38話「想い」※第一章完
無事試合が終わり、俺も個人的に孝之にちゃんとおめでとうを伝えると、それから体育館から少し離れた人気の無いところで待っている三枝さんと清水さん二人と合流した。
二人とも先に出ていっちゃったけどどうしようと思っていたところ、二人の居る場所についてグループLimeで送られてきていたため、本当にLimeって便利だなと実感した。
それから俺達は、暫くさっきの試合の感想とか色々と話をしながら時間を潰していると、試合後のミーティングを終えた孝之が急いでやってきたため、そのまま四人で一緒に帰宅する事にした。
会場の学校を出ると、三枝さんの事もあるし俺達は人気を避けるため、ちょっと遠回りして近くの大きな川沿いを歩きながら駅へと向かった。
「みんな、改めて今日は応援ありがとうな」
孝之はニカッといつもの笑みを浮かべながら、俺達に向かって改めてありがとうと言った。
だが、あんな物凄い試合を見せてくれた今日の孝之は、まるでヒーローのようでいつも以上に格好良く見えた。
隣を見ると、三枝さんは微笑み、そして清水さんは頬を赤く染めながら、そんな孝之の事をぼーっと見つめていた。
「あ、そうだたっくん!せっかくこの街に来たんだから、わたしどうしても行きたいお店があるの思い出した!良かったら、一緒に行かない?」
突然立ち止まった三枝さんは、俺の服の裾を摘まみながらいきなり俺を誘ってきた。
そして、俺の影に隠れながら三枝さんは、清水さんに向かって一回ウインクをする。
突然そんなウインクをされた清水さんはというと、ガチガチに固まった様子で緊張したような笑みを浮かべていた。
「お店?うん、いいよ」
そんな急な三枝さんの誘いだったが、今のウインクがどういう意味かを理解した俺は、その誘いを二つ返事でオッケーした。
今日ここへ来たもう一つの目的を達成するためにも、今が絶好のタイミングなのだ。
「え、お前らどっか行くのか?」
「お、おう、でも孝之は疲れてるだろ?だから今日は真っ直ぐ帰った方がいい」
どっか行くなら俺もと言いたそうな孝之を、俺は先回りして先に帰るように促した。
そして、そんな孝之に向かって俺がアイコンタクトを送ると、俺が何を言いたいのか理解した孝之は、恥ずかしそうに少し顔を赤らめながらも「そ、そうだな」と言い、そしてそのまま清水さんと向き合った。
「清水さんは、その……良かったら、近くの駅まで一緒に帰らないか?」
恥ずかしそうに頭をかきながら、孝之は勇気を出して清水さんを一緒に帰ろうと誘った。
そんな孝之の誘いに、清水さんは顔を真っ赤にしながら無言でコクコクと頷いた。
そんな二人のやり取りを見届けた三枝さんは、「じゃあ、さくちゃんとは今日はここでバイバイだね!」と言いながら、清水さんの背中を優しくポンと押した。
そして俺も、「じゃあ、また今度な!」と孝之の背中を軽く押す。
俺と三枝さんそれぞれに背中を押された二人は、さっきより近付いてしまったその距離に、お互いに顔を真っ赤に染めながら向き合った。
「じゃ、じゃあ、帰ろうか」
「う、うん」
こうして、俺達に別れを告げると二人は並んで駅へと向かって歩き出した。
そんな孝之と清水さん二人の背中を、俺と三枝さんは近くに隠れながらそっと見守った。
「……上手く行くといいね」
「うん、あの二人ならきっと大丈夫だよ」
微笑みながら呟く三枝さんに、俺も微笑みながら答えた。
それから暫く二人の背中を見送っていると、急に孝之が立ち止まった。
何事かとその様子を伺うと、孝之は隣にいる清水さんへと向かい合うと、そのままガバッと頭を下げた。
そして、何かを言いながら清水さんに向かってその手をバッと差し出す。
清水さんは、そんな孝之に一瞬戸惑った様子だったが、孝之の言葉を聞いて嬉しそうに微笑むと、そっと孝之の手に自分の手を重ねた――。
