22話「買い物」

 駅に降りると、土地勘のある三枝さんは「こっちだよ」と人混みの中どこかを目指して、迷い無くどんどんと歩いて行く。


 今日は一日、三枝さんの行きたい場所へ付き合う事を予め約束している。

 だから俺は、今三枝さんがどこに向かっているのか正直かなり楽しみだった。


 スーパーアイドルしおりんのプライベートに密着してるんだから、気にならない方が可笑しいってもんだ。


 そう思いながら俺は暫く歩くと、三枝さんは大通りから脇道へ一本入ったところにあるお店の前で立ち止まった。



「一条くん、ちょっとこのお店見ていってもいいかな?」

「ん?うん、しーちゃんが行きたいなら付き合うよ」


 申し訳なさそうに伝える三枝さんに、俺はニッコリと二つ返事でオッケーした。


 当然、しーちゃんと付けて。


 すると三枝さんは、頬を赤く染めながら「うん、ありがとね」と恥ずかしそうに笑いながら、そのままぎこちない足取りで逃げ込むようにその路面店へと入っていった。


 こんな大都会の中でも、挙動不審ムーブは健在だった。


 どうやら、まだしーちゃん呼びされるのに慣れないようで、恥ずかしいようだ。

 でも俺は、言う度に照れる三枝さんが面白可愛いから、今日一日しーちゃん呼びを絶対止めるつもりは無かった。


 だってこれは、エンジェルガールズのしおりんだとバレないためでもあるんだから、仕方ないよね!



 ◇



 三枝さんに続いてそのお店へと足を踏み入れると、どうやら中はオシャレな洋服店だった。

 置かれている洋服の中には、見たことのある海外のブランドも並べられており、どうやらここはインポート物のセレクトショップのようだ。



「あら?もしかして紫音ちゃん?ウッソ!」

「お久しぶりです!来ちゃった!」


 レジカウンターのところから、三枝さんに気付いた店員の女性……ではなく男性が駆け寄ってきて、三枝さんと両手を取り合いながら嬉しそうにブンブンと振っていた。


 そんな店員さんは、細身で色白の中性的な目鼻立ちをした男性で、こんなお店をやっているだけあって服装もとてもオシャレだった。


「あら?ていうか何?もしかして彼ピ?」

「ち、ちちちがうよ!?ク、クラスメイトの一条くんだよ!」

「あらあら、ふぅーん」

「な、なに?」

「まぁいいわ、彼も中々素材良いじゃなぁーい」


 そう言うと店員さんは、俺の両手も取ってブンブンと振りながら「私はこの店をやってるケンちゃんよ、宜しくね!」と自己紹介してくれた。


 俺はそのキャラの濃さに圧倒されながらも、「一条です。こちらこそ宜しくお願いします」となんとか返事をした。


「うちメンズ物も置いてるから、ちょっと着てみる?」


 そう言うとケンちゃんは、俺の手を取りそのままメンズコーナーへと連れてきた。


 そしてそのまま俺は、店に置かれた服をあれこれ当てられながらケンちゃんに全身コーディネートをされているのだった。


 三枝さんの買い物に付き添って来ただけのはずが、何故か全身着替えることになってしまった俺。


「はい、じゃあそこで着替えてきてね!」


 ケンちゃんに全身コーディネートされた服を渡され、俺はそのまま更衣室へと入れられた。


 まぁ別に着るぐらい良いかと、観念して俺はその服に着替える事にした。



「どう?着替え終わった?」

「えぇ……まぁ……」


 ケンちゃんの声に応えて、俺は更衣室から出た。



「あらまぁ」

「い、一条くん……!」


 すると、ケンちゃんは満足そうに頷き、三枝さんは両手を口元に当てながら驚いている様子だった。



「……な、なんか変でしたかね?」


 その二人のリアクションに心配になった俺は、恐る恐る二人に問いかける。


「何言ってるのよ、バッチリすぎて紫音ちゃんは驚いてるだけよ!」


 そ、そうなの、か?


 だったらまぁ、嬉しいんだけど……。


 改めて俺は、鏡に映った自分の姿を確認する。


 Vネックの白の無地Tシャツの上に、デニムやペイズリー柄の生地が混ぜられたパッチワークのウエスタンシャツ、そして下は黒のテーパードが効いたジャージ生地のパンツを履いている。

 元々今日履いている白のローカットのスニーカーに合うようにとケンちゃんにコーディネートして貰った今の自分は、絶対に自分じゃ合わせれないような派手めな服装をしていた。


 でも、普通なら絶対選ばないようなこんな柄の主張が強いシャツでも、実際に着てみるとそれ程違和感は無く、またパンツも元々履いていたストレートのジーンズより足が細く見えて、むしろとてもスッキリとした印象に変わっていた。


 ファッションって全身のバランスが大事なんだなと、鏡越しの自分を見ながら染々と学んだ。


 それにしても、この鏡に映ったオシャレ男子が自分だなんて、未だに全く信じられないな……。



「どう?紫音ちゃんも何か言ってあげなさい?」

「あ……一条くん、とってもその……カッコイイ、よ……?」


 ケンちゃんに背中をポンと叩かれた三枝さんは、あわあわと恥ずかしそうにしながらも俺の服装を褒めてくれた。


 まさか、三枝さんの口からカッコイイなんて言葉をかけて貰えるとは思わなかった。

 嬉しさと恥ずかしさで俺は顔を真っ赤にしながら「じゃあこれ、せっかくなんで買っていきます!」とケンちゃんに伝えた。


 ケンちゃんはニッコリと笑って「あら、いいの?ありがとね!紫音ちゃんのお友達だし安くしといてあげるわね」とそのままお会計をしてくれた。


 普段買ってる洋服よりは当然高かったけど、バイト代で買えなくはない値段だったし、何よりそこから結構値引きしてくれたおかげでかなり良い買い物が出来た。


 どうせならそのまま遊び行っちゃいなさいよ!という事で、俺は今買った服装のまま今日一日過ごす事になった。



「ハハ、ごめんね!しーちゃんの買い物のはずなのに、俺が先に買い物しちゃったよ」

「ううん!とっても似合ってるよ!」


 俺は自分ばっかりごめんねと伝えると、三枝さんはニッコリと微笑みながらまた褒めてくれたのが嬉しかった。



「しーちゃん、ねぇ?」


 俺が三枝さんをしーちゃんと呼んだ事を、ケンちゃんは聞き逃さずニヤニヤと微笑んでいた。




 ◇



「じゃあ私はこれ着てみようかな!」


 三枝さんは、お店に置かれた白地に花柄模様のマキシ丈ワンピースを手に取り更衣室へと入って行った。



 そして、着替えを終えると更衣室から出てくる三枝さん。



「ど、どうかな……?」


 そして三枝さんは、恥ずかしそうに俺の顔を見ながら訊ねてくる。



 どうかなって、そりゃもう……



「最高です!」


 俺は親指を一本立て、ニッコリと微笑みながらそう即答した。


 ワンピースを一着着ているだけなのに、三枝さんが着るとその全てが完成されているようだった。



 その姿はまるで、映画とかで見るお姫様のように可憐で美しかった。



 隣を見ると、ケンちゃんも顎に手を当てながらうんうんと満足そうに頷いていた。



「じゃ、じゃあ今日はこれ買っちゃおうかな」


 俺達二人の反応を見て、三枝さんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも、そのワンピースを買うことに決めていた。



 クルクルと回りながら、鏡越しにワンピースを着る自分の姿を満足そうに確認する三枝さんは、とにかく可愛かった。



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