37話「負けられない戦い」
――試合開始の笛が鳴る。
最初のジャンプボールは、相手の孝之以上の長身の選手に簡単に取られてしまった。
そして、ボールを取った相手からの速攻が仕掛けられると、簡単に先制点を許してしまう。
やはり地区大会ベスト4常連校なだけあって、一回戦の相手とはまるでレベルが違った。
「ドンマイです!一本ずつ返しましょう!」
そんなレベル差に少し怖じ気づく様子の先輩達へ向かって、孝之はニッコリと微笑みながらまずは一本返そうと言った。
そんな孝之の言葉に、そうだなと気合いを入れ直す先輩達。
この試合に負けたら、自分達の夏も終わってしまうのだ。
だからこんな、相手のたったワンプレーにビビっている場合ではなかった。
しかし、ディフェンスをする相手チームに目を向けると、平均身長がこちらとは違いすぎた。
大体プラス5センチはあるだろうか、たった5センチとも思えるが、バスケというスポーツにおいてこの5センチは大きな差となって現れる。
うちのチームで一番背の高い孝之には、相手の一番背の高い選手がマンツーマンでマークにつく事で、孝之の身長のアドバンテージまで見事に防がれてしまっていた。
そんな、格上だけど全く容赦の無い相手チームを前に、ベンチのメンバー含めやはり嫌な空気が流れてしまっていた。
――だが、孝之だけは違った。
孝之をマークする選手は、相手のセンターポジションをしている選手だ。
対して孝之は、その長身にも関わらずポジションはスモールフォワードなのである。
つまりは、長身を活かしたポストプレーを得意とするのではなく、スピードとテクニックで相手を抜き去る事が出来るメンバーが務めるポジションであり、孝之はチームで一番のテクニシャンという事だ。
早速パスを受けた孝之は、軽くフェイントを入れながら一気に中へと切り込んだ。
普段センターを守っている相手選手は、そんな素早い孝之の動きには全く付いて行けず、孝之は簡単に相手のマークを外すとそのまま楽々とシュートを決めてみせたのであった。
相手はシード校であり、そんな強豪高校の初戦という事で他校のギャラリーも多くいたのだが、そんな孝之のプレーに周囲から「おおお!」と歓声が沸いた。
「おい!あいつ一年か!?なんであんな奴と一回戦で当たるんだよ!」
と、恐らく相手のキャプテンであろう選手が孝之のワンプレーを見ただけで驚き、警戒を高めていた。
だが、それからも孝之を中心とした攻撃を止めることは出来ず、相手は強豪校でありながらお互いに点を取り合うシーソーゲームの展開となっていた。
そんな緊迫のゲーム展開に、どんどんギャラリーは増えていく。
気が付けば最終クォーター、ついにベンチから渡辺くんが出てきた。
――そして渡辺くんは、なんと孝之に対してマンツーマンを任されていた。
「まさか、うち相手にここまでやってくれるとはね」
「言ったろ?負けないって」
ちょっと焦った様子の渡辺くんが孝之に向かって嫌味を言うが、孝之は全く気にする様子もなく普通に言葉を返していた。
そんなまだ余裕のある孝之に、渡辺くんは更に不快そうな表情を浮かべていた。
それからも、孝之の無尽蔵な体力のもと攻撃が止まる事は無かった。
さっき出てきたばかりの渡辺くんですらも、孝之のドライブのスピードには全くついていけてなかった。
正直、あれだけ大見得をきっていた分、その姿は普通にダサかった。
だがそれも、渡辺くんが下手と言うより、孝之が上手すぎるのだ。
渡辺くんだけでは孝之は止められないと判断した相手チームは、なんと孝之にもう一人ディフェンスをつけてきた。
これでは流石の孝之でも簡単には切り込めないため、流石に動きを止められてしまう。
――だがバスケは、5対5のスポーツだ。
孝之に二人マークについているのであれば、こちらは必ず一人フリーになっているという事だ。
だから止められた孝之は、そのままノールックでパスを出す。
そんな孝之のトリッキーなプレーに、相手は意表を突かれて全く反応出来なかった。
そしてパスを受けたのは、孝之をマークする相手選手が先ほどまでマークしていたセンターの先輩だった。
こうして、完全フリーの状態でパスを受けた先輩がそのままシュートを決めると、ついにこの試合初めてのリードを奪ったのであった。
中学時代ように、孝之のワンマンチームだったら今の相手の作戦は有効だったかもしれない。
だが今のチームは、孝之以外にも点を決めれる選手は沢山いるのだ。
だから孝之は、自分が止められたのなら安心して任せれる味方にパスをするだけだった。
ピィー!
