8話「エンジェルガールズ」

「みんな来てるなんて、本当ビックリだよ」


 エンジェルガールズのステージを見ながら、楽しそうに呟く三枝さん。

 どうやら三枝さんも、今日のライブにエンジェルガールズが来る事を知らなかったようだ。


 たった今、俺は国民的アイドルグループ『エンジェルガールズ』のライブを、同じくエンジェルガールズでセンターを務めていた、しおりんこと三枝紫音と共に眺めている。


 この謎すぎる状況に、会場のみんなは勿論、隣にいる孝之までもライブに熱中しすぎてまだ気付いていない。



 俺は隣の三枝さんに目をやる。

 なんていうか、今日の三枝さんは服装から違っていた。


 白地に水玉模様の膝上丈ワンピースに、可愛らしい赤色のパンプス。

 肩から襷掛けした赤色の小さめのバッグがコーディネートのアクセントになっていて、今日の三枝さんはとても可愛らしくてお洒落だった。


 そして何より、普段はしていないメイクまでナチュラルにしており、唇には淡いピンクのリップを塗っている事でぷっくりと艶やかに膨らみ、なんていうか今日の三枝紫音はとにかく全てが本気だった。


 これはもう、コンビニに現れる三枝さんと今の三枝さんが同一人物だと言っても、誰も信じないだろう。


 なんなら俺だって信じられないぐらい、今日の三枝さんはただただ可憐で美しくて、流石に俺も直視出来なくて目のやり場に困ってしまった。


 そんな俺に気付いてるのか気付いてないのか、こちらを向いて面白そうに微笑む三枝さんの破壊力は、平凡な俺にはあまりに刺激が強すぎたため、思わず顔を反らしてしまった。



 ◇



 ステージ上では、DDGの生演奏のもとエンジェルガールズの代表曲『start』が歌われている。

 誰しもが知ってる程の有名な一曲だから、今日はDDGのライブに集まったオーディエンスであるにも関わらず、サビの部分では当然のようにコールが起き会場は大盛り上がりであった。


 そして、サビを終え2番に差し掛かった所でメンバーはステージ上で散らばると、リーダーである『あかりん』こと新見彩里しんみあかりが、笑顔で会場に手を振りながらステージの端へと移動してきた。



 ステージの端、つまりそこは丁度俺達がいる場所の目の前であった。


 だからそうなると、当然あかりんは気付いてしまう。

 今ここに、しおりんこと三枝紫音が来ているという事に。



 あかりんと目が合った三枝さんは、「やっほー」と手を振って応えた。


 手を振られたあかりんはというと、突如目の前に現れた三枝さんに驚愕と困惑の表情を浮かべながらも、パフォーマンスだけは辛うじて続けていた。



 なんとか気を取り直したあかりんは、三枝さんを指差しながら『あんたあとで話がある!』とでも言いたげな表情を浮かべながら、またステージ中央へと戻って行ってしまった。




「あーあ、見つかっちゃった」


 そんなあかりんの背中を見つめながら、三枝さんはまるで他人事のように楽しそうにコロコロと笑っていた。




 ◇


 エンジェルガールズが、代表曲『start』を歌い終える。

 すると、それに合わせて会場からは割れんばかりの声援が飛び交った。


 口々にエンジェルガールズのメンバー名を叫ぶ声が聞こえる。

 その声に、エンジェルガールズのメンバーは会場に向かってニコニコと手を振って応えていた。



「というわけで、改めまして私達『エンジェルガールズ』です!」


 エンジェルガールズの挨拶に、「うおおおお!!」とどよめく会場。


「今日は、同じ事務所のDDGの単独ライブという事で、応援に駆けつけちゃいました!」

「いやぁ、最高だったよ!来てくれて本当にありがとう!」


 あかりんの一言に、YUIちゃんが続く。


「じゃあこれはもう、DDGのみんなには今度の私達のライブにも来て貰わないと困るよね~」


 YUIちゃんに向かって、したり顔でそう言ったのはエンジェルガールズの元気担当、『めぐみん』こと橘萌美たちばなめぐみ


「あ、それはいいですね!」

「フフ、賛成」


 それに続いたのは、エンジェルガールズの妹担当『ちぃちぃ』こと柊千歳ひいらぎちとせと、クール担当『みやみや』こと東雲雅しののめみやび


 以上の、『あかりん』『めぐみん』『ちぃちぃ』『みやみや』の四人が、現エンジェルガールズのメンバーになる。


 四人ともタイプは異なるがかなりの美少女で、そんな個性溢れる美少女達が集まった奇跡のアイドルグループこそが、今や全アイドルの頂点と言われるエンジェルガールズなのである。



 そんなエンジェルガールズとDDGによるフリートークが暫く続いたところで、突然リーダーであるあかりんが意を決した様子でステージ上のみんなへ告げる。



「みんな、ちょっといい?今日はもう一曲歌わせて貰うんだけど、全責任は私が持つから、次の曲にどうしても参加して欲しい人いるんだ」


 一体何の話だ?と聞き入る会場。

 それはステージ上のみんなも同じで、会場のみんなと同じく何の事か全く分かっていない様子だった。



「大丈夫、次の曲はゆっくり目な曲だし、何よりその子はこの曲の事を一番熟知してるから。だから、私はもう一度、どうしてもあの子と一緒にこの曲を歌いたいの!」


 そう告げるあかりんを見て、俺はあかりんが何を言いたいのか分かってしまった。


 それはもう、つまりそういう事だよね、




「聞いてるでしょ、しおりん!さっさとステージに上がって来なさい!」



 あかりんは、しおりんこと三枝さんの方を指差しながら、高らかにそう告げたのであった。




 ◇



 あかりんから発せられた突然の一言に、一気にざわつく会場。



「あはは、私もう引退してるんだけどなぁ」

「さ、三枝さん行くの?」

「うーん、そうだなぁ。ねぇ、一条くん?」


 言葉では悩んでいるが、余裕たっぷりで全く悩んでいない様子の三枝さんは、俺の顔を見ながら満面の笑みを浮かべる。


 そして、




「私の歌、ちゃんと聞いててね?」



 そう一言残し、そのまま三枝さんはステージへと向かって歩きだしたのであった。





 ◇



「―――もう、いきなり酷いよあかりん」




 ステージ脇から、透き通るような綺麗な声が会場に響き渡る。



 そして、その声から一呼吸置いて、ステージ上へゆっくりと一人の美少女が現れる。





「「「しおりいいいいいいいいいん!!!!」」」





 その少女の姿に、会場からは今日一番の割れんばかりの歓声が鳴り響いた――。



 こうして、国民的アイドルグループ『エンジェルガールズ』の絶対的センター『しおりん』が、一日限りの復活を果たしたのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る