24話「映画」
食事を終えた俺達は、最後に三枝さんが観たい映画があるとの事で、一緒にその映画を観ていく事にした。
「たっくん!こっち!」
相変わらずの人混みの中、こっちと案内してくれる三枝さん。
そして、その呼び方はやっぱり「たっくん」に変わっていた。
今になって分かる、このアダ名呼び相当恥ずかしいな。
昔からの友達とか幼馴染みならまだ大丈夫だろう。
けど、この間までスーパーアイドルだった三枝さんにそう呼ばれるのは、なんていうか浮世離れしてると言うか距離感が物凄く恥ずかしかった。
それから俺達は、少し歩くと映画館へ到着した。
流石は大都会、そこの映画館は商業施設とホテルが併設されており、これが映画館とは思えないような一つの大きな建物になっていた。
中に入り、それから俺達は三枝さんの観たかった映画のチケットを購入した。
三枝さんが観たかった映画は『伝える想いと、縮まる距離』という恋愛映画だった。
この映画は、なんと言ってもエンジェルガールズのリーダーあかりんこと
あかりんは、アイドル活動とは別に子役時代から女優としても活動しており、その演技力は若手女優としても今最も注目を集めているのだ。
だから決して、人気アイドルだからキャスティングされてるとかそういう訳ではない。
なるほど、だからこれを観たかったのかと思い三枝さんを見ると、少し頬を赤らめながら楽しみそうに微笑んでいた。
◇
俺達は、極力人が近くに居ない端の席を取ると、ドリンクを買って席についた。
そして、会場が暗くなりCMが流れ出したところで、三枝さんは「フゥ、やっと外せるよ」とかけていたサングラスを外した。
たしかに、室内でもずっとサングラスを付けてないといけないのは辛いよねと、俺は有名人は有名人なりに大変な事を思い知った。
だから俺は、そんな大変だった三枝さんに小声で話しかける。
「大変だったね。でもこれで、映画の間だけはしーちゃんの顔が良く見えるから良かったよ」
労うつもりで、俺は冗談を混ぜつつニッと笑って話しかけると、三枝さんはガバッとこっちを振り向いてきた。
その顔は、モニターの明かり越しでも赤いのが分かる程真っ赤だった。
「だ、駄目だよ?映画に集中しないと?」
「アハハ、間違いないね!そうするよ!」
私じゃなくて、映画をちゃんと観ようという三枝さん。
確かにその通りだと俺は笑った。
「でも、たまにはこっちも見て欲しいかな……」
笑う俺に、三枝さんは恥ずかしそうに俯きながらそう呟いた。
その言葉に、俺はハハハと笑ったまま同じく顔を真っ赤にしたのだった。
◇
映画が始まった。
『伝える想いと、縮まる距離』
これは元々、人気少女漫画を実写化した作品となっている。
主演のあかりんが可愛すぎると、クラス内からもそんな声が聞こえてくる程、今大人気上映中の作品だ。
内容は、主人公の男の子とヒロインの女の子が、お互い好き同士なのにすれ違い続けており、そんな二人の気持ちに気付いている共通の友達のサポートもあり最終的には結ばれるという恋愛ストーリーだった。
主人公は平凡な男子高校生なのだが、ヒロインの女の子は現役アイドルをしているという身分差が、二人の距離を遠ざけていた。
しかし、アイドル活動が理由で転校することになってしまったヒロインに向かって、主人公は周りのサポートもあってなんとか想いを伝える事ができ、そして無事に二人は付き合う事になった。
そのままヒロインは本当に転校してしまうが、どれだけ距離が離れていても、もう二人の距離は前よりも縮まっているから何があっても大丈夫という、なんとも甘い恋愛ストーリーだった。
なんだかヒロインがアイドルって、三枝さんとも重なる部分があるなぁと思いながら俺は観ていた。
もし、三枝さんも転校してしまう事になったら俺ならどうするのかな?なんて事を想像してみたけど――無理だった。
せっかくここまで仲良くなって、今だって一緒に映画を観てる程の仲になれたのに、そんな三枝さんが離れて行ってしまうなんて、正直考えただけでキツかった。
隣を見ると、三枝さんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
あかりんの演技は流石で、恋に悩む女の子の感情がリアルに映し出されていて、俺も感情移入して泣きそうになってしまう程それは本当に素晴らしかった。
◇
映画館を出て、出口に向かって二人で歩く。
しかし、さっき観た映画の余韻のせいか、三枝さんは少し俯きながら黙って歩いていた。
「……たっくんは、転校したりしない、よね?」
急に立ち止まると、そう小さく呟く三枝さん。
俺?逆じゃない?と思ったけど、三枝さんの様子を見て俺はそんな軽口は叩けなかった。
何故なら、さっき俺も同じ事を考えてしまったから。
だからこそ俺は、ニッコリと笑ってそんな三枝さんに返事をする。
「大丈夫だよ、転校なんかしないよ」
そう返事をすると、三枝さんはほっとしたように「良かった」と微笑んでくれた。
そして、
「私も、転校なんて絶対しないよ。そのために……アイドルだって辞めたんだから……」
その言葉に、俺は自分の中で一気に感情が込み上げてくるのを感じた。
今、そんな恋愛映画を観たせいもあるだろう。
でも、目の前で微笑むこの可憐な少女を前に、この気持ちはもう収まらなかった。
でも、そのためにアイドルを辞めたってどういう事だ?
やっぱり三枝さんは、学業以外の理由でアイドルを辞めたという事だろうか。
そんな事も気になってしまい、俺は気持ちがぐちゃぐちゃになってしまう。
「さ、さぁ!もう時間も遅いし、は、早く帰ろう!!」
どうやらそれは三枝さんも同じだったようで、テンパった様子で俺の手を取ると、そのまま俺の手を引っ張りながらエレベーターへ向かってズンズンと歩き出した。
俺は手を引っ張られながら、目の前でズンズンと歩いていく三枝さんを見てたら、なんだか可笑しくなって思わず吹き出してしまった。
そして、さっきまでのぐしゃぐしゃはどこかへ消え去り、今はこんなに面白くて可愛い三枝さんとの時間を大事にしようと思えた。
だから、
「面白かったね!また絶対、遊びに来ようね!」
と、俺は微笑みながら三枝さんの手を強く握り返した。
急に手を握り返された三枝さんは、一度ビクッと驚いたけどすぐに笑顔で「うん、絶対ね!」と返事をしてくれた。
――絶対、だからね
噛み締めるように再びそう呟く三枝さんの頬は、ほんのりと綺麗なピンク色に染まっていた――。
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