2.0.2 Humaroid
――*――*――*――
「しーた……なんだこいつ?」
人型ロボットはその場で見下すようにシバを観察する。レンズを小刻みに回転させて、こちらを測っているようだった。さらにレンズの内側に文字のようなものを羅列させては、今度はその顔の周辺に同じものをスクリーンとして映し出していく。
『――……ピー。ガガッ。対象ヲ検索中。検索中……』
スクリーンは虚空に浮かび上がったまま、シバにも見える形で複数展開される。そのどれもが見たことも無い文字列やグラフに似た形で投影されていた。その情報のボリュームだけ凄まじいということは何となくでもわかるだろうか。それで以て何かを探している、ということまでシバには推測できた。
『――検索結果数、ゼロ。該当スルデータガ不足シテイマス。該当スルデータガ不足シテイマス。該当スルデータガ不足シテイマス……』
唐突に人型ロボットが壊れた機械のように同じ台詞を繰り返す。ロボットであるならば本当に壊れたのかもしれない。見れば、展開されたそれらスクリーンにもエラー警告のようなポップアップで埋め尽くされていた。
急に現れてはこちらを勝手に探ってこのようになってしまった。データがない、とは十中八九シバ自身のことだろう。
それも当たり前だ。この<
しかしながら、このままエラーを吐き続ける人型ロボットと居合わせるのも気まずい。
そう考えその場から離れようとした矢先、不意に人型ロボットがさらなる動きを見せた。展開させたスクリーンを次々と閉じては、再びレンズをシバへと向き直す。
嫌な予感とも言えようか。不気味にも見つめられてしまい、シバは咄嗟に右手を強く握る。
『――未確認データノ為、サンプルヲ収集許可ヲ申請シマス』
「サンプル……って、はあ!?」
有無を言わさず人型ロボットが両腕を素早くシバの身体へと伸ばしてくる。後ろに下がりながら、シバはハンマーでその手を払った。異質な感触が、シバの手にも伝ってくる。元々人ではないとは思っていたが、間接的にでも触れたことで、柔な素材で作られたものでもないともわかった。
『――……ピー。警告、抵抗ヲ確認。危険レベル2以上ト仮定。発声器官ヨリ言語ヲ認証、会話機能保持ト推測。言語媒介ニヨル興奮抑制ヲ試行…………「落ち着いて下さい。危害を加えるつもりは、一切ございません」』
「嘘くせぇ……っ」
大きく一歩下がり、人型ロボットのレンズを睨み付ける。人型ロボットはすぐに詰め寄ろうとはしない。その場で『「落ち着いて下さい。危害を加えるつもりは、一切ございません」』と同じ言葉を再び復唱していた。
穏便に済むならばそれに越したことはない。関わらない方が良いことだってある。<
踵を返し、足早にこの場から離れようと試みる。もう少し、人に近しくまともな会話が出来そうな者を探したいものだ。
『……ほゥ』
ただ浮いていただけの<
『なんだ、シバを名乗る人間。戦わずして逃げるのか?』
「別に俺は戦闘狂じゃねえよ。煽ってんのか? もしくは、これもあんたが仕掛けたって意味合いか?」
『そうであれば?』
「無視に限る。もう満足しただろ、早くハッチの元へ――」
連れて行ってくれ、と声を掛けようとするや否や、振り返ったシバの視界に異様な姿が映り込んできた。
それは確かにそこにいたはずだった。「CitaWs」と書かれていたロゴが横に切り裂かれ、頭と思われた大きなレンズが下へ下へと降りていく。下を向いたわけではない。ゆっくりと、小さなエレベーターのようにそれは垂直落下した。胸元を通り過ぎ、臍辺りまで降下してようやく留まる。その間上半身が分かたれていき、それは腕となって新たに生えてきた。華奢な脚も合わさり、長く伸びた腕も這いつくばる姿勢となる。頭はじっとこちらを捉えたまま、計八本の脚がバランスを取らんと小刻みに動いていた。
