10話「ライブを終えて」

 

 月曜日。



 教室へ入ると、今日も三枝さんは俺より先に自分の席に座っていた。


 土曜日のライブでは、エンジェルガールズとして飛び入り参加した三枝さんは、今一躍話題の人になっている。


 SNSでは『しおりん復活』がトレンド一位になり、2日経った今でも土曜日の出来事は伝説の一日として話題になり続けている程だった。


 そのため、当然今日の三枝さんは朝から多くの人に囲まれていた。


「ニュースで見たよ!ステージ上がったんだね!」

「実は俺もライブ行ってて、三枝さん出てきた時は本当にビックリしたよ!」

「ねぇ今度カラオケで歌ってよー!」


 集まっているみんなは、話題の三枝さんに興奮しながら口々に話しかけていた。


 三枝さんも朝から本当に大変だなと思ったが、三枝さんは微笑みながらその一つ一つにちゃんと返事をしており、その辺は流石アイドルだなと思った。



 まぁそれはいいとして、流石に人が集まりすぎだった。

 ちょっと通してとお願いして、なんとか一人通れるスペースを空けて貰った俺は、ようやく自席に座ることが出来た。


 しかし、座れたもののすぐ隣に人集りがあるこの状況は全く落ち着かなかった。

 今日も今日とて、頭のすぐ隣に女子のお尻があるこの状況は、朝からやりづらくて仕方なかった。



「あのー、ごめんねみんな!ちょっと私疲れちゃったから、またあとにして貰えるかな?」


 疲れた声でそう告げる三枝さんに、みんなハッとした様子で口々に謝罪を述べながら、足早にこの場から散っていった。


 相変わらずのカリスマ力だな……。


 前にもこんなような事あった気がするけど、流石は三枝さんだった。



「ふぅ、おはよう一条くん」

「あ、おはよう三枝さん」


 人集りが無くなったところで、安心した様子の三枝さんから朝の挨拶をしてくれた。


 俺はコンビニでの一件があるから、緊張せずいつも通り挨拶を返す事が出来た。

 しかし、土曜日の状態のまま会っていたら、きっと緊張してまともに顔も見れなかったに違いないだろうな。



 それにしても、不審者スタイルではなく普通に制服を着ている三枝さんは、今日も安定の美少女だった。


 服装と言えば、土曜日の私服は本当に可愛かった。


 学校ではしてこない、ナチュラルに化粧を施したあの日の三枝さんは、テレビや雑誌で何度も見たスーパーアイドルしおりんそのものだった。

 そんなしおりんが、今隣の席に普通に座ってて、そして俺なんかに挨拶してくれてるこの状況は、やっぱり意味不明だった。


「あの、ね?土曜日はありがとね」

「あ、うん、三枝さんの歌ちゃんと聞いたよ。なんていうか、凄く良かったよ。YUIちゃんにも負けないぐらい素敵な歌声だった」


 あの日、三枝さんは「私の歌、ちゃんと聞いててね?」と去っていった事を思い出した俺は、後れ馳せながら感想を伝えた。


 三枝さんの歌声は、透き通っていてとても綺麗で、まるで天使のような歌声だった。

 YUIちゃんのパワフルな歌声とはまた違い、言葉では言い表せない良さがあったのだ。


 だからこそ、俺は素直に思った事を伝えた。


「あ……うん……ありがとう……」


 素直に感想を述べる俺に、三枝さんは顔を赤くしながら俯いていた。


「あ、リストバンド……」

「リストバンド?」

「え!?あっ!な、なんでもない!!」


 今は学校だから、流石にリストバンドはしてこなかったのだが、それに気が付いた三枝さんの口からは思わず寂しそうな声が漏れてしまった様子だった。



 でも三枝さん、今リストバンドしてないのは申し訳ないのだけど、この下りは不審者モードの時にしたやつですよ?


