23話「お昼ごはん」

 お互いに買い物を済ませた俺達は、それからケンちゃんと少し話をしたあとお店をあとにした。



「ありがとねー!また一緒にいらっしゃーい!」


 ケンちゃんは表にまで出て手を振って見送ってくれたから、俺達も手を振り返しながらお別れした。



「面白い人だったね」

「でしょ?昔からお世話になってるんだ」


 どうやら、ケンちゃんはお店の他にもスタイリストをしているようで、それでエンジェルガールズのテレビ出演時の衣装を担当する事もあり、その時三枝さんとケンちゃんは意気投合して仲良くなったそうだ。



「もうお昼時だし、そろそろご飯にしよっか?」

「そうだね、でもどこがいいかな?」

「すぐ近くに良いお店があるから、そこに行かない?」


 そう言いながら楽しそうに微笑む三枝さんを見て、俺は少しほっとした。

 最初は俺なんかが相手で本当に良かったのかなって正直不安だったけど、三枝さんがこうしてずっと楽しそうにしてくれている事が俺は嬉しかった。



 だからもう『俺なんかが』なんて考え方してたら駄目だよな。


 俺は、気持ちを入れ換えるように微笑みながら「いいよ、そこに行こっか!案内してくれる?」とハッキリと返事をした。



 よし、今日はもう目一杯楽しもう。


 人を楽しませるなら、まずは俺自身が楽しまなくちゃだからね。




 ◇



 三枝さんに連れられてきたのは、本当にケンちゃんのお店のすぐ近くにあるイタリアンのお店だった。


 店のテラスにはいくつか席が用意されており、外で風を感じながら美味しいイタリアンを食事出来るという事で、どうやら若い女性を中心に人気なお店のようだ。


 今日は天気もいいから、せっかくだからと俺達はそのテラス席へと案内して貰った。


「ここ、前メンバーと食べに来て美味しかったんだ」

「へぇ、そうなんだね」


 メンバーというのは、エンジェルガールズのメンバーの事だろう。

 流石は大都会、こんな何気ないお店にも芸能人が出入りしてるんだな。


 っていうか、周りはそれに気付かないものか?と思ったけど、周りを見渡すと店内は様々な若い男女で席は埋まっており、この中のどこに芸能人がいるかなんて探すだけ無駄に思えた。


 そもそも、それを言うなら今俺の目の前にはしおりんが居るわけだけど、周りの人は全く気付く様子もないから、世の中意外とそんなもんなんだなと納得した。


 そんなしおりんこと三枝さんは、メニューを見ながら何を食べようか楽しそうに迷っていた。


「ねぇ、一条くんはどれにする?」

「ん?俺はそうだね、あっさりしたのがいいからこのボンゴレビアンコってのにしようかな」

「あ、いいね!じゃあ私はー……うん!このペスカトーレにしようかな!」


 そうしてメニューを決めた俺達は、手を上げて店員さんを呼び注文を済ませた。


 今日は天気も良く、空を見上げると雲一つ無い空が心地よかった。




 ◇



「今日は本当にありがとね」

「こちらこそ。買い物も出来たし楽しんでるよありがとう」

「そ、そっか」


 俺の言葉に、三枝さんは恥ずかしそうに俯いた。



「じゃ、じゃあまた……誘ったら来てくれる?」

「ん?勿論、ケンちゃんのお店もまた行きたいしね」


 恥ずかしそうにそう訊ねてくる三枝さんに、俺は素直に返事を返した。

 すると三枝さんは、一輪の花が咲いたようにパァっと明るく微笑んだ。

 それはサングラス越しであっても、十分過ぎる程可憐で可愛らしい微笑みだった。


 なにより、俺と出かける事をそんなに嬉しそうにしてくれる事がとにかく嬉しくて、自然と俺も笑みが溢れてしまった。



 確かに三枝さんは、この間までトップアイドルをしていて、その見た目もあり得ないぐらい可愛らしい超絶美少女だ。


 でも俺は、それ以上にこうして三枝さんと共に過ごす時間がとにかく楽しくて、そして大好きになっていた。


 そんな気持ちが、俺の中ではもうハッキリと根付いている。



 だから俺は、更に言葉を付け足した。



「あー……それに、俺もしーちゃんとこうして出掛けたりするのがその、楽しいし、好き、だよ?」


 こんな気持ちを言葉にするのは流石に恥ずかしくて、俺は頬を指でかきながらそっぽ向いてそう伝えた。


 全然上手く言えなかったけど、それでも俺は三枝さんと一緒だから楽しいんだよっていう気持ちを、どうしてもちゃんと伝えておきたかったのだ。


 言い終えてちらっと横目で様子を伺うと、そこにはいつもの赤面や挙動不審になる三枝さんではなく、ぼーっと固まってしまっている三枝さんの姿があった。


 な、なんだ?と初めてのパターンに戸惑う俺。



「さ……じゃなくて、しーちゃん?」

「へ?あ?ごめん」


 俺が呼び掛けると、ようやく三枝さんはこっちの世界へと帰ってきた。

 しかし、その頬はピンク色に染まっており、相変わらずキョトンとした様子だった。



 そんな俺達のもとへと、丁度先程注文した料理が届けられる。


 ナイスタイミング!



「さ、冷めちゃうからとりあえず食べよっか」

「う、うん」


 こうして俺達は食事を進めていると、自然と三枝さんも調子を取り戻してきたようで、食べ終わる頃にはいつも通りの感じに戻っていた。



「美味しかったね」

「そうだね。ねぇ、一条くん?」

「ん?どうした?」


 食事を終えたところで、三枝さんは改まった様子で俺に話しかけてきた。


「――私は、ちょっと不公平だと思うんです」

「不公平?」

「うん、一条くんは私の事をアダ名で呼んでくれるのに、私は名字で呼んでる事が」

「あぁ、なるほど」


 まぁ、そう言われればそうかもしれない。

 別に俺はそれでも全然構わないんだけど。




「……たっくん」

「へ?」

「今日から、たっくんって呼ぶね」

「え、いや、それは」

「もう決めたから。よろしくね、たっくん?」


 両手で頬杖をつきながら、ニッと笑みを浮かべて楽しそうに『たっくん』と呼んでくる三枝さん。



 これは俺の、しーちゃん呼び攻撃への仕返しなのだろうか。


 案の定俺は、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまったのは言うまでもない。


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