『――会話交渉ノ決裂ト判断。危険レベル3ト見倣ス。形態変更申請、承認済ミ。対象ノ捕縛ヲ開始シマス』
「……きもちわるっ!」
元を人型ロボットと言うならば、こちらは蜘蛛型ロボットとでも呼ぶのだろうか。
明らかな人外の変形を目前に、シバは何よりも恐怖心の方が勝った。身体からの拒絶反応。どちらかというとこれは蜘蛛に対しての嫌悪感だ。転生前の記憶を失っているシバの性格だろう。これといって思い出せる手掛かりでもないのだが。
蜘蛛ロボットはこちらへと素早く近づいてくる。シバも同時に駆け出し、狭い野路裏を辿っていった。
道は狭く、整備もほとんどされていない。排気口や壁掛けの室外機を踏みつけながら、その距離を離さんとする。蜘蛛型ロボットもまた、器用に脚を動かして壁を伝うようにこちらを追いかけてきた。
「はあ、はあ……くそっ」
しかし道行く先は大通り。先に見た人型ロボットが往来していた。車のような何かが横切るのも映るだろう。車を拾えればただひたすらに脚で駆けるよりかは確実だが、敵の目を増やす真似をしたくはない。ビルの裏側にまで至った所で、地面を蹴りつけて右に曲がる。その先はまだまだ狭い路地が続いていた。
『――逃走ヲ確認。危険レベル5以上。経路遮断ノ為、D8地区ノ閉鎖ヲ要請』
周辺にアラートが鳴り響く。お構いなしにシバは更に逃げることを選択する。
いつ置かれたのかわからない小型バリケードを跳躍して躱しつつ、掴んだ片手でその向きを回転させる。蜘蛛型ロボットは一瞬だけ止まるが、それを難なく乗り越えてみせる。
二度角を曲がるものの、地形を把握できていないシバであった。ついに通行止めの道を選んでしまう。二メートル半程の高さのフェンスとその手前にドラム缶が三つ、それらもシバの背丈程あるものが立ち塞がっている。
狭いビルとビルの間を活かして、シバはそのビル壁を蹴り上げ、更に反対側の壁を殴って身体を浮かせた。大きく跳躍した先でドラム缶を踏みつけ、その勢いのままフェンスを飛び越える。受け身の取り方がわからないまま、ハンマーをビルに擦りつけて落下の衝撃を柔らげた。
着地と同時にそのまま前転を一回。何とかハンマーで地面を叩きつけて二回転目の慣性を相殺させる。一瞬だけ止まったつもりだったが、振り返ったシバの目前にはあの蜘蛛型ロボットの脚がこちらへと伸ばす瞬間であった。
歯を食いしばり、やるしかないかとハンマーでその脚を薙ぎ払う。横に振るったせいで、すぐ近くのビル壁にもぶつかってしまった。道幅は狭苦しく、大きく振りかぶることが出来ていない。弾かれた脚を認識して、蜘蛛型ロボットはその赤いレンズを更に鋭く輝かせる。
『――更ナル抵抗ヲ確認。危険レベル7ト断定。焼却光線発射装置ノ使用許可、ロック解除シマス』
「なっ――」
危険を察知し、身を捻じって蜘蛛型ロボットの前方にいないようにする。シバが無理して避けた直後、駆動音と共に頭部のレンズが開かれ奥から可視光線が直上に放たれた。直接受けたわけではないが、背中側に一瞬の熱を覚えた。光線は真っ直ぐに伸びた後には消失したが、その残滓のような焦げ臭さが狭い路地裏に充満していった。地面を見れば少しだけ焼かれた痕がじんわりと残っているだろう。これをまともに当てられたならばひとたまりもないのは百も承知だ。
光線の発射は連発することなく、蜘蛛型ロボットは装置をレンズ奥へと収納していく。
『――発射ヲ確認。ボディニ深刻ナ負荷ガ発生。冷却ヲ開始シマス。次ノ使用マデ……』
「――――っ」
何やらと喚いているがシバにとって隙が出来たことに変わりはなかった。ハンマーを握りしめたまま、体勢を整えてさらに駆けていく。
だが少し駆けだしたところですぐ後方から物音がした。もう活動を再開したようだ。振り返りたい気持ちのまま、すぐに先の角を曲がる。