そして二人は、可笑しそうに笑い合ったあと、そのままその手を繋ぎながら再び駅へと向かって歩き出した。
離れているため二人の声はちゃんと聞こえなかったが、今二人に何があったのかは今の光景で流石に分かった。
「――二人とも、おめでとう」
夕日に照らされた二人の背中に、俺は感激で泣きそうになりながらそう呟いた。
隣の三枝さんはというと、もうサングラスは外してしまっており、そんな二人を見ながら普通に涙を流していた。
そして、三枝さんは泣きながらも「良かったね」と俺に最高の笑顔を向けてくれた。
俺はそんな三枝さんを見て、我慢していたものが一気に溢れ出してしまい、不覚にも一緒に泣いてしまった。
女の子の前で泣くなんてめちゃくちゃ恥ずかしいけど、これは嬉し涙だからセーフだセーフ。
「……ねぇ、たっくん」
それから、幸せそうな二人が見えなくなるまで見送ったところで、三枝さんが前を向いたままそっと話しかけてくる。
「ん?どうした?」
「なんていうか、二人を見てたら良いなぁって思って」
「……うん、そうだね」
良いなぁという三枝さんに、俺も頷いた。
無事結ばれた二人を見ていたら、俺だってめちゃくちゃ恋をしたくなってしまったのだ。
「だから、ね?あんな風に手を繋ぐのって……どんな感じなんだろうなって思って……」
そう言うと、俺の顔を真っ直ぐ見つめてくる三枝さん。
その頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
俺はそんな三枝さんの様子に、急に胸がドキドキと高鳴り出してしまう。
「……だから、練習」
「れ、練習?」
「うん、練習で……手を繋いで、みよ?」
そう言うと、三枝さんは俺の手にその小さくて柔らかい手をそっと重ねてきた。
そして、恥ずかしそうに俺の事を見つめてくる三枝さんを前に、俺ももう止まる事なんて出来なかった――。
「うん……練習、ね」
俺はそう答えると、そのまま三枝さんの手をぎゅっと握り返した。
「じゃ、じゃあ行こうか」
「う、うん」
そして、手を繋ぎながら俺達も駅へと向かってゆっくりと歩き出した。
そんな俺達二人の顔は、目の前の夕日のように真っ赤に染まっていた――。
◇
「エヘヘ、エヘヘヘ♪」
「どうかした?」
「なんでもないよーエヘヘ♪」
手を繋ぎながら川沿いを歩いていると、気が付けば三枝さんはずっとこんな調子で嬉しそうに微笑んでいた。
「そっか、なんでもないかー」
「うん、なんでもないよーエヘヘ♪」
そんな、本当に楽しそうな三枝さんを見ていると、俺まで自然と笑顔が溢れてしまう。
「ねぇ、たっくん見て」
そう言われて俺は、三枝さんの指差す先へと目を向ける。
するとそこには、流れる川が夕日で煌めいており、とても綺麗な景色が広がっていた――。
「綺麗だね……」
無邪気な笑顔を浮かべながら、景色を眺める三枝さん。
しかし俺の目には、そんな綺麗な景色もあまり入ってはこなかった。
何故なら、夕日に照らされながら微笑む三枝さんの姿の方が、広がる景色以上に美しかったから――。
そして、そんな三枝さんに対して俺は、もう自分を誤魔化す事は限界な事に気が付いた。
だから、これまであーだこーだ理由をつけては避けてきた一つの気持ちに対して、俺はちゃんと向き合う決心をした。
――俺は、三枝紫音の事が大好きだ
だからもう、相手はアイドルだからとか、高嶺の花だとか、そんな事を言い訳にするのは終わりにしよう。
釣り合わないと思うなら、釣り合う男になればいい。
この気持ちと向き合うという事は、そういう事だ。
だから今は練習でも、いつか本当にこの手を掴んでみせるからと、俺は隣で微笑む三枝さんに向かってそう強く誓ったのであった――。
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