リッチモンド会戦

彼は忠誠の対象を変えたが、その感情は変わらなかった。

そこからわかることは何だろう?

頭の固い保守主義者の骨の上に社会主義者の肉がつくこともあり得るということ、何かに対する忠誠の力は別のものに対する忠誠の力へと自然に変化し、精神は愛国心と軍事的武勇を欲するということ、それだけだ。

左派の軟弱者たちは気にくわなかろうが、しかしその代わりとなるものはいまだ見つかっていないのである。

-右であれ左であれ我が祖国、ジョージ・オーウェル-


1941年2月1日、リッチモンド市街


戦車及び装甲車500両の機械化部隊を伴ったポトマック作戦集団が1月24日に攻勢を開始し、250門の野戦砲が抗力射撃を開始した。

積雪の残る市街地に突入した合衆国兵は、初めてそこで近代都市における市街戦と言うこの世の地獄を味わう事になった。

何故なら1月24日から26日までの四回の突入は全て攻勢発起点から2キロ前進するのがやっとで、蹴り出されて戻る事になったのだ。


「どうなってるんだ我らがボーイズは!?」


合衆国側の指揮官達が憤激するのも無理はなかったが、対症療法的なものではお話にならなかった。

市街地に突入した合衆国兵は上下左右からありとあらゆる攻撃を食らって瞬く間に鏖殺されてしまうのだ。

ブレン機関銃の猛射程度ならまだいい方で、コンバットライフルどころか建物の窓や屋上から組織的にライフルグレネードや火炎瓶を叩き込まれ、戦車を呼ぶと今度は周辺の歩兵ごと爆薬を投擲されて爆破されるのである。

膨大な合衆国兵と連合国兵の血がリッチモンドと言う屠殺場に満ち満ちていた。


遂に憤慨した合衆国将校は強引な手段に訴えた。

105mm野砲を持ち込んで直射で支援射撃し、工兵戦車と火炎放射器そして火炎放射戦車で焼き払いながら前進する手に出た。

怪しければ焼き払えはいつしか合衆国軍にとって金科玉条となり、火炎放射器と爆薬を持った工兵はあちこちに駆り出された。

無論危険は多い、各所で待ち伏せを食って味方諸共焼け飛ぶ兵士は相次いだが、それでも陣地を取り返される事はない。

焼け落ちていく建物に陣地を構えるわけにはいかないからだ。

だがそれでも合衆国軍は前進を苦労と犠牲に包まれた道程を歩むしかなかった。


夜襲!斬り込み!白刃戦闘!爆薬!地雷!火炎放射!トラップ!


ありとあらゆる火力が彼らを襲っていた・・・。

それでも、しかし、多くの犠牲を伴いながら、合衆国軍は前進していた。

彼らは遂に、市の中心から10キロに迫ったのである。


1941年2月2日午前6時、リッチモンド官庁街


赤煉瓦作りの政府庁舎や連合国議事堂前の公園には塹壕が構築されていた。

戦闘と砲声があちこちから轟いている。

やや遠くの迫撃砲陣地が町の何処かへ砲弾を降らせており、合衆国軍の砲兵射撃は火線を延伸させつつ別の地域を撃っていた。

スタンレイはバージニア大学のバンカーから電話でアイゼンハウワーを呼び出す。


「もしもし。官庁街守備隊指揮官のスタンレイ准将です。2師団長のアイゼンハウワー少将を」

《変わったぞ、私だ。どうした?》

「話と違うじゃないですか!」


スタンレイはやや呆れている声で尋ねた。


「鉄条網の備蓄ほとんど別の連中が持っていって無かったから三日前から要求したでしょう?」

《あー・・・それなんだが外郭防衛線が完全に決壊して我々の司令部はサウスリッチモンドに下げる。》

「いやそれの話じゃないんですが」


論点を逸らされてると指摘した直後、尋常じゃない砲声と衝撃音が轟いた。

電話向こうのアイゼンハウワー少将も受話器を片手に天井を見上げている。

スタンレイは155mm超えの火砲なのは理解したが、それは自分の仕事じゃないので電話に戻る。

しかしながら衝撃波で電話線がパッタリ破断した、うんともすんとも聞こえない。


「切れちゃったぞオイ」


アテになんねえんだから軍隊っていうのは全く!

