9話「復活」

「嘘……しおりんなの……?」

「しおりんんんん!」

「しおりん、貴女本当にしおりんよね!?」


 めぐみん、ちぃちぃ、みやみやがそれぞれ、ステージ上に現れたしおりんの元へと駆け寄る。


 それは三者三様の反応であったが、三人ともしおりんを前に感情が押さえられない様子だった。



「みんな、久しぶりだね」


 そんな三人に、しおりんはにこりと微笑みながら優しく返事をする。


 その光景に、会場からも「しおりーん!」と呼び掛ける声が絶えなかった。



「なんかごめんね、YUIちゃん達のライブなのに」

「本当だよ。でもまぁ、あたしも久々に紫音に会えたから良しにしてやるよ」

「フフ、ありがとね。でも絶対負けないからね?」


 やれやれと笑うYUIちゃんに、小悪魔っぽい笑みを浮かべながら何故かしおりんは負けない宣言をした。


 そんな不意打ちをくらったYUIちゃんは、苦笑いしながらも「なんだか知らないけど、だったらあたしも負けないよ」と返していた。




「さ、しおりん!みんなも!今日はDDGのライブだからさっさと次の曲行くよ!」


 あかりんのその言葉に、エンジェルガールズのメンバーは頷く。

 あかりんがしおりんに耳打ちをすると、頷いたしおりんはステージの真ん中に立った。

 そして、そんなしおりんを中心にして、他のメンバーもそれぞれ定位置についた。




「それでは聞いて下さい。『ずっと友達』」



 その声に合わせて、DDGの演奏が始まる。


 この曲は、俺もよく知っている。

 というか、エンジェルガールズの中で一番好きな曲だ。


 しおりんが引退発表した直後に出されたこの曲は、メンバーとしおりんの絆を歌ったバラード曲となっている。


 例え今日だけの復活だとしても、それでも再びエンジェルガールズが揃ったこの状況でこの曲だ、歌い出す前から会場からは鼻を啜る音が聞こえてきた。



「三枝さん、なんで辞めちゃったんだろうなぁ……」


 そう隣で呟く孝之も、再び揃ったエンジェルガールズのみんなを前に、ちょっとジーンときている様子だった。


「本当にな……」


 本当にどうして、三枝さんはアイドルを辞めてしまったんだろうな……




 ◇



 前奏が終わる。


 そして、アイドルしおりんの歌声が会場中に響き渡る。


 その透き通るような天使の歌声は、聞くもの全てを惹き付ける魅力があった。


 そして、そんなしおりんの歌声に、他のメンバーの歌声が一人ずつ重なり合わさる。


 それはまるで、メンバーの一人一人が卒業していくしおりんの背中を押しているようで、聞いてる者の心を打つ歌声だった。


 そしてサビは、全員での合唱。

 歌詞にある『どこに居ても、私達は仲間だよ』のフレーズが、曲のメロディーの良さと相まって聞いてる観客の心に深く響く。


「しおりーん!」

「帰ってきてー!」


 そんな会場から送られる感極まった声援に、歌っているメンバー達までもが感極まっている様子だった。



 ―――凄い。これが、三枝さんの本当の顔なんだな。


 俺はそんな、飛び入りでも完璧にアイドルとして人々の心を惹き付ける三枝さんの姿に釘付けになった。



 国民的アイドルグループ、エンジェルガールズのセンターしおりんの姿に、俺は曲が終わるまでずっと見惚れてしまっていたのであった。



 ◇



「みんなー!今日は本当にありがとー!引き続きDDGのライブ最後まで楽しんでってねー!」


 あかりんがそう告げると、エンジェルガールズのみんなは舞台裏へと下がって行った。


 会場からは、去っていくエンジェルガールズに向かって拍手と声援が鳴り響いた。

 もうステージへ上がってしまった事もあり、当然三枝さんも一緒に舞台裏へと消えていく。



 なんだか凄いものを見てしまったなと、俺は暫くぼーっとしてしまっていた。


 いつも隣の席で挙動不審な謎行動ばかりしてる三枝さんだけど、今日の三枝さんは紛れもなくアイドルだった。




 ―――ちゃんと聞いてたよ、三枝さん



 俺は去っていく三枝さんに向けて、心の中でそう伝えた。






 ◇



 日曜日。


 俺は、未だに昨日のライブの余韻が抜けないでいた。


 DDGのライブは最後まで本当に最高で、俺はもう孝之同様すっかりファンになってしまっていた。


 ライブが終わってからも、カフェで孝之と暫く熱く語り合ってしまった程、それはもう本当に最高だったのだ。

 あんな最高なライブに誘ってくれた孝之には、本当に感謝しかなかった。




 まぁそんな余韻に浸りながらも、非日常から日常に戻った俺は今日もコンビニでバイトをしている。




 コンビニの扉が開くメロディーが流れる。


 そのメロディーに反応して、俺はいつも通り「いらっしゃいませ~」と声を発しながら、やってきたお客様を確認する。


 そこには、マスクをして縁の太い眼鏡をかけ、深く被ったキャスケットでその姿を隠した如何にも怪しい女の子が立っていた。



 ――毎度お馴染みの三枝さんだった。


 昨日の可憐な姿とは真逆の、いつもの不審者スタイルをした三枝さんが今日もコンビニへとやってきたのである。


 いつもの俺なら、そんな不審者スタイルでコンビニへやってくる三枝さんを見て安心していたのだが、今日の俺はドキドキが止まらなかった。


 昨日あんなライブを見せられたんだから、ドキドキしない方が可笑しいってもんだ。


 そんな俺の気持ちなんて露知らず、物凄い早歩きでレジの前を通り過ぎていく三枝さんは、今日も今日とて挙動不審全開だった。


 買い物カゴに、サラダとサラダパスタと野菜ジュースを入れた三枝さんが、レジへとやってきた。


 今日は全部野菜だなと思ったけど、今日の俺にはそこを楽しむ余裕はちょっと無かった。


 変装してても、目の前に立つ三枝さんはやっぱり可愛くて、俺はそんな三枝さんの顔をなるべく見ないようにしてなんとか平静を保ちながら、手早く集計を済ませていく。


「い、以上で、782円で――」

「これで!」


 金額を告げ終わる前に、三枝さんは財布から千円札をシュバっと取り出して差し出してくる。


 案の定、今日も三枝さんは小銭を出してくれる様子はないため、俺はその千円札を受け取ると手早く精算を済ませてお釣りを手渡す。


 すると、三枝さんはいつも通りお釣りを差し出す俺の手を両手で包みながら、大事そうにお釣りを受け取った。




「あ……これ……」



 しかし、お釣りを受け取る三枝さんはある物に気が付きその動きが止まる。


 三枝さんの視線の先にあるのは、俺の腕に付けられたピンク色のリストバンドだ。



「あ、これですか?僕の大好きなアイドルのグッズなんですよ。『エンジェルガールズのしおりん』っていうんですけど、知ってます?」


 営業スマイルを浮かべながら俺がそう告げると、三枝さんは一瞬にして真っ赤になった。


 それはもう、文字通り真っ赤であった。




「あ、あわわ、ありがとうございましゅ!」


 最後噛んでしまった三枝さんは、恥ずかしそうに足早にコンビニから出ていってしまった。



 だが俺は、マスクをしていても去り際の三枝さんの嬉しそうな顔を見逃さなかった。



 うん、昨日の三枝さんは凄かったけど、やっぱりこっちの三枝さんの方が身近で可愛いかなと思いながら、俺はそんな去っていく三枝さんの背中を微笑みながら見送った。

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