4話「放課後」
放課後。
俺は今日もバイトへ向かうべく帰り支度を手早く済ませていると、突然教室内から大きめな声が聞こえてきた。
「ねぇみんな!このあとクラスのみんなでカラオケでも行かないか?」
突然そんな提案をしてきたのは、クラスの色男、
「いいね!行こう行こう!あ、三枝さんも行けるかな?」
そして、まるで示し合わせたかのように新島くんの誘いにすぐに賛同し出す数人の女子達。
――あーこれは、完全にグルだな。
どうしてもこのあと、同じクラスのスーパーアイドル三枝ちゃんを遊びに誘いたいという魂胆が正直丸見えだった。
「え、どうしようかな……」
「無理にとは言わないけど、良かったら一緒にさ!」
「正直うちら生でエンジェルガールズの曲聞きたいなーってハハ」
悩む三枝さんに向かって、ついつい本音まで漏れてしまっている女子達。
まぁ確かに、ついこの間まで第一線で活躍してたスーパーアイドルが同じクラスにいるんだから、生歌を聞いてみたいと考える方が自然だと俺も思う。
すると、三枝さんは何故かこちらを横目で見ながら、「まぁ歌っても別にいいけど……」と、少し顔を赤くしながら様子を伺っているようだった。
「お、卓也はカラオケ行けるのか?……って、今日もバイトだっけか?」
「あーうん、俺はどのみちカラオケはパスだし、俺の事は気にせず皆で楽しんできてくれ」
「本当、お前高校生になってからバイトばっかだよなぁー。まぁ分かったよ、頑張れよ」
ごめんな孝之。
残念ながら、俺はどのみちそういうイベントに参加するつもりは無いんだ。
皆で集まってカラオケするとか正直しんどいだけだから、そういうのが好きな人達だけで楽しんでくれたらいい。
――まぁ俺もちょっと、三枝さんの生歌には興味あるけどね。
そんな孝之とのやり取りを終えた俺は、ふと隣から視線を感じて振り向くとそこには、何故か思い切り頬をフグみたいにぷっくりと膨らませた三枝さんの姿があった。
――ん?いやいやいや、何!?
――自分、なんかしちゃいました!?
何故俺が三枝さんからそんな視線を向けられないといけないのか戸惑っていると、
「ごめんなさい、今日は夜予定あるの忘れてたから、また今度誘ってね!」
と、三枝さんはぷっくりと膨れたまま返事をしていた。
その結果、さっきまでの盛り上がりが嘘のように、三枝さんが来れないと分かった途端教室内の空気が一気に沈んでしまっていた。
とまぁ、もう俺には関係ないし、みんなには悪いけどあまりのんびりしてるとバイトに遅れそうだから、俺はそそくさとそんな教室をあとにした。
◇
バイトへ向かって歩きながら、俺はさっきの教室での光景を思い出す。
そう、クラスのみんなには悪いけど、俺はカラオケ云々より一つとても気になった事があった。
――あの時の三枝さん、膨れながら普通に喋ってたけど無理じゃね!?
俺は周りに誰も居ない事を確認すると、試しにちょっと真似してようとしてみたけどやっぱり無理で、あの時膨れながら器用に話す三枝さんの姿を思い出して、俺は思わず吹き出してしまった。
マジでどうやって喋ってたんだよ三枝さん。今度コツを教えて貰おうかな――。
◇
夜8時を過ぎた頃、コンビニの扉が開くメロディー音が流れる。
俺は音に反応して、いつも通り「いらっしゃいませ~」と一言挨拶をする。
扉を開けて入ってきたのは、今日も安定の三枝さんだった。
例に漏れず、今日もマスクとメガネとキャスケットで顔を隠していた。
――出たな、三枝さん。
一体今日は何してくれるんだろうかと、もはやちょっと楽しみになっている俺がいた。
他にお客様も居ない事だし、俺は今日も三枝さんの動きを目で追った。
まずは、雑誌コーナーへ行き情報誌をペラペラと捲り出した三枝さん。
お、今日は雑誌デッキか!とその様子を伺うと、早速三枝さんクオリティを発揮している事に気が付いた。
――三枝さん、雑誌の向き逆ですよ。
そう、あろうことか三枝さんは、雑誌を逆さまに開いてペラペラとページを捲っているのだ。
今時コントでもしないようなボケに、今日も三枝さん絶好調だなと安心する。
よく見ると、三枝さんは雑誌を読むフリして、メガネ越しにこっちを横目で見てきているのが分かった。
なるほど、だから雑誌が逆さまなのにも気付かなかったのかと、俺は推理を楽しんでいた。
開いてる雑誌には丁度、アイドル時代の三枝さんの写真がでかでかと載っているのだが、そんな自分の写真にも全く気が付く様子は無かった。
雑誌に載ってるアイドル本人が、その雑誌を立ち読みしてる姿はちょっと面白かった。
しかし、何故三枝さんがそうまでしてこっちの様子を伺っているのかは謎だった。
放課後の件、まだ何か不満なのかな?とか色々可能性を考えたが、やっぱりよく分からなかった。
そんな俺の視線に向こうも気が付いたのか、慌てて棚に雑誌を戻した三枝さんは、買い物カゴを手にするとお茶とカフェオレと飲むヨーグルトをカゴにさささっと入れてレジへと持ってきた。
今日は全部飲み物かーと思いながら、俺は三枝さんだと全く気が付いてないフリをしながら金額を集計した。
「――以上で、426円になります」
飲み物を袋に入れながらそう伝えると、三枝さんは今日も財布から千円札をシュバっと取り出して差し出してきた。
当然、今日も小銭を出すつもりは無いようなので、俺はその千円札を受け取って清算を済ませる。
そしてお釣りを差し出すと、今日もお釣りを渡す俺の手を両手で包み込みながら、大事そうに小銭を受け取る三枝さん。
……毎回やるけど、この下りは本当になんなんだろう。
もしかして、三枝さんって小銭が好きなのかな?とかアホみたいな事考えていると、そんな三枝さんが珍しく口を開いた。
「あ、あの!カラオケ嫌いなんですか!?」
「え?」
カラオケ嫌いなんですかって?いきなりなんだ?
今日の放課後の件を受けた発言なんだろうけど……とりあえず三枝さん、今自分が変装している事忘れてますよ?
まぁ細かい事は置いておいて、とりあえず今はバイト中だし、あくまで客と店員の日常会話としてさくっと返事をする事にした。
「カラオケですか?好きですよ。自分で歌うのもいいですが、カラオケで上手な人の歌を聞くのも好きですね」
俺は営業スマイルでニッコリと微笑みながらそう返事をした。
ついでに、元アイドルの三枝さんの事も気遣って、歌が上手い人が好きだとも付け加えておいた。
別にこれは、俺の本心でもあるから嘘は付いていない。
エンジェルガールズの曲を移動中イヤホンで聞いている程度には、俺は三枝さんの歌声は好きだから。
すると三枝さんは、そんな俺の顔を見ながら顔を赤くすると、「ありがとうございました!」とお礼を言って頭を下げると、何故かそのまま足早に店から出ていってしまった。
相変わらずよく分からないけど、去り際の顔はなんだか嬉しそうにしてたからまぁいいかなと思いながら、俺は今日も残りのバイトをこなしたのであった。
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