相手はたまらずタイムアウトを取った。
これまで散々孝之対策を仕掛けてきた相手だが、孝之はその全てを見事に掻い潜り、そして得点をし続けたのであった。
それは、孝之だけの功績ではない。
さっきみたいに孝之に相手が集中したら、孝之は味方にパスをしてチームとして得点をあげる。
そしてまた、孝之へのマークが弱まれば孝之にボールを集めて得点するという、相手からしてみれば1対1で孝之に勝てない以上どうしようもない状態に陥っていた。
そんな、ここまで怒涛の活躍をする孝之に、俺も三枝さんも、そして清水さんも驚き、シーソーゲームを繰り広げる試合に釘付けになってしまっていた。
マジでかっこいいよ、孝之――。
本気になった孝之は、もう誰にも止められなかった。
作戦会議をする相手のベンチでは、渡辺くんが悔しそうな表情を浮かべていた。
全く疲れていない自分でも、試合に出っぱなしの孝之を抑える事すら出来なかったのだから、さぞかし悔しい事だろう。
スコアを見ると、87対86。
両チームかなりのハイスコアで、点取り合戦となっていた。
残り時間は僅か2分とちょっと――。
正直どちらが勝っても可笑しくない展開に、周囲の注目も一際高まっていた。
◇
試合が再開される。
相手チームのボールでのスタートであり、ここは確実に得点しなければならない場面の相手は、慎重にハーフラインまでボールを運んだ。
そして、相手は堅実にセットプレーでフリーな選手を作る。
その結果、スクリーンでディフェンスから逃れた渡辺くんがフリーとなった。
そのままパスを受けた渡辺くんは、一気に中に切り込んで長身を活かしたレイアップシュートの体勢に入る。
だが、そんな渡辺くんに反応したのは孝之だった――。
孝之は、物凄い勢いで渡辺くんの元へと駆け寄ると、リングに向けて放たれたボールに後ろから飛び付くと、なんとそのままボールを下に叩き落としたのである。
そして、転がったボールを味方がキャッチし、見事相手のオフェンスからボールを奪ったのであった。
そのワンプレーに、会場は一気にどよめいた。
そしてその中には、「キャー!」という黄色い声援まで含まれていた。
見ると、これだけ熱いゲームをする孝之に、他校の女子達が手を取り合いながらキャーキャーと観戦しているのである。
それも、その数は一人二人では無かった。
その状況に気が付いた清水さんは、ムゥっとした顔をしながら立ち上がると、
「がんばれ山本くん!!負けないで!!」
と負けじと叫びながら、一生懸命孝之にエールを送った。
普段引っ込み思案な清水さんによるそんな精一杯な声援は、どうやらちゃんと孝之の耳にも届いたようだった。
孝之はこちらに向かって小さくガッツポーズをすると、そのまま先輩からパスを受けて渡辺くんと1ON1の状態を作り出す。
残り時間は既に1分を切っていた。
つまりは、ここで孝之がゴールを決めれば、相手は一気に絶望的な状況に追い込まれる事になる。
その事は、ディフェンスをする渡辺くんも重々承知しているようで、その表情には全く余裕は無かった。
そんな渡辺くんに向かって、孝之はフッと微笑むと一気にドライブで切り込んだ。
しかし、絶対抜かれてなるものかと、必死に食らい付く渡辺くん。
だが孝之は、こんな場面であっても冷静であり――そして大胆なプレーに出た。
なんと孝之は、ドライブしていた足をピタッと止めたのである。
ここはワンゴール決めれば良い場面なため、絶対にそのまま中に切り込んでくるとばかり思っていた渡辺くんは、急に止まった孝之に付いて行けずバランスを崩してしまう。
そして止まった孝之の足元には、3ポイントラインが引かれていた。
立ち止まった孝之はボールを掴むと、そのままシュート体勢に入る。
ワンゴール決めれば良いこの場面で、まさかのリスクの高い3ポイントを狙う孝之に、敵も味方も意表を突かれたように驚いていた。
だが、このプレーはただリスクを負うだけではなかった。
孝之がこの3ポイントを決めれば、相手との得点差は4点差になり、例え相手がこのあと3ポイントを入れようとも逆転は不可能になるのだ。
