35話「試合当日」

 あれから一週間が経った。


 つまりは、ついに孝之の総体予選当日がやってきたのである。


 この一週間、俺は孝之と清水さんそれぞれから恋の相談を受けているわけだが、特に二人とも変わった素振りはなくこれまで通り普通に接していた。


 そんな二人の様子に安心した俺も、これまで通り振る舞う事が出来ていた……はずだ。


 『はずだ』というのは、俺の事なんて些細な問題でしかなくしている人物が居たからに他ならない。



 その人物の名は、三枝紫音――。


 彼女は、国民的アイドルグループでセンターを務めていた元スーパーアイドル美少女で、そして誰よりも誤魔化す事がスーパー下手っぴな女の子だ。


 よく言えば嘘をつけない性格なのだが、清水さんと孝之が話をする度、何故か三枝さんがあわあわと慌ててしまうのだから仕方がなかった。


 しかし、そんな挙動不審になる三枝さんのおかげで、孝之も清水さんも苦笑いする事で緊張が解れていたのだから、なんていうか結果オーライだったのだけども――。



 とまぁ、そんなこんなありまして、俺は今三枝さんと清水さんという美少女二人を連れて、電車に乗って総体予選の会場となる高校までやってきたのであった。


 今日の三枝さんの格好はというと、なんとこの間ケンちゃんのお店で買ったワンピースを着てきていた。


 駅前の待ち合わせにやってきた三枝さんは、楽しそうに俺の前でくるりと一回転すると、後ろで手を組みながら前屈みに「どう?似合うかな?」と首を傾げて聞いてきたのは大変ヤバかった。


 そりゃもう、本当に大変ですよ大変。


 映画のヒロインが現実で話しかけているような、まるでパラレルワールドへ迷いこんだような気分になった。


 俺は心の中で『しおりんしか勝たん!』と歓喜の声を上げながらも、「うん、やっぱりよく似合ってるね!今日も可愛いよ」と冷静を装いながら真摯に答えると、三枝さんは頬っぺたに両手を当てながら嬉しそうにクネクネしていた。


 それだけ今日着ているワンピースが気に入ってるんだなぁと、俺は嬉しそうにクネクネする三枝さんを微笑みながら温かく見守った。


 それから少し遅れてやってきた清水さんはというと、今日は白のブラウスにベージュの花柄のロングスカートという、とても女の子らしくて可愛らしい格好でやってきた。


 ピンクのミニバッグを肩にかけ、そして両手で大きめなカゴを持っていた。



「へ、変じゃないかな?」


 今日の服装の事を言っているのだろう。


 そう恥ずかしそうに聞いてくる清水さんは、思わず抱き締めたくなる程に可愛らしかった。



「大丈夫、めちゃくちゃ可愛いよ」

「うん!さくちゃん可愛いー!」


 俺と三枝さんがそれぞれ褒めると、清水さんは頬をピンク色に染めながら嬉しそうに微笑んだ。


 そんな恋する乙女の笑顔は、冗談抜きに本当に可愛くて俺は思わず見惚れてしまっていると、何故か隣の三枝さんがジト目でこっちを見てきていた。




 ◇



 会場へ着くと、既に大会は始まっていた。

 三年生は今回の大会が最後になるため、どの高校も応援に熱が入っていた。


 予定表を見ると、どうやら今行われている試合の次が、うちの高校の初戦になるようだった。

 ここで勝つことが出来れば、午後に二回戦目が控えているといった感じだ。



「おう!来てくれたんだな!」


 そんな俺達の元へと、バスケのユニホームを着た孝之が駆け寄ってきてくれた。



「当たり前だろ!絶対勝てよな!」

「頑張って山本くん!」

「おう!ありがとなっ!」


 俺と三枝さんが応援の声をかけると、孝之は親指を立てながらニカッと笑った。

 そんな今日の孝之は、本気モードに入っているからだろうか、いつも以上になんだか格好良かった。


 そして、そんないつもよりカッコイイ孝之を前に、恥ずかしいのか俺達の後ろでモジモジしていた清水さんだが、勇気を出して孝之に声をかける。



「が、頑張ってね山本くん……」

「お、おう……ありがとう……頑張るよ……」


 そんな孝之と清水さんは、二人とも顔が真っ赤だった。



「じゃ、じゃあハーフタイムのアップあるから行ってくる!」


 照れ隠しをするように、そう言うと孝之は体育館の中へと戻って行ってしまった。



 試合も恋も、頑張れ孝之!と、俺は去っていく孝之の背中に心の中でエールを送った。




「あ、あの!も、もしかして、しおりんですか!?」

「違いますっ!!」

「え、でも……」

「違いますっ!!」

「あの……」

「違いますっ!!」


 少し目を離すと、案の定他校の生徒に声をかけられてしまっていた三枝さんだが、今日もニッコリと「違います」のゴリ押しで何人たりとも寄せ付けなかった。


 ちなみに、今日も三枝さんはいつもの丸縁の大きいサングラスをしているのだが、体育館でそんなサングラスをしている事で逆に目立ってしまっており、その優れたルックスと相まって周囲からの視線を集めてしまっていた。


