26話「呼び方」

 月曜日。


 今日からまた一週間、学校へ通う日々が始まる。

 昨日夜更かししてしまった俺はちょっとだけ寝坊をしてしまい、遅刻はしないがいつもより大分遅い時間に登校した。


 教室へ入ると、既に多くのクラスメイトが登校してきており、孝之も先に席へと着いていた。



「おはよー」


 俺は孝之に向かって挨拶しつつ、自分の席へと腰かける。


「おう、おはよー卓也!」


 俺の挨拶に対して、ニカッと笑って挨拶を返してくれた孝之は、今日も爽やかナイスガイだった。



 ジーッ



「今日は遅かったな?」

「あぁ、ちょっと寝坊しちゃってさ」

「卓也が寝坊なんて珍しいな」


 なんて俺達は、何でもない会話を続ける。



 ジーーッ



「あぁ、昨日は夜中までゲームやり過ぎた」

「ゲームっていうと、この前言ってたあれか?」

「おう、結構ランク上がったわ」


 そう、俺は最近始めたスマホのソシャゲにまんまとハマってしまい、昨日も夜中までプレイしてしまっていたのだ。


 こういう無制限に遊べるゲームは、時間感覚が無くなってしまうから危ない。

 ついつい熱中していると、気が付いたら日を跨いでしまっていたのだから自分でも驚きだ。



 ジーーーッ



「そうか、ところで卓也さ……」

「……あぁ」


 気まずそうにチラチラと目配せをする孝之に、俺も歯切れの悪い返事を返す。



 ジーーーーッ



 観念した俺は、孝之との会話を中断させると、さっきからこっちに視線を送ってくるお隣さんの方を振り向いた。



「……えーっと?おはよう、三枝さん」


 俺は、視線を送ってくるお隣さんこと三枝さんに向かって、後れ馳せながら朝の挨拶をした。


 だが三枝さんは、頬っぺたをパンパンに膨らませて、露骨に不満そうな表情を浮かべたのであった。


 確かに挨拶せずに孝之と話し込んでしまったのは悪かった。


 でも、そこまで不機嫌になります?というのが正直なところだ。



「……」


 挨拶をしたものの、三枝さんから返事は返ってはこなかった。

 俺の挨拶を無視するように、ぷっくりと膨れたままの三枝さんは、変わらずジーッとこっちを見てくる。



 ――な、なんなんだ?


 朝から謎すぎる三枝さんを前に、戸惑う俺。


 孝之に助けを求める視線を送るも、俺にも分からんとお手上げのジェスチャーで返事をされた。


 ですよねー、と俺は心で同意すると、諦めて再び風船のように膨れた三枝さんと向き合う。


 理由は全然分からないものの、とりあえずぷっくり膨れた三枝さんは、なんだかハムスターのようで今日も朝から大変可愛らしかった。

 これが自分に向けられたもので無ければ、暫くニコニコと眺めていられたかもしれない。



「……しーちゃん」


 ようやく口を開いてくれた三枝さんは、そう小さく呟いた。


 しかし、そのたった一言の衝撃に、俺は動揺を隠せなかった。



「いや、待って三枝さん、そ、それはあの日だけの――」

「しーちゃん」


 俺の言葉を遮るように、しーちゃん一点張りの三枝さん。

 どうやら譲ってくれる気は更々無いようだ。


 そんな俺達のやり取りに、孝之は「しーちゃん?」と首を傾げながら不思議そうに呟いていた。


 とりあえずここは、どうやらしーちゃん呼びをしないと許してはくれなそうなので、諦めた俺は改めて三枝さんに朝の挨拶をし直した。



「……分かったよ。その、おはよう、し、しーちゃん?」


 教室内で、ついに俺は言ってしまった。


 クラスのアイドルどころか、この間まで本当のアイドルとして活躍していた三枝さんを『しーちゃん』呼びするなんて、確実に目立ってしまうよなと俺はこれからの学校生活に不安を抱いてしまった。



 だが、当の三枝さんはというと、そんな事露しらずといった感じで、さっきまで膨れていた顔が一瞬でパァッと明るくなり、嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。



 そして、




「うん!おはよう、たっくん!!」


 案の定三枝さんは、俺に向かってニッコリと微笑みながら、元気良くそう挨拶を返してくれたのであった。



 そんな三枝さんの一言に、驚いたように教室内の視線が一斉に俺達に向かって集中した。


 目の前の孝之までも、「た、たっくん!?」と驚いたように呟いていた。



 まぁ、そりゃそうだよな。


 これまで誰が相手でも一定の距離を保っていた三枝さんが、突然俺なんかを『たっくん』呼びしてるんだから、皆のリアクションが正しい。



 ――まぁでも、仕方ないか


 土曜日、俺は散々三枝さんの事をしーちゃんって呼んでたんだから、それで今更この状況にあーだこーだ言うのは違うよな。



 うん、しーちゃんたっくん、仲良し上等じゃないか。


 そう腹を括った俺は、たかがアダ名呼び一つで注目を浴びてしまってるこの状況がなんだか可笑しくなってきてしまい、思わずフッと笑みを浮かべてしまった。


 三枝さんの影響力、凄すぎだろと。


 そして、ニコニコと笑みを浮かべている三枝さんに向かって、改めて俺は話しかける。



「その、なんだ……土曜日は楽しかったね、しーちゃん」

「うん!また行こうね!たっくん!」


 俺の言葉に、嬉しそうに返事をしてくれる三枝さん。


 そして、そのやり取りに「えええええええ!?」と一斉にざわめくクラスメイト達。


 もう成るようになれと開き直った俺に向かって、孝之と少し離れた席に座る清水さんは楽しそうに微笑んでいた。


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