光線発射まではさらに猶予あるだろうが、状況が状況だ。ここは狭い路地裏。光線は真っ直ぐにしか飛ばなかったが、避けるには至難を極める。初めは距離が近かったのもあって横に避けることができたが、今度はそう上手くはいかないだろう。
逃げた道の先ですぐに角を曲がる。さっきまでいた足元辺りに何かが着弾するような音がした。振り返らず、ジグザグに走り抜けていく。
パイプを乗り越え、空き缶を踏みつけながら、シバは更に逃げ続けた。
ビル群を通り抜け、周辺の建物の高さが低くなっていく。それでも狭い道を選択し、直進をなるべく避けていった。
「ぜえ、はあ、はあ…………っ!」
ここまで上手く事が進んでいたが、シバにとっても一番恐れていたことが起こってしまった。
曲がった先の道の末。廃棄物を積み上げられるように作られたバリケードが、シバの行く手を塞いでいた。他に曲がり角もなく、横道と呼べそうな隙間もない。引き返そうにも蜘蛛型ロボットが迫っているため時既に遅い。
それでも立ち止まるほどシバも諦めていなかった。バリケードは近づくにつれシバを見下ろすように高いことがわかる。備え付けの照明から、登攀防止の有刺鉄線が設置されていることも視認できた。これを飛び越えることは、ハンマーで勢いつけたとしても到底無理だろう。
「――ウルルァ!」
しかしながら、バリケードを越えることは不可能ではない。
シバの手にはハンマーがあった。これで何度も数多くのモノを殴ってきたが、障害もまたその手で突破してきたのだ。道塞ぐ壁に穴を開けんと、走りを止めないまま両手でハンマーを振りかぶる。
「バリケードごと、【ぶっ壊せ】!!」
ハンマーはその壁に穴を穿つ。
シバは殴った勢いのままバリケードに突進した。身体がバリケードを通り抜け、廃材が多量に吹き飛んでいく。行き止まりだった場所は、一本の道に成り果てる。道なき道を、シバは道として通り抜けた。
障壁は想定していたよりも脆く、シバは前のめりになってバランスを崩した。バリケードだった廃材が辺りに飛んでいき、道いっぱいにゴミが散らばった。
『――器物破損ヲ確認。違反行為ト見做シ……』
されど一本道。後ろから迫る蜘蛛型ロボットにとってやることが変わらない。
「――――っ」
バリケードがあった場所まで近づき、そのレンズがこちらを捉えんとする。そのまま展開していき、奥から噴出孔のような光線の銃口がこちらへと向けられる。
シバは地に手をつけたまま立ち上がろうとするも、それでは間に合わないと理解できた。身を捻じって何とか躱せるだろうか。距離があるため、少し振れるだけで狙いをつけられてしまうのがオチだ。
最低限でもとハンマーを強く握りしめるシバ。しかしそれを遮るような影が、シバと蜘蛛型ロボットの間に割り込んできた。
「なっ……!?」
影は複数あった。大柄な一人が仁王立ちでシバの前に立ち、その手前でひょろ長い姿が両手で何かを抱えていた。見た目はラッパのようだが、トリガーを引く仕草の後に音は鳴らない。代わりのようだが、蜘蛛型ロボットの動きが鈍った。
今か今かと光線を撃たんとしていた蜘蛛型ロボットは、まるで時を止められたかのように次の行動を実行することがなかった。
唖然とするシバの元に最後の一人が声を掛けてきた。
「よッス、あんちゃん。御無事かい?」
「あんた達は……?」
「…………む」
待ってましたと言わんばかりに、その三人組はシバの目の前に立ちはだかる。
「イェス。良くぞ聞いてくれた」
「――問いへの解答。名乗るが順当」
「そう、俺達ゃ――」
各々が決めポーズの姿勢を取って、己が名を叫ぶ。
「エル!」
「エム!」
「エヌ!」
「三人合わせて……」
「「「〝エルムヌ
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