12話「翌日」

 次の日。


 俺は例のごとく早起きをしてしまい、いつもより早めに登校した。


 するとまだ教室には、俺を含めて二人しかいなかった。


 俺ともう一人、それは何故か今の席になってから登校時間が物凄く早くなっている事でお馴染みの、三枝さんだった。


 今日はいつもより30分早く着いたんだけど、三枝さんは一体いつから教室にいるんだろうか?



「おはよう三枝さん」


 俺は三枝さんに挨拶しながら自分の席へと着いた。



「あ、お、おおお、おはよう一条くん」


 ギギギッと顔だけこちらへ向けて、ガッチガチの挨拶を返す三枝さんは、今日も朝から挙動不審全開だった。



「あ、そうだ。昨日はLimeありがとね。この事はあまり周りには漏らさない方がいいのかな?」

「あ、う、うん!私クラスの子達に聞かれても全部断ってるから、そうして貰えると、た、助かります……」


 俺はその返事にかなり驚きながらも、「分かったよ」とだけ返事をした。

 でも、だったらなんで俺には教えてくれたんだろう?


 流石に勘違いしちゃうよ?なんて、トップアイドルだった三枝さんが俺なんかを恋愛対象として見る理由なんか無い事ぐらい自分が一番分かってるから、細かいことは気にしないでおく事にした。


 理由が何かあるにしろ、こんな三枝さんと平凡な俺とでLimeが出来るのなら、それだけで御の字だと思うべきだろう。



「き、昨日は返事出来なくてごめんね!お、お風呂入ってそのまま寝ちゃったの!」

「そっか。うん、気にしてないから大丈夫だ―――」

「気にして!!」


 謝罪する三枝さんに、気にしてないから大丈夫だよと返事をしようとしたのだが、食い気味に「気にして」と言われてしまった。


 思わずそう言葉を発してしまったのであろう三枝さんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら下を向いてしまった。



「あー、うん、ごめん。本当はもうちょっとLimeしてたかった、かな」


 なんだかとても居づらい空気になってしまったため、透かさず俺はフォローした。

 実際、相手は俺の大好きなアイドルしおりんなのだから、もうちょっとLimeしてたい気持ちがあったのは本当だ。超本当。



「そ、そそそっか!じゃあ今日またLimeお、送るね!」


 照れ笑いしながら三枝さんがそう告げたところで、他のクラスメイトが教室へとやってきたためこの会話は終了となった。



 ――でも、正直助かった。


 今の照れ笑いする三枝さんの破壊力は凄まじく、これ以上の攻防は流石の俺でも耐えられそうになかったから。




 ◇


 昼休み。


 今日も今日とて、俺は前の席に座る孝之と弁当を食べる。


 三枝さんはというと、今日も一人でお弁当をニコニコと食べていた。

 いつも思うけど、そんなに弁当好きなのかなってぐらい幸せそうにご飯を食べてる三枝さんは、見ているだけでこっちまで幸せな気分になった。


 それはクラスのみんなも同じ気持ちなようで、教室のあちこちから三枝さんへと優しい視線が向けられていた。


 流石は三枝さん、弁当を食べるだけでも場の空気を和ませてしまう魅力があった。



「そうだ卓也、今日俺部活休みだから、放課後ちょっと付き合ってくれよ」

「ん?あぁ、俺も今日はバイト休みだからいいぞ」

「さんきゅー!ちょっと駅前で行きたい店があるんだよ」

「行きたい店?」

「おう、ついにこの街にも駅前にメイド喫茶が出来たんだよ!興味あるじゃん?」

「ふーん、メイド喫茶ねぇ…………そりゃ行くしかないなっ!」





 カシャンッ!



 孝之の素敵な提案に、俺が元気よく二つ返事をすると、隣の席から何か物が落ちるような音が聞こえてきた。

 俺と孝之はその音に反応して振り向くと、それは三枝さんが持っていた箸を落とした音だった。


 慌てて三枝さんは、落とした箸を拾っていた。



「だ、大丈夫?」

「あ、うん、もう食べ終わってるし大丈夫」


 俺が声をかけると、三枝さんは少し恥ずかしそうにしながら返事をした。

 もう食べ終わってるなら、大丈夫か。



「い、一条くんはその、メイド喫茶好きなの?」


 そう油断した俺に、三枝さんから思わぬ質問が投げられてきた。


 聞いてたんですね、三枝さん……。

 メイド喫茶が好きなの?と女の子から聞かれるのは、中々恥ずかしいものがあった。

 ましてや相手は三枝さんだ、今すぐ逃げ出したい気分だ……。



「ま、まぁ、正直興味はあるか……な……」

「そ、そうなんだね。メイドさんが好きなの?」

「まぁ、うん。どっちかと言うと……」


 何この会話恥ずかしい!早く終わって!!


