17話「カラオケ」
「なぁ、今日はみんな部活休みだろ?だったら、行ける人はこのあとカラオケ行かないか?」
遠足を終え、帰りのバスの中でクラスの皆にそう提案してきたのは、やっぱりクラスの色男新島くんだった。
そんな新島くんは、話ながら露骨に三枝さんの方をチラチラと見ていた。
なるほど、今日ならば断る理由も少ないはずだと狙ってきたわけだ。
「いいねー行こう!」
そして例のごとく、彼の取り巻きの女子達が二つ返事で賛成する事で、クラス全体に皆でカラオケへ行く空気が生まれていた。
こうして、クラスの皆も三枝さんの方をチラチラと横目で見ながら、今日こそは来てくれるだろうかとそわそわしながら様子を伺っていた。
しかし、当の三枝さんはというと、全く周囲の様子を気にする様子はなく、どこか嬉しそうに若干顔を緩ませながら黙って座っていた。
そして、そんな周囲からの視線は、三枝さんだけではなく男子からは清水さん、女子からは孝之にも向いていたりするのだが、二人もそんな視線を全く気にする様子はなく、楽しそうに座っているのであった。
◇
バスが学校へ到着し、俺達はバスを降りると学年主任の簡潔なスピーチをもって本日の遠足は終了となった。
「さ、三枝さん!このあと来れるよね!?」
そのタイミングで、ついに痺れを切らした新島くんが直接三枝さんに確認を取りに声をかけていた。
彼は自分に相当自信があるようだが、ついにそのプライドを捨てて自分から直接三枝さんにアプローチを取ってきたのだ。
そこまでしてでも、新島くんは三枝さんともっと距離を縮めたいようだった。
「ごめんね、今日は用事があるから行けないの」
そんな新島くんに向かって、三枝さんは申し訳なさそうに微笑みながらも、しっかりと新島くんの誘いを断っていた。
「よ、用事……?」
「うん、用事!じゃね!」
狼狽える新島くんに、三枝さんはニッコリと返事をするとそのまま一人校門の外へとかけだして行ってしまった。
そんな去り行く三枝さんの後ろ姿を、呆然と見つめている新島くんの姿は少しだけ可哀想だった。
そんな三枝さんはというと、俺の隣を通り過ぎる時小声で「あとでね」と伝えてきた。
俺はそんな三枝さんに、ただ頷いて返事をした。
「みんな悪い!今日は俺パスだわ!また今度よろしくな!」
「わ、私カラオケはちょっと……ごめんなさい……」
三枝さんが去っていくのを見送ったあと、孝之と清水さんもそれぞれ周囲からの誘いを断っていた。
こうして、言い方はあれだけどクラスの主要人物が来れない事が分かったクラスのカラオケ会は、露骨に盛り下がってしまっていた。
――ピコン。
そんななんとも言えない空気の中、スマホに一件のLimeの通知が届く。
『先に『カラオケ浪漫』に向かってるね!』
三枝さんからだった。
そんな三枝さんのLimeに、孝之と清水さんからそれぞれ了解のスタンプが押され、俺もスタンプを押しておいた。
そう、俺達は今日カラオケへ行くことを決めてから、お互いのLimeを交換してグループを作っておいたのだ。
だから、新島くんが同じカラオケを提案してきた時はちょっと驚いたけど、清水さんがいきなり大人数のカラオケはちょっと怖いとLimeしてきた事で、今日は四人で行く事に決めていたのだ。
しかし、駅前の大きいカラオケ店ではクラスの皆と鉢合わせる危険があったため、今日はちょっと外れにある『カラオケ浪漫』へ行く事にLimeで決めていたわけだ。
だから、クラスのみんなにはちょっと悪い事してるけど、先約があったのだから仕方ない。
ちなみに俺はというと、残念ながら別に誰かに誘われるとかいう事も無いため、普通にその場から離れる事が出来た。
こういうクラスの集まりには来ないキャラとしてすっかり浸透しているようで助かった。
まぁそうじゃなくても、俺は他の三人と違って本当に普通の男子高校生だから、こうなるのも当然だよな。
◇
念のため別れて移動してきた俺達は、『カラオケ浪漫』のフロントで合流した。
「良かった!上手くいったね!」