 最近、ちょいちょい三枝さんは自分が変装している事を忘れがちな気がするけど、俺は気付かないフリをしてあげると三枝さんは慌てて何でもないと訂正してきた。


 でも、あの日ステージ上で堂々と歌いきったエンジェルガールズのセンターしおりんが、俺のリストバンドごときで顔を真っ赤にして取り乱してるこの状況がなんだか可笑しくて、俺は思わず吹き出してしまった。


 ――三枝さん、落差ありすぎでしょ。


 そんな笑う俺を見て、「わ、笑わないでよ!」とアワアワしている三枝さんは、やっぱりただただ可愛かった。




 ◇


 昼休み。


 今日も俺は孝之と共に弁当を食べる。


 隣では、既にクラスメイトを遠ざけ済みの三枝さんも、一人ニコニコと自分のお弁当箱を空けていた。


「いやぁ、土曜日は本当良かったな」

「あぁ、改めて誘ってくれてありがとな、本当良かったよ」


 俺と孝之は、未だに抜けきらない土曜日のライブの余韻に浸っていた。


「土曜日と言えば、三枝さんには本当ビックリしたよ!」

「え?」


 突然孝之に話しかけられた三枝さんが驚いていた。


「あぁ、そっか。あの日俺と卓也もライブ行ってたんだよ。そしたらいきなり三枝さんステージに上がるから、本当ビックリしたよ」

「あぁ、うん。知ってるよ」

「ウッソ!マジで!?ステージから見えた!?」



 いや、ごめん孝之。

 見えたっていうか、三枝さんはあの日俺の隣にいたから、孝之のすぐ近くに居たんだけどね。


 エンジェルガールズが一曲目を歌ってる間ずっと三枝さんはいたんだけど、本当に孝之はその事に気が付いていないようだった。


 まぁ会場は薄暗かったし、それだけライブに熱中してたって事だからそれはそれで幸せな事だろう。



「どうだったかな?私たちのライブ」

「最っっ高でしたっ!!」


 質問する三枝さんに、孝之は興奮気味に即答した。

 そんな孝之に、「フフ、ありがとね」と笑いかける三枝さんは、やっぱりアイドル可愛かった。



「一条くんはどうだった?」


 え、俺も?

 いや、俺は今朝伝えたでしょと思ったけど、勿論そんな事承知の上の三枝さんは少しはにかみながら、わざと同じことをもう一度言わせるために聞いてきている様子だった。



 ふーん、そうか。そんなに誉められたいならよかろう。


 ならば心して聞くがよい!



「あぁ、三枝さんの歌声は本当に最高だったよ。それに何より、あの日の服装も本当に可愛くて、目のやり場に困っちゃったぐらいだよ」

「分かる!あのワンピースすげぇ似合ってて可愛かったよな!」

「な!正直ステージ上の他のエンジェルガールズのメンバーやDDGのみんなよりも、おれは三枝さんに目を奪われちゃったかな」


 どうだ?お望み通りべた褒めしてやったぞ?

 と三枝さんの様子を伺うと、何故か三枝さんは下を向きながらプルプルと震えていた。


 ん?なんだこのリアクション?

 と、少しやり過ぎてしまったかと心配していると、三枝さんはガバッと立ち上がり、鞄の中から取り出した折り畳んだ紙切れをスッと差し出してきた。



 お、おう……何これ?


 訳も分からず、その紙切れを受け取る俺。


「い、家に帰ってから開いてね!それまでは絶対空けちゃダメだからねっ!」


 顔を真っ赤にした三枝さんはそう告げると、食べかけのお弁当箱を片手に教室から足早に去っていってしまった。



「今のは、恥ずかしがってるから……って事でいいよな?」

「あ、あぁ……」


 俺と孝之は、去り行く三枝さんの背中を見送りながら、俺達今何か悪いことしたかと確認し合った。


 結果、特にお互い問題ないはずだ。

 だから三枝さんは、単純に恥ずかしくなってこの場から去っていった。

 多分、それは間違っていない。



 ―――じゃあ、この紙はなんだ?



 俺はその玉手箱のような紙切れを、とりあえず言われた通り開かずに制服のポケットへとしまっておく事にした。


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