11話「玉手箱」

 その日の夜。


 俺は、今日の昼休みに三枝さんから渡された一枚の紙切れと一人にらめっこをしていた。


 家に帰るまで決して開いてはならないと言われた玉手箱のような紙切れを、自分の部屋へと帰宅した俺は「もういいよな」と呟きながらゆっくりと開いてみる。




『shion-s.1012』



 なんだこれは?

 どこかで見覚えがあるような……そうだ、この間の国語の小テストにされた落書きと同じワードだ。


 三枝さんは、またこの暗号を俺に渡して何がしたいんだと思ったけど、紙切れの右下の方に小さく『らいむ。』と書かれていた。



 あーなるほど。


 これ、三枝さんのLimeのIDだったのか。


 ようやくこの謎の暗号が解けてスッキリしたところで、だったら別に家帰ってからとか言わずにさっさと伝えてくれれば良かったのにとも思いながら、俺はそのIDで検索すると、可愛らしい猫をアイコンにした『しおん』というアカウントが一件表示された。


 ほうほう、これが三枝さんのLimeかと思い友達追加を押そうとしたところで、俺の指がピタッと止まった。



 ――ん?俺今何しようとしてるんだ?



 突如押し寄せてきた違和感に、俺は一瞬にして飲み込まれる。



 ―――いやいやいやいや!なんで三枝さんは俺なんかにLime教えてくれちゃってるの!?


 慌てふためく俺は、ようやくその玉手箱の持つ破壊力に気が付いたのであった――。




 ◇



 それから俺は、30分近くスマホの画面とにらめっこしていた。


 そして、ようやく出した結論は『まずは友達登録しよう』だった。


 こうしてLimeを教えて貰った以上、理由はともかく登録しないのは三枝さんに対して失礼だと思ったからだ。


 俺は震える指で、追加ボタンをタップする。


 そして、確かにこの三枝さんと思われる猫のアイコンのアカウントが友達に追加された。


 うわぁ、俺やっちゃったよ……と、もう後には引けない事を実感した。



 友達追加したならば、極力時間を空けずにメッセージを送らなければならないのだが、ここでまた新たな問題が生じた。



 ―――ヤバイ、何を送ればいいのか全く分からない。


『一条です!友達追加したよ!ありがとね!』

『一条卓也です!猫のアイコン可愛いね!よろしく!』

『三枝さんだよね?一条だよ!これからよろしく!』


 などなど、俺は似たような文面を色々と書いては消してを繰り返していた。

 三枝さんとLimeするにしても、距離間が全く分からないのだ。


 しかし、こうしてる間にも相手には友達追加された事は通知されてるだろうし、早く送らないと俺のアカウントが誰だか分からないだろうから不審に思われてしまう恐れがある。


 俺のLimeのアカウントは、家で飼ってる犬のアイコンでアカウント名は『TAKU』だ。


 分かるっちゃ分かるが、いきなり出てきてこれが俺だなんて紐付くとは限らない。


 仮にも元スーパーアイドルの三枝さんだから、不審に思われたらすぐにブロックだってされかねなかった。


 焦った俺は、とにかく何か送らなきゃと文字を打つ。


『三枝さんのアカウントで良かったかな?隣の席の一条です』


 よ、よし!これが一番無難だ、これで送ろう。

 そう決心した俺は、送信ボタンをタップしようとしたその瞬間、表示した画面にピコンと新着メッセージが表示された。



『一条くんだよね?』


 それは、まさかの三枝さんから先に送られてきたメッセージだった。


 画面を開いていたからすぐに既読がついてしまっただろうし、俺は打っていた文字を慌てて消して返事を打つ。


『そうです!よく分かったね?』

『名前で分かったよ!』


 俺の返事に、三枝さんからもすぐに既読がついたのだが、少し間を空けてから返事が返ってきた。


 名前で分かるもんかな?と思ったが、一先ずは三枝さんからメッセージを送ってくれた事で、俺はようやく肩の荷が下りた気分だった。


『なんでLimeのID教えてくれたの?』


 落ち着きを取り戻した俺は、とりあえず思っていた純粋な疑問を投げ掛けてみた。

 なんで、三枝さんは俺なんかにLimeのIDを教えてくれたのかについてだ。


 これには、何かクラスメイトとして頼みごとをしたいとか、それ相応の理由があるからに違いない。


 じゃなきゃ、三枝さんが俺とLimeするなんて普通に考えてあり得ないから。


 そう思った俺は、もしかしたらこれから何か重要なお願い事とかされるんじゃないだろうかと、緊張しながら三枝さんからの返事を待った。



 そして、少しの間を空けて、スマホからピコンと通知音が鳴った。


 俺は恐る恐るスマホの画面をタップすると、案の定その通知は三枝さんからの返信によるものだった。



『ダメだったかな?』


 返ってきたのは、その一言だけだった。


 俺はそのたった一言の持つ意味が読み取れず困惑した。


 ダメだったかなってなんだよ?

 それじゃまるで、三枝さんが普通に俺とLimeしたかったみたいじゃんか!と思い、直ぐ様そんなわけあるかと緩みきった自分の考えを否定する。


 だが、そんな俺に追い討ちをかけるように、さらにピコンと通知音がなる。




『一条くんとLimeしたかったの』



 その一文に、スーっと俺の中で引いてくものを感じた。

 流石にもう、言葉にされたらそれが全てだった。


 だから俺は、冷静になった頭でスマホをタップして返事を打つ。



『いいよ、連絡先教えてくれてありがとう。三枝さんとLime出来るのは俺も嬉しいです』




 そう俺が返信すると、この日三枝さんからの返信は無かった。



 さぁて、明日からどうなっちゃうんだろうなと思いながらも、不思議と俺の中では不安より楽しみな気持ちが勝っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る