2話「落書き」
席替えを終え、早速新しい席へと机を運ぶ。
俺の新しい席は窓際の一番奥。
来てみると中々、良い感じじゃないか。
三枝さんを中心とするクラスの輪には属すつもりのない俺としては、教室の端っこというのは一人の空間を作れる意味でも持ってこいだった。
そして、もう一つ奇跡的な事が起きたのだ。
なんと俺の前の席は、昔からの腐れ縁である孝之になったのだ。
孝之は名簿番号順で言うと山本の『や』だから、クジ引きの順番は一番最後だったのだが、最後まで6番が残ったのは最早運命だと思ったね。
「残り物には福があるって本当だな!宜しくな卓也!」
孝之が嬉しそうに前の席へとやってきた。
俺も普通に嬉しかったから、「おう!こちらこそ宜しく!」と返事をした。
◇
ズズズ――と隣で机を運ぶ音がした。
話をしていた俺と孝之は、その音に反応してなんとなく隣を振り向くと、そこには机を運んできた三枝紫音の姿があった。
テレビで何度も見てきた本物のアイドルが、うちの高校の制服を着て真横にいるこの状況は、入学して暫く経つけど未だに現実味がないというか、不思議な感覚だった。
「お、三枝さん宜しく!俺は山本で、こっちが一条な!」
「知ってますっ!!」
昔から誰とでも仲良くなれる孝之は、例え三枝さん相手でもいつも通り挨拶をした。
その辺、やっぱり孝之はすげー奴だなって思う。
だが、三枝さんは少し顔を赤くしながら食い気味に知ってますとだけ返事をしてきた。
いやいや、人の挨拶に対して知ってますってなんだ?
それから真っ直ぐ前を向いて、さっきのやり取りが恥ずかしかったのか一切こっちを向こうとしない三枝さん。
まぁ知ってくれてるのは有難い話だけど、なんでそんなリアクションなのか意味不明だった。
「あ、そうそう。この間スマホ壊して代えたんだけどさ、Limeのパスワード忘れちまってアカウント新しくしたから教えとくわ!」
「そりゃ災難だったな」
そう言うと、孝之はスマホに自分のLimeのQRコードを表示して見せてきたから、俺はスマホでそのQRコードを読み取ってLimeを交換した。
そんな俺達の様子を、隣で三枝さんがジロジロ見てきていたような気がしたのだが、きっと気のせいだろう。
◇
「はいじゃあ、隣の席と解答用紙交換して採点して下さいね。」
一限目は国語だった。
授業の最後に回ってきた小テストを解くと、先生は隣の席の人と解答用紙を交換して採点し合うように指示してきた。
だから俺は、必然的に三枝さんと解答用紙を交換する。
三枝さんは、コンビニで千円札を取り出す時と同じような仕草で解答用紙をシュバッと俺に差し出してきた。
俺は苦笑いをしながらその解答用紙を受け取ると、換わりに自分の解答用紙を渡した。
三枝さんの字は、とても綺麗だった。
やっぱり完璧美少女は、字まで完璧なのかと感心した。
俺は赤ペンで、先生の言う解答に沿って採点をしていく。
あ、やべ、ここの問題間違えてたなと採点をしながら自分のミスに気が付いた。
あーちょっとこのミスは恥ずかしいなと、ちらりと隣で採点をする三枝さんの方を横目で伺うと、三枝さんは何故かニコニコと採点をしていた。
こんな採点の何がそんなに楽しいんだろうかと不思議に思いながらも、俺は気を取り直して採点を続けた。
結論から言うと、三枝さんは満点でした。
対して俺はというと、全10問中3問間違えての70点だった。
俺は、バイトをしているからこそ学業を疎かにはしたくなかったから、普通にこの結果は悔しかった。
もっと頑張らないと駄目だなと、俺は学業に対する気持ちを引き締め直した。
とりあえず、間違えた問題はしっかりと復習する事が大事だ。
三枝さんから返却された解答用紙を見て、控えめなレ点が付けられた問題を見直すと、何やら俺の解答の隣に赤ペンで小さく何か書かれている事に気が付いた。
『shion-s.1012』
……ん?なんだこれ?
shionってことは、三枝さんの名前、か?え、なにこれ暗号?
というか、普通人の解答用紙に落書きします!?
俺はまたしても三枝さんからの謎行動に悩まされる。
意味が分からず三枝さんの方を見ると、何故か耳まで赤くしながら固まったように前だけを見ていた。
勘弁してくれよ……と俺は復習もそこそこに、とりあえずさっさと解答用紙をファイルにしまった。
そんな俺を横目で見ていた三枝さんは、隣で驚いているような悲しんでいるような絶妙な表情を浮かべており、今日も彼女の挙動不審は健在だった。
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