27話「やってみたいこと」

 昼休み。


 朝のやり取りから、案の定クラスを飛び越えて全校から噂の的になってしまっている俺は、早速様々な感情による視線を集めてしまっていた。


 それは、ある程度予測はしていたけど、やはり三枝さんを取られたと思っているのか、嫉妬や憎悪といった負の感情によるもの。


 それから、これは予想していなかったのだが、主に女子から多いのが憧れや羨望、それから安堵したような眼差しも少なくはなかったのだ。


 三枝さんが居ない隙に、どうやって三枝さんと仲良くなったのかと話しかけてくる人もおり、好意的な反応も意外とあったことに正直俺は安堵していた。


 これまで特定の友達を作っていなかった三枝さんに対して、クラスや学年に馴染めているか本当に心配している人も少なくなかったのだ。


 なんて、優しい世界なんだろうか。

 そんな優しいみんななら、きっと三枝さんとも友達になれるよと思った。



 そして最後に、俺に向けられる視線はもう一つあった。


 それは、キラキラと目を輝かせ、まるで今まで我慢していたものをようやく全て解き放つ事が出来るとでもいうような、ルンルンとした楽しそうな視線の圧。


 まぁこれは当然一人しかいなくて、隙あらば隣の席から向けられてくる視線なんだけど、他のどの視線よりも俺は気になって仕方がなかった。



「ねぇ、私たちも一緒に食べてもいいかな?」


 昼休みという事で、今日も一緒に弁当を食べようとする俺と孝之に向かって、三枝さんは満面の笑みを浮かべながらそう話しかけてきた。


 『私達』というのは、三枝さんの隣で自分のお弁当をちょこんと掲げながら、こちらに会釈をする清水さんの事だろう。



「おう、勿論構わないぜ、なぁ卓也」

「うん、一緒に食べよっか」


 クラスの二大美少女に誘われているのだ。


 そんな誘いを断る男子なんかこの学校に居るわけがなく、当然俺達もその例からは漏れなかった。


 まぁ、そんな事は置いておいても、俺達は同じ遠足の班のメンバーであり、Limeのグループも作ってる程の仲なのだから断る理由なんてそもそも何も無かった。


 こうして二つ返事でオッケーすると、清水さんは三枝さんの前の席へと腰かけ、四人向かい合う形で一緒に弁当を食べる事になった。


 三枝さんだけでなく、もう一人のクラスの美少女である清水さん、それから女子からの人気の高い孝之も含むこの四人で一緒に弁当を食べる形となった事に、当然周囲からの視線を集め教室内はざわめき出した。



「一緒にご飯食べるのは遠足ぶりだね!うれしい!」


 だが、そんな視線なんかお構い無しの三枝さんは、自分のお弁当箱を開けながら本当に嬉しそうに微笑んでいた。


 そんな三枝さんに、俺達もそうだねと笑い合った。


 一緒に弁当を食べる事を、三枝さんがこれだけ楽しそうにしてくれるのなら、もうそんな周囲から向けられる視線なんてどうでも良くなっていた。




 ◇



「私、ずっとやってみたかったことがあるの!」


 弁当を食べながら、突然三枝さんがそう宣言した。


 やってみたかったこと?なんだろうと、俺達は次の言葉を待った。



「放課後、友達とハンバーガーを食べに行ってみたいの!」


 鼻息をフンスと鳴らし、目をキラキラさせながらそんな事を宣言する三枝さん。


 何事かと思えばそんな事かと思ったけど、この間までアイドルをしていた三枝さんにとってはそんな事では無かったのかもしれない事に気付いた俺達は、それなら孝之も部活休みだし今日の放課後みんなで行こうという話になった。


 三枝さんは、漫画とかで読んでずっと憧れてたんだぁと、本当に楽しみそうに瞳をキラキラとさせていた。


 こうして、俺達は放課後駅前のハンバーガーショップへと行く事になった。



 ◇



 そして放課後。


 俺達四人は、駅前のハンバーガーショップへと向かった。


 校門を出たところで、三枝さんは鞄から地味めな伊達眼鏡を取り出してかけた。

 本人は変装のつもりなのだろうが、三枝さん程の美少女が制服を着て歩いている時点で周囲からの視線を集めてしまっており、コンビニにくる時の服装ならともかく今の変装では正直無理があった。



「あ、あの!エンジェルガールズのしおりんですよね!?」

「違いますっ!!」


 案の定、そんな変装ではバレバレだったため、三枝さんの存在に気が付き駆け寄ってきた他校の女子高生に話しかけられてしまった。


 だが、三枝さんは元気よく即答でそれをキッパリと否定した。


 それはもう本当にキッパリで、正直バレバレで無理があると思うんだけど、本人は自信満々に一切の迷いなく否定してみせたのだ。


 そんな自信満々に否定してくる三枝さんに、話しかけてきた女子高生達は気圧されてしまい、おずおずと引き下がって行ってしまったのだった。


 そんな、結局眼鏡の変装はあまり意味なくて、力業ではね除けてしまった三枝さんに、俺だけでなく孝之も清水さんも思わず吹き出してしまった。



「も、もう!みんな笑わないでよー!」


 と恥ずかしそうにあわあわとする三枝さんは、今日も面白可愛かった。

 もう背中に『私は、しおりんではありません』って張り紙して歩こうかなと、拗ねたように冗談を言う三枝さん。


 そんな三枝さんの姿を想像すると、やっぱり面白すぎて更に吹き出してしまった。




 ◇



 こうして、ついに駅前のハンバーガーショップへ着いた俺達はその扉を開いた。


 扉を開くと、店内から油の香りが漂ってくる。

 そんな、ある意味ここでしか得られない独特の雰囲気に、三枝さんは子供のように目をキラキラとさせていた。


 それから俺達は、一人ずつ順番に注文をすると、最後に三枝さんの番になった。

 しかし当然、注文の経験が無い三枝さんは俺達の真似をしようとするが上手く注文出来ず、とても困った顔を俺に向けてくる。



「たっくん、たしゅけて……」


 そしてやっぱり、困って力無く助けを求めてきた三枝さん。


 やれやれ仕方ないなと、俺はそんな困っている三枝さんの注文をたしゅけてあげた。




 それから俺達は、空いていたボックス席へと座ることにした。


 周りは他校の高校生などで埋まっており、いかにもハンバーガーショップへやってきたという雰囲気に、三枝さんはそんな空間に同じ一般人として居られることにとても感動しているようだった。


 芸能人ならではの感覚だよなぁと、俺達にとっては普通の事でも喜んでくれる三枝さんを見てると、なんだか嬉しい気持ちになった。


 そんな三枝さんはというと、取り出したスマホで嬉しそうにハンバーガーの写真を撮ると、その写真をすぐに誰かにLimeで送信していた。




 ――ピコン。


 俺達のスマホが一斉に鳴る。


 俺達はスマホを確認すると、それはタイミング的にも案の定三枝さんからのLimeの通知だった。


 スマホの画面に表示されたのは、先程三枝さんが撮影した若干ブレたハンバーガーの画像。


 そして、




『祝!初ハンバーガー記念!』



 という文字のあまりのシュールさに、俺達は耐えられずまた吹き出してしまったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る