スタンレイがそう思いながら受話器を戻すと、一部に包帯を撒いたアイカが報告書を持って来た。


「植民地人滅茶苦茶キレてますよ、連中どうやらドイツ製の列車砲、おそらく臼砲を持ち込んだようです。口径は目算60サンチ」

「臼砲ォ!?1860年代の懐古趣味どもが」

「ですが洒落になりません、あんなもん60センチ列車移動式自走臼砲喰らったらここもブッ飛びますよ」


その意見は正しかった、この砲撃によって隣の戦区の防衛部隊司令部があったモントローズのバンカーが吹き飛んだのである。

その結果隣の戦区の兵士たちはろくな指揮や命令の更新、情報や増援のアテもないのにも関わらず各個の連携を以て戦いを続けていた。

摩耗し負傷した対戦車砲兵は後退を拒絶しシャーマンと相討ちとなり、兵站要員達はボルトアクション式のローズ小銃と二個の手榴弾を各員で所持して抵抗し続けた。

それでも敵軍はついにショッコー・ヒル墓地の抵抗線を突き破った。


午前9時46分、合衆国軍は官庁街へ進出した。


「准将閣下。敵の斥候が官庁街へ進出してきました」


伝令の報告を聞いたスタンレイは、有りったけの爆薬と手榴弾を兵士に配給する事を下命するしか無くなった。

火力、兎角火力あるのみ。


1941年2月2日午後14時30分、国会議事堂


それはある種の、太古の地層で忘れられた存在達最後の宴だった。

英雄というものが存在した時代の断末魔の様でもあった。

合衆国軍は突撃歩兵達の全力を尽くして突入を開始し、ありとあらゆる角度から銃撃と投擲が飛ぶ。


「敵が裏門前に取り付きました」


アイカがライフルを片手に持って裏門の方向を指差し、スタンレイはヘルメットを着用して機関短銃を装填する。


「そうか、そろそろ突入してくるな」


その言葉と同時にドンっと轟音が轟き、銃声が激しくがなりたてて跳弾した銃弾が何発も飛び込む。

連続した銃声、おそらく水冷式機関銃の支援射撃だ。

無線兵達も銃の安全装置を解除し、スタンレイはホールに向かう。


「あ、おやっさん。ようこそ地獄へ!」


ボロボロの突撃歩兵がニヤリと笑い、スタンレイはどうして前線勤務が楽しく過ごせる人間がいるのか疑問に思いながら返答した。


「ベルゼブブやるにはお前は顔が怖すぎるぞ」


その突撃歩兵は擦り傷に切り傷によって赤くなった顔で大きく高笑いした。

「なるほど確かにその通りですね」と笑う兵隊に、苦笑しながらも一階ホールバリケードが吹き飛ばされるのを見た。

濛々と立ち込める爆煙に紛れて合衆国兵達が突入を開始する。


HURRAHバンザイ!!」


トンプソンとグリースガンを抱えて突撃する合衆国兵達が30人、瞬く間に撃ち倒されてバタバタと倒れていく。

だが後から10人20人、60人80人、200人600人と合衆国兵が流れ込んでくる。

外から北部訛りの英語の喊声バトルクライが幾つも聴こえてくる。


「突撃!」

「止まるな進め!」

「聖地を我が手に!」

「独立の父祖がそれを望まれる!」


熱狂のただ一つであった。

きっと100万人死のうと屁とも思わんのだろう。

しかしながら、サーベルを抜いていの一番に斬り込みをする士官の姿や幾つもの星条旗を掲げて突撃する合衆国兵達を軽蔑する気は起きなかった。

彼の中にはそうやって自分の散り方を選んでそれを選択した事を貶す様な感情を持てなかったのだ。

そんなスタンレイの反対側を火炎の炎が飲み込む。


「畜生火炎放射だ!」

「グレネード投げ込め!」


スタンレイと二人が投げ込み、一階ホールで業火が舞い上がる。

熱風と煌めきを目の当たりにしながら、スタンレイは自分が戦争をしている実感がようやく湧いた。


1941年2月2日午後16時40分、リッチモンド国会議事堂


ホールにもはや政治闘争に満ち溢れた過去の残滓はカケラも存在しなかった。

一階ホールは床を完全に埋め尽くした合衆国兵の遺体と、瀕死の兵士達が呼ぶ母親への声が僅かに響いている。

そのホールの二階と3階は殆どがボロボロになり、連合国兵の死体と折り重なった。

しかしガーランドやトンプソンを手にした合衆国兵達が二階への階段を駆け上がり、カービン銃を手にした無線兵と将校が笑みを浮かべて報告する。


「イーグル聞こえるか!現在目標スターを攻撃中、一階ホール確保!現在上部第三層と第二層で交戦中!」

《了解。増援の中隊を投入する。》


そこから少し二階へと進んでいくと、複数の盾と家具で作られたバリケードが幾つもあった。

複数のバリケードには機関銃が射界を確保しており、放棄する際にはトラップをセットする。

遅滞戦術を繰り返して屋内戦闘は滅茶苦茶になっていた。

