第一章
1話「席替え」
「おはよう」
「おはよう」
今日は金曜日。
クラスの皆が口々に挨拶し合う中、俺は朝から机に突っ伏して寝ていた。
日頃の学業とバイトの両立で、週末になると流石に疲れが溜まってきてしまうのだ。
今日も夜はバイトのシフトが入っているため、俺は今日一日極力省エネで過ごす事を心に誓っていた。
「よっ!おはよう卓也!なんだよ朝から死んでるなー!」
「……うるせーよ。俺は今日もバイトだから、エネルギーを節約してるんだ」
「まだ高校に上がってすぐなのにそれじゃ、先が思いやられるな」
突っ伏す俺に声をかけてきたのは、昔からの腐れ縁である
孝之は、背が高いが体格も良く、所属するバスケ部では期待の新人として歓迎されてる程の体育会系イケメンだ。
昔から女の子から人気のある孝之は、こんな俺とは真逆にも思える存在なのだが、それでも小学生の頃からなんだかんだ一緒に居てくれる普通に良い奴だ。
俺が女なら惚れてるね!ってぐらい、孝之は俺の中ではナイスガイ山本くんなのだ。
「……お前また下らない事考えてんだろ。まぁ、貴重な青春無駄に終わらせんじゃねーぞ。もっとシャキっとしろシャキっと!」
そう言うと孝之は、笑いながら俺の背中をバシバシと叩いて、他のクラスメイトと挨拶しながら自分の席へと向かって行った。
やれやれと改めて寝ることにしたが、教室内の空気が一瞬にして変わったのが寝ている俺にも伝わってきた。
理由は見なくても分かる。
どうせ、三枝さんが登校してきたからに決まっているのだから。
だから俺は気にせず、夜に備えてパワーを温存する。
近所に住んでいるのか、バイト先によく現れる挙動不審な三枝さんの姿は教室にはなく、今日も今日とて完璧なアイドルムーブでクラスの皆と挨拶を交わす声が聞こえてくる。
しかし本当に、なんでコンビニに現れる三枝さんはあんな謎行動ばかりするのかについては正直気になっている。
彼女は俺がバイトを始めてから、シフトが入ってる日はほぼ毎日現れては昨日みたいな挙動不審な謎行動を繰り広げているのだ。
でも、三枝さんはあれで変装してるつもりみたいだし、俺は気付いてないフリを続けてあげている。
数々の謎行動をしておいて、実は気付いてましたよなんて言われたら、俺なら穴があったら入りたくなる程恥ずかしいからね。
まぁそんな、クラスの皆に三枝さんの謎行動の話を伝えたところで、きっと誰一人信じないだろうななんて事思ったら、何だか可笑しくてちょっと笑えてきた。
◇
「よーし、お前らそろそろクラスにも慣れてきただろうし、席替えでもするかー」
朝のホームルーム、担任の先生から席替えを提案された。
その言葉に、クラスの皆は一喜一憂していた。
皆の反応はとても分かりやすかった。
三枝さんと近くの席の人は絶望し、離れた席の人は喜んでいるのだから。
俺は一条の『い』だから、今は名簿番号順で窓際の前の方の席に座っている。
ここは日射しを浴びられるし黒板も見やすいから、このポジション割と気に入っていたのだけど仕方ない。
まぁどこでもいいやという気持ちで、名簿番号順に俺は席替えのクジを引いた。
「はい、一条は7番なー。はい次上田ー」
クジにかかれた番号の席が指定される。
1クラス40名のため、7名の列が4列、6名の列が2列で窓際手前から順に番号が割り振られている。
つまりは、俺の新しい席は窓際の列の一番後ろだった。
んー、まぁ黒板からは離れてしまったけど、教室の角をゲット出来たのは正直ラッキーだった。
だがそんな俺の席が決定した瞬間、斜め後ろに座る三枝さんから「ロク……ヨン……ジュウ……ヨン……」と何かブツブツとお経のように呟く声が聞こえてきた。
ちょっと三枝さん?ここコンビニじゃないけど挙動不審モード発動してますよ?と俺は心の中で忠告しておいた。
「はい次、三枝ー」
「はい!!」
先生に呼ばれると、めちゃくちゃ気合いの入った三枝さんはガタッと立ち上がると、それからズンズンと強い足取りで教壇へと歩み寄り、そして意を決したようにガバッと1つのクジを引いた。
そして、まるで受験生の合格発表を確認するが如く、プルプルと震えながらお祈りするようにクジの用紙をゆっくりと開いた。
その様子に、クラスの皆も緊張の面持ちで注目する。
このクラスだけではない、この学校、いやこの国で一番のアイドルの新しい席が決まるこの瞬間、教室にはなんとも言えない緊張感が走っていた。
「ウソ……本当……?」
クジの結果を見た三枝さんは、口に手を当てながら震えていた。
何だ?どうなったんだ!?
とクラスの皆の視線が集まる中、担任の先生が三枝さんからクジを受け取り、その結果を黒板に書き出す。
「はい、三枝は14番なー。はい次、清水ー」
プルプルと震えながら、三枝さんは自分の席へと戻って行く。
クラスのみんな、何故三枝さんがそんなリアクションをしているのかよく分からないといった様子だが、そんな事より三枝さんの席が決まった今、近くの席になれるようにと教室内の熱気はより一層燃え上がっていた。
たかが席ごときで大袈裟な……と思いながら、俺は黒板に書かれていく新しい席順をなんとなく眺めていた。
あーそうか、そうなるのか――。
俺はその時、ようやく自分の隣の席が三枝さんになった事に気が付いた。
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