 だが、それでも声をかけてくる人全員を力業で切り抜ける三枝さんに、俺と清水さんは顔を見合せながらハハハと笑うしかなかった。


 どうやらこの様子なら、三枝さんについての心配は杞憂で終わりそうだった。




 ◇



 前の試合が終わり、いよいようちの高校の初戦が始まろうとしていた。


 うちの高校は普通の公立高校であるため、特別バスケ部が強いわけでもなかった。

 推薦とかで集められた生徒が居るわけでもない、本当に普通の高校なのだ。


 だが、そんなうちの高校だからこそ孝之の存在は異質であり、そしてまさしく期待の新星なのであった。


 何故なら、孝之は180センチを越えるその長身だけではなく、バスケのテクニックにも優れており、中学時代はワンマンチームでありながらも地区大会を突破した実績もある程とにかくバスケがめちゃくちゃ上手いのだ。


 そんな孝之には、当然バスケの強豪校からもいくつか声がかかっていたのだが、それでも上の大会へ行くと孝之よりも身長やテクニックが上の選手は沢山おり、孝之はバスケを諦めるわけではないが、将来を考えて勉学との両立を優先させる事を選び、今こうして同じ高校に通っているのであった。


 まぁそんな孝之だからこそ、普通の公立高校であるうちからしたら、大型新人がやってきたと期待されているのは当然であった。



 ――そして、ついに孝之達の試合が開始された。




 ◇



 応援に熱が入り、気が付けばあっという間に試合は終了した。


 初戦の結果は、113対63でうちの圧勝だった。

 一年ながら最多得点をあげた孝之は勿論、他の先輩方も中々の粒揃いで全く相手を寄せ付けなかった。


 久々に孝之がバスケをしてる所を見たが、以前にも増してそのプレーは素人目から見ても凄まじかった。



「凄かったね」

「うん……格好良かった……」


 隣では、三枝さんの言葉に清水さんが少し顔を赤くしながら嬉しそうに頷いていた。


 そりゃそうだよね。

 好きな相手のあんな格好良い姿見せられたら誰でもそうなるよなと、俺はそんな恋する清水さんに向かって分かる分かると頷いた。



 それから次の試合まで暫く時間があるとのことで、孝之も合流して昼御飯を食べる事になった。


 事前にLimeで、清水さんがまたサンドイッチを作って持ってきてくれる事になっていたため、俺達はそのサンドイッチを体育館からちょっと離れたスペースで頂く事にした。



「とりあえず、初戦突破おめでとう!」

「おう、ありがとな!次の試合も頑張るぜ!」


 俺は見事勝利した孝之におめでとうを言うと、孝之はニカッと笑って小さくガッツポーズをした。



「格好良かったよ山本くん」

「さ、三枝さんまで!?い、いやぁ、ありがとう。そしてちょっと感動……」


 続いて三枝さんに褒められた孝之は、少し顔を赤くしながら素直に喜んでいた。


 孝之からしても、三枝さんはスーパーアイドルしおりんなのだ。

 そんな彼女に褒められたのだから、そうなるのがむしろ当たり前だった。



「山本くん……あの、その……格好良かった、よ……?」

「あ、そ、そうかな……ハハ、清水さんに言われるのが一番嬉しい、かな」


 最後に、顔を赤らめながら褒める清水さんを前に、同じく孝之も顔を真っ赤にしながら返事をしていた。


 そして、恥ずかしそうに微笑みながら見つめ合う二人。


 俺はそんな、誰がどう見ても両想いな二人を前に、見ているこっちまで少し恥ずかしくなってしまった。


 隣を見ると、それは三枝さんも同じようで、両手を頬に当てながらちょっと羨ましそうな様子で二人の様子を見つめていたのであった。


 俺はそんな三枝さんを見て、『そっか、そりゃ三枝さんだって彼氏とか欲しいんだろうな』と納得していると、なんだかちょっとだけ胸にチクリと針が刺さったような感覚を覚えたのであった――。


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