恐らく孝之はそれを狙って、大胆にも3ポイントシュートを放った。
放たれたボールは綺麗な弧を描くと――――そのままゴールネットを揺らした。
そして、この孝之の得点が決定打となり、見事そのままシード校相手にうちの高校は大金星をあげたのであった。
駆け寄ってきた先輩達に、バシバシと背中を叩かれながら褒め称えられる孝之は、本当に嬉しそうに笑っていた。
先輩達も、まさかシード校相手に勝てるとは思っていなかったのだろう。
ここで自分達の夏が終わる事を覚悟していただけに、その目には涙が浮かんでいた。
そんな、美しい男の嬉し泣きに、思わず俺も貰い泣きしそうになってしまった。
対して、シード校でありながら初戦敗退してしまった相手校は、絶望の表情を浮かべながらその場から暫く動けないでいた。
「クソッ!!」
床に座り込んだ渡辺くんが、そう叫びながら悔しそうに地面を叩いた。
そして、俺の隣に座る清水さんと目が合うと、気まずそうにすぐに視線を外した渡辺くん。
流石にこの状況で、清水さんを誘うなんて真似は出来ないだろう。
俺はそんな渡辺くんを見て、正直スカッとした気分になった。
孝之のおかげで、これで彼にも良い薬になった事だろう。
そんな事を思っていると、隣に座ってる三枝さんが急にすっと立ち上がった。
そして、人が沢山いるにも関わらず、ずっとしていたサングラスをそっと外す三枝さん。
「山本くんに皆さんも、やりましたねっ!おめでとうございます!」
そしてそのまま、見事勝利したうちの高校のバスケ部のみんなの元へと歩み寄ると、天使のような笑みを浮かべながら賞賛の言葉を送ったのであった。
そんな、突然現れたエンジェルガールズのしおりんを前に、一気にざわつく会場内。
同じ学校に通っている事は知っていても、突然現れたしおりんに同じく驚くバスケ部のみんな。
「え……ハァ!?」
それは項垂れていた渡辺くんも同じで、突然現れたスーパーアイドルしおりんに口を開けて驚いていた。
そして、バスケ部のみんなに労いの言葉をかけると、満足そうに俺達の元へと戻ってきた三枝さんは、清水さんの隣にまたちょこんと座ったのであった。
隣の清水さんも、この状況にどうしていいのか分からずテンパっている様子だった。
「え?し、清水さん、しおりんと知り合いなの!?」
そんな清水さんの元へ、驚いた様子の渡辺くんがやってきた。
「さくちゃんは、私の友達だよ?」
そんな渡辺くんに、清水さんが返事をする前にニッコリと微笑みながら返事をする三枝さん。
「え、そ、そうなんだ!お、俺ずっとエンジェルガールズのファンで、清水さんとは中学の時の同級生で、その!」
なんと渡辺くんは、今度は清水さんではなく三枝さんに声をかけ出したのであった。
こいつどんだけだよと、正直思ってしまった。
「そうなんですね」
しかしニッコリと微笑み、アイドルムーブを崩さない三枝さん。
そんな三枝さんに、顔を真っ赤にしながらさっきまでの落胆が嘘のように嬉しそうな顔をする渡辺くん。
「あ、あの!俺――」
「んー、でもわたしは、山本くんも大事な友達なんだ。だから君、さっきさくちゃんと山本くんに変な事言ってたでしょ?」
「あ、いや、それは……」
ニッコリ微笑んだままそう告げる三枝さんを前に、渡辺くんは何て言ったら良いのか分からず言い淀んだ。
「わたしは、わたしの大切な友達の気持ちを考えられない人は、ちょっと苦手かなっ」
そう言うと、三枝さんは「行こ?」と清水さんの手を引いて、そのまま体育館から出ていってしまった。
こうして、清水さん、そして三枝さんにも拒絶された渡辺くんは、悔しさと恥ずかしさで酷く顔を歪めながら、その場にただ立ち尽くしていた。
俺はそんな哀れな渡辺くんを見ながら、三枝さんが何であんな事をしたのかようやく理解し、そして自分の身を晒してまで友達の為に動いてくれた三枝さんの事が、とても誇らしくて更に好きになってしまった――。
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