「なんかクラスのみんなには悪い事した気がするけど、こっちが先約だからしゃーないな!」
「皆ありがとね……私まだ大人数はちょっと……」
「清水さんは気にしなくていいよ。俺も大人数はちょっと苦手だからさ」
「そうだよ!今日は楽しもう!」
「だな!」
「うん、ありがとう!」
ちょっと気にしていた様子の清水さんだったが、ニッコリと微笑んでくれたところで早速俺達はカラオケルームを借りて入る事にした。
部屋に入ると、そこはいかにも昔ながらのカラオケボックスという雰囲気だった。
床には赤色のカーペットが敷かれ、マイクスタンドが一つ置かれたお立ち台が用意されている。
そしてなんと、天井にはミラーボールまでついていた。
「なんだよこれ!ちょっと付けてみようぜ!」
と、孝之が面白がってミラーボールの明かりをつけ部屋の照明を緩めると、途端に部屋の中がまるでディスコのような雰囲気に変わった。
そんな場違いな雰囲気に、俺達は何しに来たんだよとちょっと可笑しくなって思わず笑ってしまった。
まぁちょっと暗い方が、恥ずかしくないだろうし面白いからこれで行こうかという事になって、俺達はカラオケもといディスコでフィーバーする事になった。
◇
「じゃあ、ここは最初に私が歌った方がいいよね」
デンモクを持った三枝さんは、そう言うと早速曲のリクエストを送った。
確かに、素人の俺達とこの間まで国民的アイドルだった三枝さんとでは歌唱力に差が有りすぎるし、いきなりその前で歌うなんて拷問に近かったから助かった。
それは孝之も同じようで、安心したと同時に三枝さんの生歌に期待するような表情を浮かべていた。
それは俺も同じで、あの日のDDGのライブで聞いた三枝さんの歌声を思い出していた。
あの歌声は、本当に素敵だった――。
それが、またこうして聞けると思うと物凄く嬉しかった。
しかも、今回はライブ会場ではなく、たった四人で来たカラオケボックスでだ。
こんな贅沢な事があっていいのかと正直思う。
だから、今日は目一杯楽しもう。
カラオケの画面に、曲名が表示される。
『あなただけの召使い』
俺は思わず「あっ」と声が出てしまった。
そんな俺の声を聞き逃さなかった三枝さんは、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべながら俺の方を見ていた。
どうやら三枝さん、あの時俺が言った軽口を本当にやってくれるみたいだ。
あの時送られてきた三枝さんのメイド姿が頭に浮かび、逆に俺の方がドキドキしてしまった。
イントロが始まると、三枝さんはスッと立ち上がるとそのままお立ち台へ行き、置かれたスタンドにマイクをさした。
そして、
「貴方のためだけにー♪この歌を捧げますー♪」
そんな歌い出しと共に、なんと三枝さんはマイクスタンドを使って曲の振り付けまで完璧に披露してくれたのだ。
そんなノリノリな三枝さんに、孝之は「うぉー!」と立ち上がると、こちらもノリノリで三枝さんに向かってコールを送っていた。
いきなり始まったノリノリな三枝さんと孝之とのやり取りに、最初は驚いていた清水さんだったが、次第にそんな二人が可笑しくなったようでお腹を抱えて笑っていた。
必死にコールを送るファンの孝之と、それに対して現役時代は絶対しなかったようなオーバーなファンサを送る三枝さんの悪ふざけは、確かにコントのように面白かった。
何が可笑しいって、そんなスーパーアイドルしおりんが今着ているのは学校のジャージなとこだ。
そんな、その姿と昔ながらのカラオケルームというロケーションのアンバランスさ、そして何よりノリノリで悪ふざけをする二人に俺も自然と笑ってしまっていた。
そしてそのまま一曲歌い終えると、やりきった表情を浮かべた三枝さんと孝之は互いにハイタッチをすると、「流石ね!」「最高でした!」とお互いを讃え合っていた。
そんな二人のおかげで、場の空気は一気に和らいだのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます