんじゃないのー?ダメだよ香織邪魔しちゃー」

「あーでも、よく見るとイケメンじゃん?香織イケメン好きだからなぁー」


 愛野さんの友達も、この状況を面白がって愛野さん含めていじってきた。

 類は友を呼ぶとはよく言うが、この時初めてなるほどと思った。


 今目の前には、愛野さんが三人いるようなもんだった。



「まぁイケメンは好きだし、ぶっちゃけ一条くんは結構タイプだった的な?」


 そんな友達に対して、小悪魔っぽい笑みを浮かべながらそんな事を言って、また俺の事をおちょくってくる愛野さん。


 仮にも三枝さんがいるこの状況で、そういうのは本当に勘弁して頂きたい。



「で?そちらは彼女なの?」

「い、いや……」


 答えようとしたが、俺は言葉に詰まってしまう。

 だって、三枝さんは彼女ではないから。


 本人の目の前で勝手に嘘を付くわけにもいかないし、だからと言ってここで好きな相手だなんだと言ったら、それはそれで三枝さんを困らせてしまうかもしれない。



「え?彼女じゃないなら、一条くん今度遊ぼうよ!Lime交換しよー!」

「じゃあうちらにもLime教えてよー!うちの学校チャラいのばっかだし、こういう誠実そうな男子ってぶっちゃけいいよねー!」


 こうしてハッキリ答えれなかった俺は、何故かギャル三人に連絡先を教えてと詰め寄られてしまう。




「ねぇ、たっくん。その子達はお知り合い?」


 三枝さんの目の前で連絡先の交換なんて出来るわけがない俺は、どうこの危機を乗り越えようかとあわあわしていると、すっと真横に立った三枝さんがニッコリと微笑みながら聞いてきた。


 その顔は笑っているが、その心は笑っていないような雰囲気が漂っていた。


 そして三枝さんは、変装用の眼鏡を外すと今度は愛野さん達の方を向いた。



「初めまして、のお友達の三枝紫音です」


 三人に向かって、素顔を晒しながらニッコリと張り付いたような笑みを浮かべて自己紹介をする三枝さん。


 愛野さん達は当然、俺の隣に居たのがまさかエンジェルガールズのしおりんだとは思いもしなかったため、突然目の前に有名人が現れた事に驚き文字通り石のように固まってしまっていた。



「う、嘘……本当にしおりん……!?」

「はい、そうですよ。今はただの高校生で、そしてたっくんのクラスメイトなんですけどね」


 何とか口を開いた愛野さんに、ニッコリと返事をする三枝さん。



「え、てか何?たっくんって……」

「卓也くんだからたっくんですよ?ね、たっくん?」


 そう言うと、俺の方を向いてニッコリと微笑む三枝さん。

 しかし、その笑顔の奥に潜んだ圧に気圧された俺は、その意図を汲んで「そ、そうだね、しーちゃん」と返事をした。


 すると、俺が三枝さんの事を『しーちゃん』と呼んだ事に更に驚く三人。



「あのさ、や、やっぱり二人って……」

「さぁ、どうでしょうね?それで、たっくんに何か用事があったんですよね?」

「え?い、いや……うちらはもういいよ、ねぇ?」


 愛野さんは、顔を引きつらせながら他の二人に確認すると、他の二人も黙ってコクコクと頷いた。



「そうですか?それじゃあ私達は帰宅途中だったので、これで失礼させて頂きますね」


 それじゃあと、三人の元から離れるように俺の腕を引いて歩き出す三枝さん。


 こうして俺は、情けなくも三枝さんに危機的状況を助けられてしまったのであった。




 ◇



 暫く歩いたところで、三枝さんは掴んでいた俺の腕を離すとくるりと振り向いた。


 その顔は、思いっきしプクーっと膨れてしまっており、誰がどう見ても不機嫌な様子だった。



「たっくん!」

「は、はいっ!!」


 三枝さんに名前を呼ばれた俺は、慌てて返事をする。

 さっきの出来事は、ハッキリと答えられなかった俺が悪い。


 ここは、甘んじて説教なりなんなり受けるしかないと覚悟を決めた。



「たしかに、私達はその、つ、付き合ってるわけじゃないけど!今日は私とたっくんで遊んでるわけでっ!」

「はい!」

「他の子とは、その、お話してもいいけど!でも!」

「はい!」

「あ、ああ、あの子とは遊びに行くの!?」

「い、行きません!」

「じゃ、じゃあ!わ、わたしが言える立場じゃないけど、その!」

「は、はい!!」


 そして三枝さんは、一度深呼吸をして再び言葉を続ける。




「……あ、あの子達と遊びに行くぐらいなら、その……私ともっと、遊んで下さい……」



 頬を赤く染め、恥ずかしそうに視線を外しながらそんな言葉を口にする三枝さん。


 そんな三枝さんの様子は、これまで見せたどの顔とも違っていて、そしてとても愛おしかった。


 だから俺は、そんな三枝さんに向かって今度こそちゃんと返事をする。



「……うん、誘うよ。お、俺も、もっとしーちゃんとその、遊んだりしたいです」


 俺の返事を聞いた三枝さんは、恥ずかしそうにしながらもとても嬉しそうで、そしてどこか安心したような表情を浮かべた。



「あ、ありがとう……」

「こ、こちらこそ……」


 お互いにお礼を言い合うと、なんだか急に可笑しくなって俺達は笑い合った。

 そして、帰ろっかと再び駅へと向かって歩き出した。


 それから駅に着くまで、お互いこれからやりたい事とかを話し合ったこの時間は、とにかく楽しかった。



 もうすぐ夏休み。


 高校生になった俺は、どうやらこれから楽しい夏が送れそうな事に、今からワクワクが止まらなかった。


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