5話「ライブチケット」
月曜日。
いつもより少し早起きに成功した俺は、時間に余裕をもってのんびりと登校する。
教室へ入ると、まだ人は疎らだったのだが隣の席の三枝さんは既に席についており、何やら朝から熱心に読書をしていた。
三枝さんと言えば、朝が弱いのかいつもギリギリに登校してくる印象があったから、この時間に既に教室に居るのは正直ちょっと意外だった。
「おはよう三枝さん」
元アイドルと言えど、今はクラスメイト。
黙って横切るのも悪いから、俺は他の人とするのと同じように朝の挨拶をする。
もっとも、三枝さんとはバイト先のコンビニでもう何度も向き合っているため、俺の中では既に親近感みたいなものまで湧いていたりするんだけど。
「え?あ、一条くんおはひゃあっ!」
突然の俺の挨拶に驚いたのか、三枝さんは慌てて返事をしようとして読んでいた本を床に落としてしまった。
しまったな、熱心に読書していたから邪魔して悪いことしたかなと思い、俺は落とした本をすぐに拾おうとしたが、それよりも先に三枝さんは物凄いスピードで本を拾うと、すぐに鞄の中にしまってしまったのであった。
な、なんだ?そんなに俺に見られたくなかったのかな?
罰が悪そうに笑って誤魔化す三枝さん。
まぁ何読もうが個人の自由だし、そういう趣味とか秘め事で他人に知られたくない事の一つや二つ誰にでもあると思うから、俺はこれ以上気にしないでおく事にした。
だから、さっき横切る時『これであなたもモテモテ!気になる相手もイチコロよ☆』というでかでかとしたキャッチコピーがちらりと見えた事は黙っておこう――。
でも、元国民的美少女アイドルである三枝さんが、なんでそんな本を読んでいるのか正直気になるところだけど、三枝さんは三枝さんなりに人生何か思うところがあるのだろう。
仮にこんな超絶美少女の三枝さんでも恋愛に上手くいっていないのだとしたら、そのお相手はよっぽどの有名人とか超人なんだろうなぁ――って、いやいやそれどんな男だよと、まるで俺とは住む世界が違う話すぎてちょっと笑えてきた。
俺がぼんやりとそんな事を考えながら座っていると、当の本人である三枝さんは、そーっと横目でこっちの様子を伺っているかと思えば、何やら恥ずかしそうに視線を外して手にもった教科書で顔を覆い、そしてまたそーっと横目でこっちの様子を伺ってくるという謎行動を繰り返していた。
こうして今日も、三枝さんは朝からひっそりと挙動不審に励んでいた。
◇
「おっす!おはよう卓也!」
「おう!おはよう孝之!」
朝部活を終えた孝之も教室へやってきた。
朝からバスケの練習とか、本当よく頑張るなぁって思う。
汗をかいてちょっと髪が濡れたままの孝之は、男の俺から見てもとてもセクスィーだった。
俺が女なら、惚れちゃうね!
「そうそう!朗報がある!」
「ん?なんだ?」
そう言うと、孝之は自分の鞄をゴソゴソと漁ると、何やら二枚のチケットを取り出して自慢げに見せてきた。
「卓也、今週末は空いてるよな?」
「うん、空いてるけど?」
「聞いて驚け、今度の土曜日にあるDDGのライブチケットだ!一緒に行こうぜ!」
「マジか!え、いいのか?」
「あぁ、勿論!親父が仕事の関係で偶然貰ってきたのをくれたんだ!」
「良かったな!てことは、生YUIちゃんに会えるってことか!」
ガタンッ!!
ちょっと興奮しながら俺が素直に喜んだのと同時に、突然隣の席から大きな音が聞こえてきた。
俺と孝之はその音にビックリして振り向くと、どうやらそれは三枝さんが勢いよく立ち上がった際に生じた音だったようだ。
隣で立ち上がったまま動かない三枝さんは、何故かまるでこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべていた。
「さ、三枝さん?どうした?」
そんな三枝さんに、孝之が恐る恐る声をかける。
しかし、ハッとした三枝さんは弱々しく「ごめんなさい」と一言謝ると、真っ青な顔をしながら足早に教室から出ていってしまった。
「な、なんだったんだ?」
「さ、さぁ?」
俺と孝之は、訳が分からず去っていく三枝さんの背中をただ眺める事しか出来なかった。
◇
朝のホームルームが始まる前には、三枝さんは教室に戻ってきていた。
口々に挨拶してくるクラスメイト達に対して、いつもの完璧なアイドルムーブで普通に対応している。
さっきの三枝さんは全くもって謎だったが、どうやら何事も無さそうなので安心した。
「ゆいちゃんには絶対負けられないんだから……」
ホームルームが始まると、隣でそう小さく呟く三枝さんの声が聞こえてきた。
その声に振り向くと、三枝さんは何か大きな決断をしたような、緊張と覚悟を感じさせる表情を浮かべていた。
そして、この時からだと思う。
ただでさえ挙動不審な三枝さんが、更に様子がおかしくなったのは――。
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