 そう願いながら俺は返事をすると、三枝さんは「そっか」と一言呟いて、この話を終わらせてくれた。


 しかし、三枝さんの顔はニコリと微笑んでいるようだが、どこか闘志を燃やしているような、表情とは真逆の感情が潜んでいるように感じられた。



「ま、まぁ、そんな感じで放課後頼むわ」

「お、おう、分かったよ」


 俺と孝之は、そんな様子のおかしい三枝さんに少し怯えながらも、放課後メイド喫茶へ行く約束をした。




 ◇


 放課後。


 俺と孝之は、お目当てのメイド喫茶の前へとやってきた。


 そこは駅前の商業ビルの五階にあり、外からも一目で分かるピンク色の看板がデカデカと掲げられていた。



「い、いくぞ!」

「お、おう!」


 覚悟を決めた俺達は、緊張しながらも店の扉を開いた。



 ◇


「お帰りなさいませ!ご主人様!!」


 店内へ入ると、可愛らしいメイドの服装をした女の子達に出迎えられた。


 テレビや漫画とかでよくある「お帰りなさいませ!ご主人様!」を生で聞けた事に、俺達はちょっと感動した。


 本当に言うんだななんて思っていると、俺達はそのまま席へと案内された。



 まだオープンして間もないのだが、店内には多くのお客さんで溢れていた。


 それから俺達は、オムライスを頼んでケチャップで文字を書いて貰ったり、せっかくだからとお願いしてメイドさんとのチェキを撮ったりして、一通りメイド喫茶というものを堪能して店をあとにした。



「まぁ、こんな感じか」

「そうだな」


 中に居る間は楽しかったのだが、一歩外へ出ると途端に冷静になった俺達は、そう感想をこぼしながら若干の虚しさと共に家路についた。


 まぁこれも社会経験だと、俺達はまた一つ大人になった気がした。



 ◇


 時計を見ると、既に22時を少し回っていた。


 俺は部屋で一人横になりながらスマホをいじっていると、ピコンと新しいLimeのメッセージを受信した。


 送り主は、昨日Limeを交換した三枝さんからだった。


 そう言えば、今日もLimeするって言ってたなと思いながら送られてきたメッセージを開く。



『メイド喫茶、どうだった?』


 ちょっと?三枝さん?

 Limeでもその話します?と俺はどう返事したらいいのか迷いつつも、『それなりに楽しかったよ』とだけ返事をした。



『そっか、メイドさんが好きなんだね』


 俺の返信に対して、すぐに素っ気ない返信が返ってきた。

 いや、好きってわけでもないんだけど、何これ?

 なんだか彼女に責められる彼氏みたいになってません?と変な汗が流れてきた。


 なんて返していいか分からないから、一回スマホを置いて気持ちを切り替える俺。



 ――ピコン。


 すると、俺の返事を待たずして、三枝さんからまた新たなメッセージが送られてきた。


「ん?画像?」


 それは、メッセージではなくなんと画像ファイルで、そんな突然送られてきた画像ファイルを俺は恐る恐るを開いた。




 そして、表示された画像に俺は思わず絶句する――。




「何やってるの三枝さん……」


 そう呟く俺の手に握られたスマホの画面には、メイドのコスプレをした三枝さんの自撮り写真が写し出されていた。



 三枝さんが着ているメイド服は、よく見るとエンジェルガールズのサードシングル『あなただけの召使い』のPVで着ていたメイド服だった。

 今日行ったメイド喫茶のコスチュームと似たミニスカートでフリフリのメイド服は、とても三枝さんに似合っていた。


 そんなスーパーアイドルしおりんが、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら自撮りした画像だ、これが可愛くないわけがなかった。



 ―――というか、可愛いなんてレベルじゃないぞこれ





 ――ピコン


 そんな三枝さんのメイド姿に見惚れていると、三枝さんから新たなメッセージが届く。




『私も着てみたけど、どうかな?』



 いや、どうかなって……そりゃもう……




『最高です。家宝にします』


 そう返信をすると、俺は送られてきた画像を三回保存しておいた。

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