祖国防衛の意思に燃える国民軍たる連合国軍の抵抗は凄まじく、必死に合衆国軍と渡り合っていたが、限界なのは明白であった。

16時50分、スタンレイは手近で生きている士官達を集めることにした。

理由は簡単だった。

投降か、退却か、玉砕か、この不名誉な3択のどれを付き合わせる権限を自己にある様に思えなかったのだ。

生きている少尉以上の士官は、おおむね三十人前後だった。

スタンレイの麾下にある現存する戦力の全て、混成一個大隊の見窄らしい実情である。

つまるところ、彼の部隊は短期間の市街戦で完全にすり減ったのである。

合衆国軍の包囲下で炎上するリッチモンドだが、夜なら突破出来るかも知れない。

アイゼンハウワー師団長との連絡がつかない以上、彼らが生きるか死ぬかについての選択は彼にあった。


「と言うわけでだ、諸君らの素直な意見を挙手で示せ。」


スタンレイの言葉に、士官達は互い視線を合わせたり、腕を組んだりしていた。

大半の士官達は部下と同様ボロボロで、負傷者は軽傷者含めて残存戦力の7割弱を占めている。

そして、士官達は素直な意見を率直に述べた。


「つまり、君達は投降するのも全滅するのも癪だ、と言う事だね。」

「そうです、死ぬにしても故郷から遠いですし」

「・・・だよなあ」


スタンレイは賛成多数により、脱出戦を決定した。

動かせない重傷者と、志願した一部兵士は投降を選択し、スタンレイは今にも崩れそうな部屋で蝋燭の灯りを使って、除隊証明書を書くことになった。

サインを入れ、彼らを武装解除する。


脱出戦が始まり、スタンレイ達はパットンが直率して残存機甲戦力で北西部に逆撃を喰らわせてノックアウトし、更に沿岸部へ向かう様に南西へ機動脱出戦を開始していた事を知った。

幸い、合衆国軍の警戒線はこれにより混乱しておりスタンレイの戦闘団は最後の迫撃砲弾六発を使い切り、敵警戒線を強行。

その後、スタンレイの327名に擦り減った戦闘団がサウス・ヒルで友軍戦線と合流したのは数日後のことだった。


1941年2月24日


アイゼンハウワー師団長の第二師団は事実上リッチモンド戦役を以て"壊滅"した。

スタンレイの504戦闘団は戦闘能力をほぼ喪失し、アイゼンハウワー師団長の麾下にある501戦闘団はなんとか残った。

しかし502戦闘団は退却失敗により包囲下から抜け出せず置かれて全滅、503戦闘団は脱出成功なるも将兵ほぼ全てを失い戦闘どころか部隊編制自体が不可能になったのである。

つまるところ機械化一個師団が短期間のうちに"消滅"したわけである。

アメリカ連合国第二師団は、歴史上の存在になった。


しかしながら、合衆国軍へ与えた損害は機械化一個師団と都市一つを対価としてお釣りが来る物であった。

本来なら開戦初頭のようにリッチモンドを無視して機動戦を仕掛ける選択肢を取っただろうが、政治的理由から合衆国軍は突入を行い、その結果8個師団から構成されるポトマック作戦集団は保有する戦車・機械化歩兵を悉く磨り潰してしまった。

更に、この数日間で両軍はバージニア戦線において36万発の大小砲弾を撃ちまくった結果、両軍は保有する弾薬がほぼ撃ち尽くしたのである。

その為に兵站部隊と兵站線は負傷者後送もあって「完全にパンクして崩壊」し、兵站部隊の兵士たちは過労により職務遂行どころか生命の存続すら不可能になってしまった。


2月16日、スタンレイの第504戦闘団は第二師団再編の為、オーガスタに移動することになった。

アトランタ総司令部は「現状の都合上、戦闘団を完全再編できない」と判断し、スタンレイの戦闘団は第二師団諸共一時解隊、再編成された。

ただし使える兵隊や将校を腐らせる贅沢な軍隊ではないので、パットン元帥は「かつての第二師団の兵員を使って総司令部の作戦をダイレクトにやれる機動兵力に再編する」と大胆不敵な手段を敢行。


2月24日、新編された第502装甲戦闘団として、スタンレイ達はオーガスタで編成作業を進める事となったのである。

結局、大きな犠牲によって取ったリッチモンドは戦局が間延びすると言う結果をもたらしたのである。


【第502装甲戦闘団編成】

3個戦車中隊を基幹部隊とし、二個機械化歩兵中隊と一個75mm自走砲中隊及び一個自走対空砲中隊を伴う。

要するにドイツ軍におけるカンプグルッペに近い。

当然ながら戦闘団は連隊規模戦闘団と同等以下になっているものの、機動力と打撃力は強化されている。

なお、戦車中隊には随伴で一個対戦車自走砲小隊を伴っている。

また、戦闘団司令部直握として偵察オートバイ小隊キャバルリー・スカウトもともなっている。














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