15話「ハイキング」
「清水さんは、本が好きなのか?」
ハイキングコースを歩きながら、孝之はまるで前からの友達に話しかけるような自然なノリで清水さんへ話かけていた。
「え?な、なんで?」
しかし、突然孝之からそんな事を聞かれた清水さんはというと、露骨に戸惑っていた。
「いや、ほら、いつも教室で本読んでるだろ?」
「う、うん……。知ってたんだ……」
「そりゃまぁ、クラスメイトなんだからさ!」
普段の様子を見られていた事に恥ずかしがっているのか、清水さんは少し頬を赤く染めながら下を俯いていた。
だが、そんな清水さんの様子なんて全く気にする事無く、孝之は「今度オススメの本教えてくれよな!」とニカッと笑っていた。
俺は未だに清水さんとまともに会話すら出来てないのに、孝之のこういう誰とでも分け隔てなく付き合える所は、昔から本当に尊敬出来るところの一つだった。
そんな事を考えながら、俺は二人のやり取りを一歩下がったところで見ながら歩いていると、清水さんの隣を歩いていた三枝さんは歩くペースを徐々に落とし、そしてそのままスッと後ろを歩く俺の横へと並んできた。
まるでその場から消えるように、自然と俺の隣へと移動してきた三枝さんに、真横に居た清水さんも孝之も全く気付く様子は無かった。
――三枝さん、実は忍者説が俺の中で沸き起こった。
俺の隣へとやってきた三枝さんは、ニッコリと笑みを浮かべながらも視線は合わず、「や、やっほー!」とぎこちなく声をかけてきた。
「今日は天気がいいね!」
「そうだね」
「ハイキング日和だよね!」
「そうだね」
「木陰が気持ちいいね!」
「そうだね」
「……」
三枝さんから矢継ぎ早に話しかけられるも、俺は緊張と話しのネタの薄さ的になんて返事したらいいのか分からず、全部そうだねと返事をしてしまった。
その結果、急に立ち止まってしまう三枝さん――。
流石に不味かったかなと思い、俺は立ち止まった三枝さんの方を振り返る。
するとそこには、まるでハムスターのように頬っぺたをパンパンに膨らませた三枝さんが、両手をグーにしながら露骨に不満そうにこちらを見ながら立ち止まっていた。
「さ、三枝さん?」
「……」
声をかけてみるも、黙って膨れたまま動こうとしない三枝さん。
んーと?こういう場合どうしたらいいんだ?
とりあえずハッキリしているのは、この状況は非常に不味いから早く解消しなけれはならないという事だ。
何故なら、周りに目をやると他の班の人達が何事かとこちらを見てきているからだ。
あのスーパーアイドルしおりんが、膨れながら俺の事をじーっと見てきているこの状況は、周りから見たら「あいつ、しおりんに何しやがったんだ?」と思われても仕方がなかった。
だから不味い。
俺は一刻も早くこの状況を打開しなければならない。
そう思った俺は、もうなるようになれ!と手をグーにしてる三枝の腕を掴むと、一先ずこの場から離れるためにもそのまま三枝さんの腕を引っ張って早歩きで歩き出した。
だが、即座に俺はとんでもないミスを犯した事に気が付く。
―――三枝さんの腕を引っ張って歩いてる方がやばくね?
前を見ると、流石に立ち止まっていた俺達に気が付いた孝之と清水さんが、こちらを振り返り立ち止まっていた。
そしてその表情には、驚きの色が色濃く現れている。
そんな二人の表情を前に、全てを諦めた俺はぱっと三枝さんの腕を離すと、「ごめん!三枝さん!」と謝りながら振り返る。
さっきから俺は一人で何をやってんだと、ここはただ謝るしかなかった。
しかし振り返ると、怒っていると思っていた三枝さんの姿はそこにはなかった。
代わりにそこには、何故か顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに下を俯く三枝さんの姿があった。
「あ、あの……」
「はっ!え?あ、ごめんね!行こう!」
恐る恐る声をかけると、はっとした様子の三枝さんは、恥ずかしそうに笑いながら何事も無かったかのようにまた歩き出した。
良かった、どうやら怒っていたわけではないようで安心した。
そんな三枝さんに合わせて、俺も気を取り直して歩き出す。
すると、三枝さんは再び俺の隣に並んできた。
そして、
「……次からはちゃんと話してくれないと、イヤなんだからね?」
そう耳元で囁くと、小悪魔的な表情を浮かべながら悪戯っぽくちょこっと舌を出す三枝さんの姿は、それはもう反則的に可愛かった。
◇
しばらく歩くと、俺達はハイキングコースの目的地である山中の広場へと辿り着いた。
「はーい、着いた班からそこの時計で13時半まで自由行動とする。各班それまでに昼食を済ませるようにいいなー?」
「「「はーい」」」
こうして、ようやく弁当タイムとなった。
「この辺で食べるか?」
「そうだな……いや……」
孝之の提案に乗りかけた俺だったが、即座に思い止まった。
何故なら、そんな俺達の班の近くで弁当を食べようとしてるのか、他のクラスの班の連中がすぐ近くでこちらの様子を伺ってきているのに気が付いたからだ。
別に周りで食べて貰っても良いのだが、それを三枝さんが受け入れるか否かが問題だ。
三枝さんの様子を伺うと、そんな遠足に来てまでも人に囲まれてしまっている事に、ちょっと疲れたような表情を浮かべていた。
そんな三枝さんを見て、俺は孝之と清水さんに目配せをすると、互いに頷きあって歩き出す。
そんな俺達に、訳が分からない様子でついてくる三枝さん。
そして、連中からちょっと距離が空いてきたところで、俺は再び三枝さんの腕を掴んだ。
「え?な、なに!?」
急にまた腕を掴まれて驚く三枝さんに、俺はニッコリ微笑みかけながら声をかける。
「三枝さん!ちょっと走るよ!」
そしてそのまま、俺達は広場の奥の方へ向かって一目散に駆け出した。
そんな俺達に不意をつかれた他の班の人達は、慌てて追いかけてこようとするが、それでは露骨に俺達のあとをつけてる事になってしまう事に気が付くと、すぐに諦めて立ち止まっていた。
「よーし!撒けたな!」
「フゥー、だなっ!」
「もう!みんな急に走り出すからビックリしたよー!」
「ごめんね紫音ちゃん」
周りに誰も居なくなったところで、少し息を切らしながら立ち止まる俺達。
そして、そんな状況がなんだか急に可笑しくなって、吹き出すように四人で笑い合った。
「よし!弁当にするか!」
「あの大きな木の木陰はどうかな?」
「お、いいね!」
こうして俺達は、皆から離れたところにある大きな木の木陰で一緒に弁当を食べることにしたのであった。
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