16話「弁当」
木陰で弁当を食べ終えた俺達は、ここは人気も無くて落ち着く事だし、もう暫くゆっくりしていく事にした。
それは別に誰かが言い出したというわけではなく、四人の間での暗黙の了解といった感じで、言葉にせずともそういう空気を感じ合っていた。
弁当と言えば、清水さんが班のみんなのためにと、大きめの容器に沢山のサンドイッチを作って持ってきてくれたのは正直嬉しかった。
当然、自分達も弁当を持ってきていたのだが、俺達はそんな清水さんの気持ちが嬉しくて、持ってきてくれたサンドイッチも弁当と一緒に全て美味しく頂いた。
おかげで俺も孝之もお腹がパンパンなのだが、全部食べたことに喜ぶ清水さんの笑顔を見れたので、もうそれだけで食べた甲斐があった。
三枝さんはというと、そんなみんなの分まで弁当を作ってきた清水さんを前に、まるでこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべているかと思うと、震える手で自分のお弁当箱からミートボールを一つ爪楊枝に刺すと、それをプルプルと震えながら俺に差し出してきた。
別に気にしなくてもいいのにと思いながら、俺はそんな三枝さんが可笑しくて吹き出しそうになるのをぐっと堪えながら、ミートボールのお礼に弁当箱から玉子焼きを一つ取り出してお返しした。
すると三枝さんは、突然現れた玉子焼きを前に一瞬戸惑ったあと「え!?くれるの!?」とパァッ!と花が咲いたように笑みを浮かべながら、一瞬で元気になっていた。
そんな、テレビで見ていた憧れのアイドル美少女が、俺のあげた玉子焼き1つで機嫌を取り直し、隣でその玉子焼きを嬉しそうに食べているこの状況は、やっぱり訳が分からなかった。
◇
「なぁ卓也、今日はバイトあるのか?」
「いや、休みだけどどうした?」
木陰で涼みながら、孝之が何気なしに話しかけてきた。
今日はこの遠足があるから、疲れるし流石にバイトは入れていなかった俺は、素直に休みだと返事をする。
「そうか、俺も今日は遠足があるから一年は部活休みなんだよ。だから、どうだ?たまには終わったらカラオケにでも行かないか?」
「カラオケ?んー、まぁ、孝之が行きたいならいいぞ」
バキッ!!
俺が孝之の誘いをオッケーすると、突然隣から何かが折れる音がした。
俺も孝之も、ついでに一緒にいる清水さんも驚いてその音のした方へと振り向くと、それは三枝さんが手に持っていた木の枝をへし折る音だった。
「さ、三枝さん……?」
「え?あっ!ご、ごめんなさい!枝折っちゃった!」
いや、枝折っちゃったってなんだ?
良く分からないけど、枝折っちゃった事を恥ずかしそうに手をブンブンと振りながら謝る三枝さんは、相変わらず挙動不審だった。
「私、カラオケ行ったことない……」
すると今度は、清水さんがそう下を向きながら小声で呟いた。
「なんだ?清水さんカラオケ行ったことないのか?」
「う、うん……」
「そっか、じゃあ良かったら清水さんも一緒にくるか?」
そんな俯く清水さんを、孝之は特に気にする様子も無く自然にこの後のカラオケに誘った。
その誘いに驚く清水さんと、一緒に驚く三枝さん。
「い、いいの?」
「おう!良いに決まってるじゃん!俺達だけなら、初めてでもそんなに緊張もしないんじゃないか?」
「う、うん、じゃあ……行って、みようかな……」
ニカッと笑いながら孝之が真っ直ぐそう返事すると、清水さんは頬を赤らめながらもカラオケに行く事を決心したようだった。
まぁ、俺としても人が多い方が楽しいし、なによりそれで清水さんが楽しんでくれたら良いなと思った。
すると、ふと強い視線を感じた俺はその視線の先を振り向くと、そこにはその大きな瞳をうるうるとさせながらこちらをじっと見つめて何かを訴えてきている三枝さんがいた。
その表情には、三枝さんの感情が流石にはっきりと現れていた。
―――私も入れてよ!
うん、そりゃね、四人で居るのに三人でカラオケへ行く話をしていたから、三枝さんだけ取り残されてたもんね。
だから俺は、そんな三枝さんに向かって優しく微笑みながら話しかける。
「てことで、良かったら三枝さんも―――」
「行きますっ!!行かせて頂きますっ!!」
俺が「一緒にどうかな?」と言う前に、三枝さんは右手をビシッと挙げながらハッキリと行きますと返事をしてくれた。
俺はそんな三枝さんが可笑しくなって、一つちょっと踏み込んだ質問をしてみる事にした。
「良いの?じゃあ、『あなただけの召使い』も歌ってくれたり?」
「歌いますっ!!歌わせて頂きますっ!!って、あっ」
俺の質問にも二つ返事をしてくれた三枝さんだったが、言い終わってから俺が何を言ったのかようやく理解したようだった。
『あなただけの召使い』
それは、エンジェルガールズのサードシングルであり、そしてこの間三枝さんが写真を送ってくれたメイド服がコスチュームになっている曲だ。
ちょっと意地悪だったかもしれないけど、その事を思い出した様子の三枝さんは、顔を真っ赤にしながらも「逆に絶対歌ってやるんだから」と何故か闘志を燃やしていた。
そんな俺と三枝さんのやりとりに、訳が分からないながらも孝之と清水さんは可笑しそうに笑っていた。
そんな二人を見て、俺と三枝さんはきょとんと目を合わせると、やっぱりなんだか可笑しくなってまた四人で笑い合ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます